番外・羽須美 綾の夜4


 ──羽須美さんの水着姿が、ものすごーく可愛かったから。


 そう言ってスタンプを押した黒居さんの姿が、さっきから何度もフラッシュバックしている。というか、今日の黒居さんの全部を、体のあちこちが覚えてしまっている。さっきからベッドに寝転がったまま、プールでの出来事を何周も思い返していた。


 柔らかかった。温かかった。でも絶対に、わたしの方が体温が高かった。信じられないくらい積極的だった。自分が、その……けっこう胸を意識してしまう人間だというのは少し前から自覚していて、見せつけられたり、意識させられたりするだけでも、顔が熱くなってしかたないくらいだったのに。


「柔らかかった……」


 背中に押し付けられた時点で、だいぶヤバかった。しかもそれが何回も。ウォータースライダーのスリルと黒居さんからの刺激が合わさって、あの辺りは半ば自失状態にあったと言っていい。なのに、黒居さんときたら。


「柔らかかったぁ…………」


 人も少ない水上で手を胸元まで連れて行かれて、さ、ささ、触ってしまった。あれはもしかして、誘ってる……ってやつだったのだろうか。もっとその、揉みしだく?とかすれば良かったのだろうか。いやでも、いや、いやそんな……


「……はっ」


 気付いたら右手が虚空をもみもみしていた。

 これじゃあまるで、わたしが胸にしか興味がないアレな人みたいじゃないか。違う、黒居さんはもっと素敵なところがたくさんあって…………脚も綺麗だったな……こう、ほどよい肉付きで、でもすらっとしてて……そもそもまず肌がすべすべで……後はそう、おへそがなんというか、すっごくえっ……あーその、扇情的だったというか…………ちょっと待ってわたし、からだ目当ての人みたいになっちゃってる。違う違う、黒居さんは見た目だけじゃなくって、あのこちらを手玉に取るような立ち振舞いも堪らなくって……というか結局、今日の彼女がああも積極的だった理由は本人の口からは聞けなかったけれども……あんな風に正面から、隙間もなくなってしまうくらい抱きしめてくるだなんて…………柔らかかったなぁ……どこもかしこも……


「……うへ、ぇへへへへ……はっ」


 気付いたら虚空を抱きしめていた。

 言い訳のしようもないくらいに、果てしなく気持ち悪い人だ。口角が変な風に歪んでいるのを自覚する。万が一にも、こんなところを黒居さんに見られてしまったら────嬉々としてからかってくる姿が目に浮かんでしまうのは、わたしの願望によるところなのだろうか。でもだって、今日の黒居さんはそれくらいに。


 また記憶が一巡して、帰り際の更衣室でのやり取りまで辿り着く。隅っこの方で、体育の時いつもとは逆に、黒居さんがわたしを隠すみたいにして。でもいつもの私とは違って、しっかりとこちらを見据えながら。


 ──カード出して。


 あの小さな声と、それから視線にも、明確な熱が灯っていた……ような気がする。それもまたわたしの願望だろうか。いや、いやでも、でもだって、1日中ずっと黒居さんの方から直接的なアピールをしてきて、ずっと上機嫌で。あんな熱量は、それはもうわたしのこと。


「す、すすす、すしゅ、しゅぅ……!」


 しゅ、好き、なのだろうか。自惚れてしまっても、良いのだろうか。今日も言われたその言葉には、わたしと同じものが乗せられてるって、期待しても良いのだろうか。少なくとも黒居さんは、そういう気持ちもなくからだをくっつけたりするような人じゃないはずだ。

 

 机の上に置きっぱなしなスタンプカードは、ここからじゃ見えないけれど。押された四個目のキスマークの赤は、ずっと脳裏に焼き付いたまま。あと一個だねと、目を見て言われたその声音も。


 そうだ、あと一個なんだ。

 ここまできたからにはもう、黒居さんも期待してくれてるって、そう考えたって良いはずだ。今日のあの積極性も、ここまで積み重ねてきた成果だ。そう思おう。

 ……まあ四個目も、わたしが頑張った結果と言えるかは分からないけれど。でも水着姿が可愛かったからとまで言ってくれたからには、こっちからもアピールできてたってわけで……いやでも、そもそもあの水着選んだのは黒居さんだから……えーっと……

 

「……結局、黒居さんの手のひらのうえ感は否めない……」


 それがぜんぜんイヤじゃないのがまたなんとも。

 い、いやでも最後はっ。五個目のスタンプとふぁ、ファーストキスは、わたし主導のシチュエーションで貰ってみせる。その為の舞台、夏祭りだ。そう、それまでに四個目を貰うっていう計画自体は上手く行ったわけだし、下調べもばっちりだし。大丈夫きっと大丈夫。わたしはやるぞわたしはやるぞ。


 ──なんて通算何度目かも分からない気合を入れていたら、ぶぶっ、と枕元でスマホが震えた。クロイちゃんが視界の端に転がってくる。手にとって見れば、画面には〈カードデコったー?〉というメッセージが。何と返すか少し迷って……正直に言うことにした。


〈まだ。ずっとドキドキしてて、何にも手につかない〉


〈そっかー〉


 すぐに返ってきた文面は簡素なものだったけど、その向こうで、気だるげでいたずらっぽい微笑を浮かべているのが容易に想像できた。これもわたしの願望ではない、はず。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




というわけで、黒居さんがゆるーっと気持ちを自覚した8月前半編でした。

次章8月後半編で完結となりますが、最後まで毎日更新継続していきますのでぜひぜひ二人の夏休みを見届けてやって下さい。

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