第20話 ディフェンスに定評のある羽須美さん


 私は運動全般が苦手で、そもそもスポーツ自体にあんまり興味がなくって、だものでメジャーな競技ですらルールをちゃんと覚えてなかったりする。中学時代に「サッカーと野球ってどっちが9人でどっちが11人だっけ?」って言ったらネタだと思われて大ウケしたことがあるくらい。

 

 そんなわけだから午後からの競技の一つ、羽須美さんが参加するバスケの5on5?とやらの細かいルールもよく分かっていない。そもそもバスケへの理解が“入ったら2点、遠くからなら3点、時々なんか1点。ドリブルしながらじゃないとダメ”ぐらいしかないわけで、それでもそんな私が体育館で熱心に試合を眺めているのはひとえに、私の彼女さんがめちゃくちゃ頑張っているからなのだ。


「うぉぉぉいいぞ羽須美!抑えろ!抑えろぉ!!」


 隣の上山さんが大声で声援を送る。なんとびっくり試合は決勝戦で、相手チームのバスケ部の有望株さんを、羽須美さんが必死に妨害している真っ最中。もちろん、さすがの羽須美さんもガチってる人に勝るほどの完璧超人ではないけれども……こと守る・シュートさせないって部分だけなら、バスケ部さんに本気を出させるくらいのプレッシャーは出てるっぽい。

 それでもシュートは決められちゃって、だけどバランスの問題か、相手チームの他メンバーはそこまで強い感じはしない。逆に我らがクラスは女バスがいないなりにできる限りの人員を選出したからか、結果的にけっこう食らいつけてはいる感じ。スコアはずっとリード続されちゃってるけど。


 2点取られて2点取られて、2点取り返したと思ったらまた取られて、でもその次の攻撃は羽須美さんがうまくブロックしてボールを奪い、そこから5人でわーっと攻め込んでまた2点。バスケ部員さんの反撃を、ここも羽須美さん他2名で辛うじて防いで。


 そう長くもない試合時間の中で目まぐるしく変わっていく戦況。スポーツなんてちゃんと観戦することすら稀だから、目が回ってしまいそう。だけども目が離せない。汗だくになって挑む羽須美さんの表情は真剣そのもので、ほんの少しだけ、この前の階段での顔が重なって見えた。だけども違う毛色もある。ときおり訪れる合間の数秒間に、一瞬、彼女の視線がこちらを向いたりして。たぶん、たぶんだけど、私が観戦してるからだと思う。羽須美さんがここまで頑張ってるのは。


 間違いなく真剣で、だけども同時に、その行動原理には私への見栄とか欲とかがある。だからこそ目で追ってしまうのだ。羽須美さんのそういう素直なところが、けっこう好きで。


「点差は縮まってる……!!」


 上山さんの実況どおり、後半からこっちのシュートの成功率が露骨に上がってる。クラスの中では体力のあるメンバーが集まってるのに対して、相手はバスケ部さん以外の4人がわりとバテバテだからかな。


「だけど、時間が」


 残り時間を示すタイマーを見て、自分で思った以上に真面目な声が出てしまった。相手さんがバテてるってことは、時間も相応に経ってるってことで。

 また2点入った。ほぼワンマンプレーになっちゃってる反撃を、4人がかりでどうにか止める。もうあと30秒もない。羽須美さんの妨害で精彩を欠いたバスケ部さんのシュートはリングに弾かれて、それを。


「うぉぉぉぉいけぇぇぇ下谷ぃぃぃ!!!」


 下谷さんが、ダムダム鳴らしながら一気に持っていく。彼女、短く真っ直ぐ走るだけなら相手のバスケ部さんに負けないくらい速い。この球技大会で判明した衝撃の事実だ。そしてそのバスケ部員さんを羽須美さんが抑えてるあいだに、クラスでも体力おばけと名高い仲良し二人組が下谷さんに追従。相手チームのディフェンスをくぐり抜けながら、ゴール付近までボールを運ぶ。だけども下谷さんはとにかくちっさくて、シュートの精度もそこまで良くない。


「パースパースっ」


 だからすでに待ち構えてる。ゴールのすぐ近くで、うちのクラスで一番身長の高い子、174cmの裁縫部員さんが。相手のディフェンス組はもうヘロヘロ、羽須美さんを振り切ったバスケ部員さんがボールを奪いに来るまであと2mくらい。下谷さんが投げる。裁縫部員さんが取る。ゴールに向き直り、ぐっとしゃがみ込んで。


「そーれー」


 だいーぶゆるい掛け声でジャンプして、優しーくボールを放った。ゆっくり飛んで、ポスっと入って、得点。


「うおぉぉぉぉ同点じゃぁぁぁああ!!」


 残り8秒。すぐさまボールが投げ込まれ、バスケ部員さんが走り出す。全員で何とか止めようとして、それでも抜かれて抜かれて。コートの真ん中辺り、残り数秒の時点でその足が止まった。


 たぶん3点の距離だよね、あれ。

 あれだけ走り回った後とは思えないくらい洗練されたフォームでボールを掲げるバスケ部員さん。その目の前に駆け込んでくる羽須美さん。相手と、すごい勢いで身を翻した私の彼女さんが、ほぼ同時にジャンプした。


「羽須美さん、がんばれっ……!」


 今日イチ高く跳んで──ずっと見てた私が言うんだから間違いない──限界まで伸ばした指の先が、放たれたボールに触れた……ような気がする。ビーッとホイッスルだかブザーだかが鳴って、動きを止めた皆に見守られながら、最後のシュートはリングに弾かれた。


「──同点!!同率優勝!!!」


 上山さんの叫びに、クラスの皆がワッと歓声を上げる。

 まさかここまで奮戦するとは思ってもみなくて、最後は熱い試合で、同率でもなんでも優勝は優勝だ。みんな嬉しい。私も嬉しい。だけどひとつ、今の私にはそれよりももっと大事なことがあった。


 汗びっしょりの上気した顔で駆けてくる、我ら一年三組栄光の女子バスケチームの面々。その中の一人へと、私の方からも駆け寄っていく。


「お疲れ様、羽須美さん。めっちゃすごかった。はいタオル」


「あ、ありがと、黒居さん。ぇ、ぇー、えと──」


「じゃ、保健室いこっか」


「へぇあっ!?」


 なぜそこで顔を赤くするので……?

 羽須美さんが何を考えてるのか非常に気になるところだけど、ともかく今はと、彼女の右手へ視線を向ける。

  

「羽須美さんたぶん、手首捻ったでしょ?」


「ぇ、ぁ……?」


 何でバレたって表情に変わった彼女の、捻ってない方の手をそっと握って。

 私たちは熱気冷めやらぬ体育館を後にした。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




年始も変わらず1日1話更新していきますので、来年もよろしくお願いいたします。

それでは皆さま良いお年を〜

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る