第3話 ちゃんと守ってね


 六限、体育。

 我ら一年三組もご多分に漏れず、一日の終わりに体動かすの面倒くさい派と部活前のウォームアップにちょうど良い派と別になんでもいい派の三つに分かれ混沌を極めていたりいなかったりして、さておき今日はバスケだぜってことで私たちは今、体育館は女子更衣室に来ております。

 他のクラスの女子も合わせてそれなりの人数でちょい狭なこの一室の、隅っこの方で着替えているわけなのですが……


「……」


 羽須美さんがねぇ、なんかボディーガードみたいなことしてんの。私を隠すみたいに、本人もこっちに背を向けて、爆速で着替えたジャージ姿で立っている。どちらかと言うと寒がりな方みたいで、まだ半袖短パンの体操着だけじゃ肌寒いらしい。

 しかして羽須美さん、見た感じ同年代女子の平均よりも十センチほど背が高い感じがするから、こう構えられるとけっこー圧がでるんだよね。普段から姿勢が良いのも、背の高さを強調してる気がする。あ、ちなみに実は私も身長はおなじくらいなんだけど、猫背なおかげで上手く隠されています。まあまあとにかく、そんなことをしてたら当然ながら誰かしらの目を引いてしまうわけで。具体的には上山さんとか上山さんとか上山さんとか。


「……なーにやってんの羽須美」


「ディ、ディフェンスの練習」


 努めて平静を装った声音で返す羽須美さん。いや装いきれてないけども。一応、言ってることはあながち間違いでもない気がしないでもないけど……でもそんなこと言っちゃうとノリの良い上山さんは──


「ほーぉ、ほれシュッ、シュッシュ!」


「!!!」


 案の定ディフェンスを突破しようとそれっぽい動きをしだす。だけど、対する羽須美さんの反応がすごい。ガチ。ガチのディフェンス。絶対に抜かせないという強い意思を感じる。今までの体育の授業で見てる感じ、羽須美さん運動神経良いっぽいからね、普通に良い動きしてるんだよね。

 わちゃわちゃやってるのに気付いた周りの人たちが笑い出すし、下谷さんは上山さんを……いや違うな、上山さんのばいんばいん揺れる乳をガン見してるし。あれボール二個持ちとかで反則にならないのかな、とか考えつつ、まったり着替えている私。あっという間にここだけおもしろ空間になっちゃった。なんだこれって、自然と口角が上がる。

 しっかし、そんなに私のあられもない姿が見たいのかね。まあ見たいか。美少女だし。大きさでは上山さんに負けちゃうけど、けっこう良い乳も備わってるんですわ、これが。いつもゆるーくブレザー着てるからあんまり目立たないけど。


「手強いな流石は羽須美……ってアホやってるうちに時間ヤバいんだけどっ」


 で、少しして。

 結局突破できなかった上山さんがタイムアップを宣言。


「ほら、羽須美も黒居も早くしないと遅刻するぞっ」


「ぞ」


 その声に周りのみんなも時計を確認して、慌てて更衣室から出ていく。その殿を務める、切り替えの早い上山さんと下谷さん。賑々しい雰囲気はあっという間に霧散して、部屋の中には私と羽須美さんだけが残った。急に静か。それでも羽須美さんはこちらに背を向けたまま、お陰様で私は誰にも下着姿を見られずに着替えられた。上下ジャージ着用。寒いから……ではなく、あんまり動く気がないから。運動は苦手なものでしてね。

 っていうか私としては別に、着替えは見られても良いというか、まあ仕方ないんじゃないって感じだったんだけど。彼女さん的にはやっぱり、他の人には見せたくなかったみたい。お昼の間接キス未遂のときもそうだったけど、羽須美さんってけっこー独占欲とかが強いのかな。なんだろう、悪い気はしないね。


「おまたせ」


「ううん。てか、なんかごめん……」


 そんな自分の中の気持ちを羽須美さん自身も制御しきれてないっぽくて、顔だけ振り向いて謝られた。少し気まずそうな顔。だけど私にはそんなところが、けっこう可愛らしく見える。余裕の許容範囲。まあ美少女なのでね、器もデカいんですねー。許容ついでにちょっとイタズラもしたくなって、その背中に一歩近づいた。一歩だけだから至近距離ってほどにはならなかったけど、だけど背筋を伸ばせば、羽須美さんの耳と私の唇はほとんど同じ高さに。


「──ちゃんと守ってね、彼女さん?」


「はひっ」


 おわ、ぶるって震え上がって、ちょっと背が伸びた。伸び代の塊じゃん。

 羽須美さん、やっぱり面白い。

 

 こうやって彼女さんのおもしろ可愛いところが見られるんなら、六限目に体育があるのも悪くはないかなぁ気持ちになりかけた。なりかけただけ。だって別に六限じゃなくても見られるだろうし。もしかしたら、これから体育で着替えるたびに毎回。これじゃあ羽須美さんのディフェンス技術が無限に上達してしまうじゃないかいやぁ参った参った。



   

「──羽須美さんがんばれー」

 

「うぉぉぉお良いぞ羽須美ぃナイスディフェンスっ!」


 授業中、羽須美さんは今まで以上に動きにキレがあって、私も“ワシが育てた”ってな気分で後方師匠面が捗ったぜ。

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