1-2 待ち合わせ

 大阪駅へ向かう地下通路を歩きながら、俺たちは簡単に自己紹介をする。


「俺は赤間春哉あかまはるや。君は?」

守谷もりや美柚みゆといいます」

「美柚ちゃんか。よろしくね。家はどこなの?」


 歩みを進めていた美柚の足がピタッと止まり、彼女は恐る恐る口を開く。


「・・・・・・言わなきゃダメですか?」

「うーん。家がどこか分からないと連れて行きようがないからね。最寄り駅を教えてくれるだけでもいいよ」


 秋田や青森といった北東北は美人が多い、と耳にしたことがある。彼女の容貌からしてきっとそっち方面だろうか。


「・・・・・・永山っていうところです。わかりますか?」

「京王や小田急が乗り入れてる、東京の永山のこと?」

「いえ、旭川から少し北に進んだ場所です」

「旭川?ってことは、まさか北海道の永山!?」


 彼女はこくりと頷く。予想のはるか上を越える答えに、思わず驚愕してしまう。当初の予定では済まない距離だ。


「先に言わなくてすみません。私、高校の修学旅行で関西に来ていたのですが、そのときに誘拐されたみたいで、この辺の建物でずっと監禁されていたんです。今日やっとの思いで逃げてこれたので、せめて途中まででも付いて行くのはダメでしょうか?」


 そういえば、京都で修学旅行中の北海道の女子高校生が誘拐された、という事件を何か月か前に耳にしたことがある。それ以降、関西方面の修学旅行をキャンセルする高校が相次ぎ、宿泊施設は大きなダメージを受けているそうだ。

 このまま連れて行っては、世間的に俺たちが誘拐犯に扱われ冤罪を被りかねない。しかし、それ以上に可哀想なこの子を助けずにはいられないという使命感が芽生えてきた。


「うーん、あいつらがどう答えるかだよな・・・・・・」


 頭をフル回転して、様々なことを考える。

 一緒に連れ添うにも、北海道へ向かうきっぷや宿の手配が必要だし、そのためのお金の出どころも相談しなければならない。答えの出ない問題をずっと考えていると、あっという間に地上へ出た。


 改札前に肩幅が広く筋肉質な若い男が立っており、遠くからでもそれが稔だとすぐにわかった。美柚は咄嗟に俺の後ろに隠れる。


「遅いぞ春哉!5分前行動だ、って普段から言ってたのは誰だよ」

「ホントにごめん。まず相談したいことがあって」


 俺が声をかけ美柚が後ろから姿を覗かせる。すると、彼女の姿を見るなり稔の鼻の下が一気に伸びていくのがわかった。


「おっ、どうしたんだその子。まさか、俺に紹介するために連れてきたのか?」


 そんな訳ないだろ、と稔にツッコミを入れる。彼は美柚に興味津々で、彼女の顔をじっと覗き込む。


「俺は寒河江さがえみのる。よろしくな。君の名前は?」

「・・・・・・守谷美柚です」

「美柚ちゃんか。こんな可愛い子、周りで滅多に見かけないから嬉しいな」


 美柚は勇気を振り絞って自己紹介したものの、彼に怖気ついてか、咄嗟に俺の陰に隠れてしまった。


「もうやめろ、稔。困っているところを俺が助けて来たんだから、とりあえず話を聞いてほしい」

「困っているって、どういうこと?」

「事情は分からないけど、悪い奴のところに捕まってたんだってさ。それで、北海道の永山にある家に帰りたいんだって」


 俺から事情を説明する。彼もまた美柚の帰るべき目的地に驚くかと思ったが、むしろ乗り気だった。


「北海道?いいじゃん。美味いもんいっぱいあるし、人生で一度は行ってみたかったんだ。俺が家まで送ってあげるし、万が一の時はボディガードになる」

「夏帆は大丈夫かな?あいつ好き嫌い激しいじゃん」

「別に平気だと思うけど。そもそも勝手に俺たちの旅に混ざってきた訳だし。文句言われる筋合いはないね」

「・・・・・・それもそうだな。さっさと改札入ろう」


 さっきの怒りはどこへやら。年下の女子高生と出かけられることに、すっかり浮かれているようだ。一抹の不安が残りつつも「一緒に行こう」と美柚を誘い出す。


「ありがとうございます。稔さん、よろしくお願いします」

「おっ、俺の名前覚えてくれたの?もしかして俺に興味あるのかな?」

「いい加減にしないと、お前の18きっぷ破るぞ。本気でモテたいなら先に改札入って、4人掛けの座席取ってこい。くれぐれも乗り間違えるなよ」

 

 稔へ強めに注意すると、ちぇっ、と舌打ちして先に改札へ向けて走り出した。

 彼のイキりな性格に、大学で知り合ってから何度も苦労している。至って平凡な容姿だが、とにかく女性にモテるために必死で、ありとあらゆる特技に手を出している。その一方でだらしない面も多々見られるので、モテない理由は本質的にそのようなところが原因だ、と俺は勝手に思っている。

 初日の朝から思わずため息が出そうになるが、それをこらえて美柚に助言する。


「こいつ、可愛い子に目がないんだ。悪い奴ではないから、許してやってくれ」

「はい。いい人そうなので、大丈夫だと思います」

「体力があるのは確かだから、身の危険が迫るようなときは彼にボディガードを任せていいよ」

「わかりました。それは心強いです」


 一瞬クスっと笑った美柚の表情に癒される。少しずつ緊張が解けているようで俺も安心した。

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