第2話 過剰なぐらいがちょうどいい

「はぁ……ひぃ……もう、だめぇ~」

「おいおい、だらしないぞ、ノクト!」

「そんなこと……いったってぇ……えいっ!」

「おっ、今の一撃はいいぞ! なんだ、まだまだやれるじゃないか、ほれもういっちょう!!」

「ふっ……ぎゃ! ……痛い」

「おお、痛いか! よかったな、痛みを感じることができるだけ、まだ余裕があるってこった!!」

「そんな……バカな……」

「ほれほれ、もっといくぞ~!」


 父さんとの剣術稽古、それは永遠とも思えるほどゆっくりと時間が流れてゆく。

 おかしい……僕が求めていた「時の流れをゆっくりと味わう」というのは、こういうことじゃないのにぃ……!

 そうして模擬戦はなおも続いていく……


「はぁ……ふぅ……」

「よし、いったん休憩にするか!」

「やっ……たぁ……」


 また注意を受けるのもなんなので、木剣を握ったまま地面に寝転がることにした。

 あぁ、土の匂いって、こんなにも優しいんだね……


「あ~あ、『服が汚れる!』ってリズが嫌がりそうだけど……ま、いっか!」

「うん……それぐらい……許してぇ……」

「まったく、ノクトは仕方ないなぁ……まあ、それはそれとして、そのままでいいから聞いとけ、父さんはもうちょっとしたら村のみんなから集めた税を街に運ぶ手伝いに行かねばならん」

「ああ……もうそんな時期なんだね……」


 領都やそれ以外の街なんかでは、お金だったり実際に労働をしたりして税を納めることもあるらしいけど、この村では育てた作物を税として納めることになっているみたい。

 そしてそれは村単位でということになっているので、集めて父さんみたいな屈強な大人の男の人たちが運んで行かなければならない。

 しかも話によると、道中には危険なモンスターや盗賊なんかが出没することもあるらしく、まさに命懸けなんだってさ。

 ……正直、そんな危険なことを父さんたちにさせないで、必要なら向こうから税を集めに来いっていいたいぐらいだよ。

 そんなことを本当に領主様にいったら、僕の頭部が胴体とオサラバしちゃうことになるだろうけどね……


「そんなわけでな、街に行っているあいだお前に剣術稽古をしてやることができないんだ」

「いよっ……」


 しゃぁ! っていったら、あとでどんな厳しいシゴキが待っているか分からない。

 そのため、ここは黙って……いや、どちらかというと沈痛な面持ちでいるほうがいいような気がする。

 よし、とりあえず足の小指をどっかにぶつけたときのことをイメージして……


「……ノクト、口元のニヤけを隠せていないぞ?」

「なッ! そんなバカな!?」

「というか、最初に嬉しそうな顔をしていたからな、バレバレだ……そして表情を作るつもりなら、もっと徹底したほうがいいな」

「……はい、精進します」

「ま、そんな小手先のことばっか上手くなられても俺としては嬉しかないけどな! それより、もっと剣の腕を磨くほうが大切だ!!」

「ははっ……そう……だね」

「よっしゃ、休憩終わり! こっからさらに気合を入れてくぞ!!」

「……はぁ、い!」


 おっと、気の抜けた返事をすると、さらに稽古の激しさが増すかもしれないからね!


「うむ、では行くぞ!」


 そうして父さんは宣言どおり、先ほどより気合いっぱいで向かってくる。


「……ッぶな!」

「おう、よく避けたな! 次はこれだ!!」

「ひゃッ……!」

「いいぞ、いいぞぉ!」


 父さんの頭の中には手加減って言葉はないのだろうか……

 なんとか躱すことができたさっきの一撃なんて、勢いがあり過ぎて切っ先に触れた地面がえぐれちゃってるよ?


「ほう、よそ見する余裕があるみたいだな!」

「あ……違ッ!」


 ひぃ……油断も隙もないぃぃぃ!

 こうして、ひたすらボコボコにされる時間が続いていく。

 ただ、先ほど父さんには手加減という言葉がないといったが、それは少し語弊があるかもしれない。

 なぜなら、未だかつて僕は、後遺症が残るようなケガを負わされたことがないからである。

 全て「痛い」で済んでいる……これはおそらく、父さんなりにギリギリを見極めてのことなんだと思う。

 ……どうせなら、当てないように寸止めしてくれればいいのにね。


「はいはい、今日はそれぐらいにしといたら? フィルもそろそろ森の見回りに行く時間でしょう?」

「おう、もうそんな時間か!」

「……はぁ……ひぃ……助かった……」


 母さんが声をかけてくれたことによって、ようやく父さんとの剣術稽古から解放されることとなった。


「まったく……今日も派手にやったわねぇ?」

「まあな! しばらく稽古を見てやれなくなるからサービスしといてやったのさ!!」

「……サービス……過剰……」

「フッ、男ってのはな、過剰なぐらいがちょうどいいんだ! ノクトも覚えとけ!!」

「……そんなわけ」

「フィルったら、また変なことをノクトに教えて……」


 やはり母さんも僕と同意見のようで、あきれた顔をしている。


「さて、そんじゃあ、森の見回りに行ってくるとすっかな? リズ、なんもないとは思うが、あとはよろしくな!」

「りょ~かい、気を付けて行ってきてちょうだい」

「父さん、お土産にホーンラビットなんかを獲ってきてくれてもいいよ!」

「おっ、急に元気になったな! まあいい、任せとけ!!」


 こうして父さんは森へ向かった……ついさっきまで、あんなに暴れ回っていたというのにね。


「……僕も大きくなったら、父さんみたいに体力モリモリになれるのかな?」


 そんな呟きが、思わず漏れた。


「そうねぇ……青豆を残そうとしているあいだは無理かもしれないわね」

「……えぇっ? そこなのォ!?」

「ええ、もちろんよ」


 残念ながら、僕の体力モリモリへの道には暗雲が垂れ込めているようだった。

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