第22話 白雪さんの受難

「姫、元気ないけどどしたし?」


 神原くんへのニャインを送った後、机に突っ伏して返信を待っていると、さーちゃんが話しかけてきた。

 突っ伏したまま顔だけをあげる。


「あ、さーちゃん。試験お疲れ様~。私はこの通り元気だけど?」


「いやいやいや、そんな風には見えないってば。なに、突っ込み待ち?」


 持ち前の天真爛漫さで突っ込んでくるさーちゃんに力なく笑い返しつつ、スマホの画面を見る。

 神原くんからの返信はまだだった……。


「まあそれはさておき、とにかく邪魔になる前に教室出るよ。ほら、荷物持って。動けぇ、姫ぇ……っ」


「わかった、わかったよぉ……」


 確かに掃除当番の人の邪魔になるわけにも行かない。

 私はさーちゃんに引き摺られる格好で教室を出た。


「んで、どうせ神原絡みっしょ」


「うぇっ、うぐ、ち、違うよ?」


「誤魔化すの下手か!」


 連れてこられた人気の少ない場所で、いきなり核心を突いた問いが投げられてしどろもどろになってしまった。

 ……さーちゃん、鋭いんだよなぁ。


「どうしてわかったの?」


「だって、最近の姫が難しい顔してる時って大抵神原絡みじゃん。てか、この一週間ずっとあいつのこと窺ってたし」


「そ、そんなことない……よ?」


「あるって。もうバレバレ。なんかあったんだろうなとは思ってたよ」


 そんなに神原くんのこと見てたかなぁ?

 ……見てたかも。


 この一週間は昼休みのあの時間もなくって、私たちは一言も話すことがなかった。

 その分、今まで以上に神原くんのことが気になって目で追っちゃってたかも。


「んで、何があったん? 神原の奴にフラれたとか?」


 ころころと笑うさーちゃん。

 冗談のつもりで投げられたその言葉は、しかし今の私にはクリティカルヒットだった。


「……え、まじ?」


 さーちゃんの目が見開かれる。

 思わず頷き返そうになって、私はハッとした。


「ふ、フラれてないよ。そ、そもそも私、神原くんのことが好きじゃ――」


「ああいやいいってそういうの。もう今さらだから。姫が神原のこと好きなことぐらいもうわかってるから」


「……っ?!」


 声にならない声が出た。

 私が神原くんに抱いているこの想いは、誰にも話したことがない。

 それは親友であるさーちゃんにも。

 そのはず、なのに。


「な、なんで」


「いやだって、姫、あいつを見るときの態度が完全に恋する乙女って感じだし。まあ確信に変わったのは姫とあいつの話を聞いてからだけど。……好きでもない男子の頭撫でなくない?」


「うぁぁあ……っ」


 そ、それはそうだけど!

 というか、恋する乙女ってなに?!


 親友に恋心を見抜かれていた恥ずかしさに悶絶する。


「き、気付いてたなら言ってよぉ……」


「いやだってあたし、神原と接点なかったし。なのに面白半分で言えるわけないじゃん。それに姫、隠してるつもりだったから」


「そ、そうだけどぉ……っ」


 正しいよ!

 さーちゃんが全部正しいよ!


「んで、そんな大好きな神原と何があったん?」


「言い方!」


 改めて訊ねてきたさーちゃんを、ふんすっと睨み付ける。

 でも効果は薄く、けろりとした顔で私の言葉を待っていた。


 ……思えば、さーちゃんは相談相手にこれ以上ないほど最適だ。

 私と神原くんの秘密を知っているし、私が神原くんに抱いている想いも気付いている。


 何よりさーちゃんは頼りになる。


 一度、返信のないスマホに視線を落としてから、私はさーちゃんにすべてを話すことにした。


 さーちゃんは黙って私の話を聞いてくれる。

 そうして一連の流れを説明し終えると、さーちゃんはあごに手を添えながらまるで探偵さんみたいに口を開いた。


「神原のやつ、おったまげただろうね」


「やっぱりそうだよねぇええ……っ!」


 わかっていたことだけど、第三者に指摘されると心にぐさりと来るものがある。

 どうして私、あのとき暴走しちゃったんだろう。

 たぶんそのせいで、神原くんも眠れなくなっちゃって、迷惑までかけちゃって。


 うぅうう……っ。


 自己嫌悪に陥りながらしゃがみ込む。


「絶対避けられちゃったよ。卑しい女だって思われてるんだよぉっ」


「いやそんなことないんじゃない?」


「そんなことあるよっ。今だって返事くれないし、面倒に思われてるんだって」


 そうに決まってる。

 神原くんにとって私はただの保健委員。不眠症を治す助けになるかもしれないだけの存在。

 それだけでも私は良かった。

 神原くんとの接点を持てて嬉しかったし、何より神原くんの力になりたかったから。


 ……なのに。

 私が余計な想いを伝えたせいで、その接点も失いかけている。


 両膝を抱えて、膝の上に顔を押しつける。

 やばい。なんだか泣きそうになってきた。


「姫は男って生き物を勘違いしてるって」


「勘違い?」


 うじうじとしている私の頭上から声が降り注ぐ。


「そ、勘違い。男なんてチョロいんだからさ、告られたら相手のことをころっと好きになっちゃう生き物なの。今頃神原も姫のことを意識してあたふたしてるに違いないって」


「か、神原くんはそういう人じゃないもん!」


「おっと、怖い怖い」


 茶化すような態度にむっとする。

 そんな私に、さーちゃんは両手を挙げて降参のポーズをしてみせた。


「そういやさ、姫って神原のどこが好きなん?」


「え? 全部」


「……ダメだこりゃ」


 真剣に答えただけなのに、なぜか呆れられた。

 釈然としないでいると、ポケットに入れておいたスマホが震えた。


 瞬時に取り出して画面を確認し――固まる。

「どしたん?」と、さーちゃんが不思議がりながら覗き込んできた。


 待ちに待った神原くんからの返事。

 スマホの画面には『ありがとう。でも、しばらく一人で寝れるように頑張ってみる』と表示されていた。


「さぁちゃぁああん、話が、話が違うよぉ……! 今頃神原くんは私のこと意識してるって……っ」


「いやそれ姫が速効否定してたじゃん」


「そうだけど、そうなんだけどぉぉぉ……!」


 泣き叫ぶ私の頭を、さーちゃんが優しく撫でてくれる。

 さーちゃんが何事か話していたけど、今の私の耳にはさっぱり聞こえてこなかった。

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