8月前半
第28話 夏休み
「……むぁ」
顔の横で何かがぶるぶるっと震えて、まどろみからやさしく揺り起こされた。何かっていうかまあスマホで、枕元においてたそのホーム画面には、羽須美さんからのメッセージが。
〈課題進んでる?〉
短い一文の上に表示された現在時刻は15:22。ちょっとうとうとしてるうちに、そんな時間になってたらしい。まあ午前中もごろごろうとうとしてたんだけどね。だって夏休みだし。
「ん、んぅー……っ」
起き上がりながら伸びをして、それからベッドわきのちゃぶ台に目をやる。現国の課題が開きっぱなしで放置されていた。だれだこんなひどいことをしたのは。もちろん私だ。お昼ご飯のあとにちょろっとやって、眠くなっちゃったんでベッドにダイブして、そして今に至ると。夏休みスタートからそろそろ一週間くらい、8月の頭にさしかかった今日まで、まあ毎日こんな感じだ。むしろちょろっとずつでも課題を進めてることを褒めて欲しいくらいだ。というわけで羽須美さんにLINEを送る。
〈うとうとしてた〉
正直に言ってみたところ、返ってきたのはえぇ……みたいな表情のウミウシスタンプ。
〈でも課題もちょっと進めた〉
お次はえらいって書かれたウミウシスタンプ。やったぁ。
夏休みを、とくに後半を憂いなく遊ぶために、頭の方から課題は少しずつでも進めておこうっていうのが、休み前に二人で取り決めたこと。集まって一緒にやったりする予定もあるけれども、ある程度は一人で進めておかないと為にならない……というのは、長期的に私の学力を向上させようと考えてくれてるらしい羽須美さんの弁。「最初の一週間は会わずに頑張ろう。お互い」って言われちゃって、断腸の思いとはまさにこのことかって表情を見てしまったらそりゃ、私もちったぁやる気が出るってものですよ。当社比で。
そんなわけで、100%おんぶにだっこは避けつつ(テスト勉強は1000%おんぶにだっこにハグに膝枕耳かき付きって感じだったけど)課題を進めている次第。まあ毎日こうやってLINEで駄弁りつつ、分からないところ聞いたりしてるんだけど。羽須美さん的にそれはオッケーらしい。
〈でも黒居さん、いつLINEしてもうとうとしてたって言ってない?〉
〈それはそう〉
ちょっと進めてー、うとうとしてー、ご飯食べてー、まどろんでー、少し進めてー、寝っ転がってー……みたいな感じなのは事実。だって夏休みだよ?冷房の効いた部屋の中で、日がな一日自由に過ごせるんだよ?課題は進めるとしても、合間合間でこまめにだらだらせずしてなんとするか。
〈大丈夫?生活リズム崩れちゃわない?〉
〈……そういえば昨日今日お風呂入ってないや〉
…………
……………………
………………………………。
既読、そして沈黙。
分かりにくい冗談だったかな?
〈冗談だよ?流石にお風呂は入るよ?〉
〈お風呂は入った方が良いと思うけどわたし個人の意見としては黒居さんなら二日くらいならぜんぜん大丈夫だと思う熟成されてると考えればむしろ深みが増すあるとも捉えられるというか〉
おわ、タイミング被っちゃった。
〈羽須美 綾が送信を取り消しました〉
と思ったら羽須美さんのメッセージが爆速で取り消されてしまった。やたら長ーい一文だった気がするんだけど、なんて言ってたんだろう。お風呂は入った方が良いと思う、までは読めたし、彼女のことだから美容とか衛生面での心配をしてくれてたのかな?絶対お肌に悪いだろうし。やっぱ分かりづらい冗談は良くないね。反省反省。
〈だよね〉
〈ですです〉
そんな気の抜けたやり取りで、いったん会話は終了。ちゃぶ台の前に座りつつ、きっと羽須美さんも課題を進めてるんだろうなぁと思えば、多少は気力も湧いてくるというもの。この勉強嫌いの仁香ちゃんをここまでやる気にさせるとは、侮りがたし羽須美 綾。
「…………」
静かにペンを走らせつつ、横に置いたスマホ越しに、一緒にやってるような気分を味わう。考えても教科書の該当ページを見ても分からない部分はいったん空けておいて、LINEで聞くか、それとも。
「あ、そだ」
それとも、で思い出してスマホを手に取る。送るのは質問ではなく提案。
〈明後日、駅のところまで迎えに行くよ〉
〈ほんと?ありがと〉
すぐに返事が来た。
明後日はデート──ではなくて、羽須美さんをうちに招いて課題を進める日だ。って言ってもまぁ、これも半分お家デートみたいなものだけどもね。卒アル見せる約束もしてるし、テスト前のときよりもうんと気楽な勉強会だ。ちょうど夏休み入って一週間のタイミング、ここでお互いある程度進んだのが確認できたら後日デート行こうねって話になってる。計画的。
……しかしそっか、もうそれくらい顔を合わせてないのか。毎日昼も夜もなくLINEでやりとりしてたからなんとなく一緒にいるような気持ちになってたけど、意識してみるとこう、ちょっと待ち遠しくなってしまう。
ふと、告白してきたときの羽須美さんの言葉を思い出したりなんかしちゃったり。
〈その代わりにー〉
〈代わりに〉
〈分からないところがあるので教えてください〉
〈(かしこまりましたのウミウシスタンプ)〉
だからってわけじゃないけど、トークルームの中でもうちょっとだけ甘えてみたりした。
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