第25話 仲良しさんです


 結局その日は、受験当日の出来事は上手く伝えられなかった。なんだか妙に感動してしまったというか、もう少し自分の中で味わいたかったというか。そういう心持ちで、ずーっと口の中で咀嚼していた。もしかしたら私は、自分で思ってるよりロマンチストなのかもしれない。羽須美さんからは「なんか機嫌良いね」と言われたので「メガネめっちゃ良い」と答えておいた。

 

 とはいえ別に隠しておくようなことでもないし、頃合いを見て伝えたいし、お礼も言いたい。そう考えた私は、夜のうちにLINEで“今日のお礼に私の中学の卒アルも見せたげる→黒居さんの家行っていいってこと!?!?→夏休みの課題とかいっしょにやろー”の流れでうちに招待する約束を取り付けた。ポーチ落っことし事件は両親も知ってるから、そのタイミングで家族ともども話そうと思う。なにせこれは、ある意味で我ら黒居家全員が助けられた話でもあるのだから。


 と、いうわけで。

 ひょんなことから明らかになった個人的衝撃の事実は一旦置いておいて、着々とテストが近づいてきております。って言ってももうやることは変わらず、授業もなるべく聞くようにして、放課後に勉強を見てもらって、なんとなーく赤点回避ラインのようなものが見えてきた気もしつつ。これだけ手伝ってもらってようやくそこか、というツッコミは受け付けない。

 とにかくあっという間に一週間が過ぎてまた週末。週明けからテスト期間の、いわば最後のふんばりどころ。ありがたいことに今日も羽須美さん宅にお邪魔して、みっちり指導していただく。


「──お邪魔しま、す?」


「い、いらっしゃい」


 二度目のお出迎えは、片おさげ黒縁メガネ羽須美さんだった。やばいね。


「やばいね」


「や、ヤバい?」


 やばいね。

 ゆるーく右肩の方から垂らされたおさげが非常にこう、やばいね。髪色は勿論いつものライトブラウンのままなんだけど、それによって素朴さとギャルっぽさとプライベート姿感が絶妙に混ぜ合わさっているというか。そしてこのメガネは間違いなく中学の時のものだろう。今の私にはだいぶ効く。


「三つ編みはー、長さ的に微妙だったから。おさげにしてみたんだけど……」


「めっちゃ良い」


「あ、ありがと……」


 玄関先でサムズアップしてしまうくらいには良かった。私、昨日から良いしか言ってないのでは疑惑が生じつつ、嬉しそうな羽須美さんのあとを付いてお家に上がる。ご両親との挨拶も二回目で、二週連続で上がり込むふてぇ輩にも笑顔で“今日も勉強頑張って”と言って下さった。やさしい。

 んで、ちょうど二階への階段を上りきった辺りで、手前の部屋から出てきた男の子と遭遇した。前回は会わなかった、羽須美さんの弟くんだろう。最近ちょびっと反抗期ぎみって話だけど、丸っこい目尻とかは血筋を感じるねぇ。身長は……これからかな、たぶん。


「……んぁ。ねーちゃんの友達?」


 私に、というよりも姉へ向けた問いかけっぽい。聞かれた羽須美さんは「そ、あー、えー……」とかなんとか歯切れも悪く。うーむ……私たちの関係はまだ明かしてないって言ってたし、これはいわば“恋人とは言えないけどただの友達と断言しちゃうのもなんかこうもにょもにょ……”って感じの顔だ。様子のおかしなねーちゃんに、弟くんも怪訝そうな表情を浮かべだした。よろしい、さすればここは私に任されよ。


「ふふふ、仲良しさんです」


 羽須美さんの左腕にゆるーく腕を絡めて、ウィンクを一つ。どひゃぁみたいな声が聞こえてきた。横の方からね。前の方の弟くんは一瞬ぽかーんとして、それからハッとなる。表情の移り変わり方がなんとも姉弟らしい。


「──か、カオス・ソ○ジャーの人だ……!」


 ……かお、なんて?

 小声だったからよく聞こえなかったけど……たぶん顔が良いとか言ったんじゃないかと思う。その通りです。なので小さく頷いて返す。


「そーいうわけなので、お姉ちゃん借りていきますねぇ〜」


「ど、どうぞ……!」


 えらく機敏にわきに避けてくれた。赤色硬化したお姉ちゃんを引っ張りながら、ありがたく先に通らせてもらう。良い子だねぇ。きっと羽須美さんの影響だろう。根拠はないけどきっとそう。それかご両親の影響。何にせよこの二回の訪問で、羽須美家の皆さんへのイメージが完全に“良い人たち”で固まりつつある。

 もっとも、部屋に入って戸を閉めたあとも、羽須美さんは物理的に固まったままだったけど。


「……羽須美さーん?だいじょぶ?」


 なーんて、分かってて聞いてるんですけれども。手を繋ぐのすらまだ恥じらいが残る彼女に、いきなりの腕組みは刺激が強すぎたのかもしれない。って言っても、そんなに思いっきり抱きついてるわけじゃないんだけどなぁ。

 

 腕を離す、無反応。目の前で手を振ってみる、無反応。顔の赤さは相当なものだけど。


「おーい羽須美さーん?」


 肩を掴んで──何気にこれも初めてな気がするけど、どうだろ──軽く揺する。何度かゆさゆさしているうちに、羽須美さんの口からぽろっと声が転がり落ちてきた。


「……やわ……」


「やわ?」


「っ!?わ、あっ、なんでもないっ!」


 なんでもないらしかった。やわ……柔らかい?

 少し考えてふと思い至り、自分の胸に手をやって。それからまた少し考える。


「……たぶん、当たってはなかったと思うよ?」


「ぁ、ひ、ひぃ……」


 あれかな、二の腕とかかな?

 

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