第5話 誑かした?


 と、いうわけで。

 羽須美さんがめっちゃめちゃそわそわしてた(普通に上山さんに「どしたん?」ってつっこまれてあわあわしてた)金曜日を越えて、やってきました土曜日です。

 

「うむ」


 お昼前もほど近い時間、自室の鏡の前でコーディネートをチェックして、一つ頷く。

 白い七分袖トップスに、黒のロングスカート。どっちもシンプルかつ柔らかい質感のもの。メイクはナチュラル薄め肌の露出も控えめで、ほどほどに清楚っぽい雰囲気にしてみた。髪はいつもどおり癖っ毛の跳ねるに任せてるけど。まぁー顔面が良いのでねぇー、なに着ても似合ってしまうんですよねぇー。正直よれよれのださジャージとかでも普通に可愛いからね私。


 待ち合わせにも良い頃合いなので、ポーチを肩にかけて自室を出る。玄関へ向かう途中、リビングでテレビを見ていたおかーさんから声をかけられた。


「仁香ちゃんお出かけー?」


「んー。デート行ってくる」


 どったんばったんごろごろがしゃん。

 派手な音を立てながら、おかーさんが玄関まですっ飛んでくる。


 


「で、デート!?誰?誰が仁香ちゃんを誑かしたの!?!?!?」


「むしろ私が誑かした方かも」


「誰をっ!?」

 

「クラスの隣の席のギャルっぽい子」


「あらあらあらまぁまぁまぁっ!!」


 普段はわりとおっとりしてるおかーさんが、めずらしく早口になってる。分かりやすく“一大事”って顔をしながら捲し立ててきた。


「やっぱり高校生ともなれば色気づいて仁香ちゃんに手を出そうとする子が現れるのね……いい仁香ちゃん?昔はよく“男はみんな狼”なんて言ったものだけど、私に言わせてみれば性別関係なく狼は狼だからね?気を付けるのよ?いい?常に警戒を怠らずに、むしろこちらから喉笛を噛みちぎるくらいの気持ちで──」


 狼かー。獣耳を生やして「が、がおー」なんて言ってる羽須美さんを想像してみるけど、どうしてもこう、恥ずかしげに顔を赤くしてる様子しか思い浮かばないっていうか、あんまり肉食っぽさを感じないというか。そのまま、今日の羽須美さんどんな格好してくるのかなーって、思考はそっちの方に流れていく。おかーさんの言葉は右から左へ素通り状態。

 しかしギャルJKって普段どんな格好してるんだろうね。同じ高校生なのに分っかんないや。そもそも羽須美さんって生粋のギャルなのか?時々一人称レベルで口調が変になるけど。っていうか生粋のギャルってなんだ。産まれたときからパーリーピーポーで産湯に浸けられると同時に「え、これヤバくない?」「ちょーヤバーい!」とか言い出したり──

 

「──って、何してるのおかーさん?」


 変な方向に行きそうだった思考は、視界の先でもっと変なポーズをしだしたおかーさんの姿で現実に戻された。


「初デートだからお小遣いあげたい気持ちとそれで相手の子が調子づいちゃったらどうしようって気持ちが戦ってるわ……っ!」


 右手に持った財布を左手で抑え込んでて、めっちゃ気合い入れてじゃんけんしようとしてる人みたい。小刻みに震えている。まぁ、たまの奇行はおかーさんの癖みたいなもんだし、気にせず気持ちだけもらっておこう。


「だいじょぶ、普段貰ってる分で十分です」


 羽須美さんともその辺は擦り合わせ済みだし、豪遊しようってわけじゃないんだから。そのお金はこんど黒居家で寿司食べに行くときのために取っておいてもらって。という仕草で財布をしまわせる。というか急に普段以上のお金もらうのってちょっと怖くない?私は怖い。


「いい仁香ちゃん、割り勘を徹底しなさい。私に言わせれば奢られは“隙”よ」


「おかーさんのデート観ちょっとサツバツとしてない?」


 まあ言われずとも、折半するってことになってるけども。

 編み込みサンダルに足を通して、玄関の姿見で最後のチェック。うーむ、いつも通り美少女。今から家出るよーって羽須美さんに一言送って、ドアノブに手をかける。挨拶しようと振り返ったら、おかーさんの右手の持ち物が財布からスマホに変わっていて、私のことをぱしゃぱしゃ撮りまくってた。


「初デート……うぅぅ複雑だわ仁香ちゃんは今日も超絶ウルトラビッグバン可愛いけどだからこそ相手の子が不埒なことをしないかもうおかーさんは心配で心配でドラマの録画を忘れてしまいそうだわいい仁香ちゃん隙を見せちゃ駄目よ常に戦局をコントロールし優位を維持し続けた者が最後まで立っていられるのああそれから──」


 こんなに饒舌に喋るおかーさんはけっこう久しぶりだなぁ。絶対話長くなるやつなので、楽しそうなところ悪いけど適当に切り上げねば。


「はーい気をつけますいってきます」


「いってらっしゃいほんとに気をつけてね“られる前にれ”よああ大変だわ一大事だわ──」

 

 物騒なことばっかり言ってる肉親に見送られて、いざ出陣。向かうは待ち合わせ場所の最寄り駅。

 背後で閉まっていく扉の向こうから「もしもしあきらさん?大変よ私たちの仁香ちゃんがデートですってええほんと──」みたいな声を耳に拾いつつ、私は程よく日の当たるマンションの廊下に繰り出した。

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