領地について
ラティとガルムは一度目にパステイト侯爵家に来た時よりも、格段に緩いチェックで中に通される。
この邸宅の主人の私室に入ると、第一王子も居た。
多頭の水蛇を倒してから三日ほど経つから、すでに居なくなったとばかり思っていた。暇なのだろうか?
「どうもです」
「ラティ殿、再訪感謝する」
「数日ぶりだな、ラティと……その人間はお供か何かか?」
「僕はガルムだよ」
「ガルムだって? 神話の中の犬の名前と同じなんだな」
「偶然そういうこともありますよねー」
物言いたげなガルムに口の動きだけで「黙ってろ」と伝える。
仮にも一国の王位継承者を持つ人間を相手にしているので、あまり素性を明かしすぎない方がいいだろう。
ラティはわざとらしく咳払いをした後、持ってきた手紙を開き、二人によく見えるように掲げる。
「お手紙ありがとうございます。ええと、本日は私に真面目な話があるそうですね?」
「ああ、その通り。実は君に苗字と、割り当てる領地を決めてきたのだ。心して聞くといい」
「苗字は何になるんだろう!? 楽しみ!」
「苗字はアシュリーとした。今日からはラティ・アシュリーと名乗るがいい」
「おお! アシュリーって苗字というより、名前みたいだけど、語感が気に入ったかも。ありがとうございます」
貰ったばかりの苗字を何度も口に出してみて、その響きの良さを楽しむ。
知り合いに会った時は、忘れずに伝えよう。
変な苗字を押し付けられたなら、周りには内緒にしておこうと思っていただけに、ちょっと嬉しい。
「それと、領地の件なのだが」
「うんうんうん」
「国立モンスター研究所が人魚の調査地としていた、あの島を丸々貴女に預けようと思っている。どうだろうか?」
「む、無人島?」
「ああ、あの辺は悪さをする人魚や、海賊、密猟者が
「あー、見回り……。まぁ気が向いたら……」
「ちなみに、どいつもこいつも、隙を見せたなら増殖していくからな。気を抜いてはダメだぞ」
「……」
苗字で浮かれていた気持ちがだんだん沈んでいく。
本職は喫茶店のオーナーなのに、何故か戦いに明け暮れる日々に追い込まれていくようである。
しかも、ちょっとした安定税収を期待していたのに、無人島では税収ゼロどころか出費の必要がでてきそうだ。
この状況、ほぼ騙されたと言っていいのかもしれない……。
今更爵位を返すとも言えず、ラティは口をモゴモゴとさせた。
「それから、蛇のバケモノの件なんだが、人魚達からの証言を得られ、首謀者が分かった」
「首謀者……。ちなみに誰だったの?」
「元王弟、俺の叔父にあたる人物だった。国立モンスター研究所に所属する女を使い、俺がパステイト市に来るタイミングに合わせて蛇のバケモノを作らせていたようだ」
「だから2回ともタイミングがバッチリだったんだ」
「ああ。貴女がここに来てくれていなかったなら、きっと一回めの襲撃で俺の命はなかっただろう。何度礼を言っても足りないくらいだ」
「じゃ、じゃあ領地を……変こ……」
「人魚達はすっかり貴女を慕っているようだった。末長く仲良くしてくれ」
「––––––––––––はいぃ……」
その後も細々とした話が第一王子やパステイト侯爵からあったが、なんだか頭に入ってこず、後でから書面で説明してもらうことになった。
◇
「––––それで、あの人魚達の島に行ってみることにしたのか」
「うん。一応挨拶しといた方がいいと思ってさー」
ラティとガルムはパステイト侯爵の邸宅を出てから、数日前に教えてもらったお店でオープンサンドを買い、小舟に乗って人魚達の島を目指す。本当だったら研究所に戻ってラウルの力を借りたいところだったが、今彼はナーテと最後の会話をしている。
邪魔したらいけないことくらいは、人間らしく生活した時間が短めなラティにも分かっている。
「純粋な疑問なんだけど、ミズガルズの島の見回りってどうするんだ? お前の足で移動するなら喫茶店からかなり時間がかかるんじゃ?」
「世界樹の喫茶店から無人島まで直通ルートを作りたいところだけど、悪い人たちがうじゃうじゃ来るなら、入り口を置いておくのに抵抗があるんだよね。どうしたものかなー」
「ラウルに安全なところを教えてもらうのは?」
「そうしようかな」
やや放心状態のままガルムと会話すること一時間ほどで、人魚達が住む島に辿り着く。彼女達が縄張りとする岩場近くまで来ると、ちょっとした騒ぎが起きていた。
「––––––––オラは何も悪いことなんかしとらん! 農作物を売りに来ただけだろう!!」
「もう変な奴の来訪は懲り懲りなんだ! 帰んな!」
「手ぶらで帰ったらおっかつぁんに怒られちまう!」
「そんなこと、こっちは知ったこっちゃない!」
岩場に居るのは人魚達複数と、人間一人だろうか?
腰から下が二本足の方は背中に農作物のようなものを背負っているし、腰から下が魚っぽい方は先日”魂の籠”を命懸けで届けてくれた人魚のようだ。
ラティは彼等の会話が気になり、声をかける。
「おおーい!! 何の話をしているの!?」
「ラティじゃないか! もう当分会うことはないと思っていたのに、一体何の用だい?」
「実は私、今日からこの島の領主になったんだ! よろしくー!」
「領主だって!? あんたが!?」
驚愕する人魚達に、ラティは苦笑いしながら領主になることになった経緯を説明する。
「たくさんの頭がついた水蛇って、君たちが人間の魂を使って創ったって話だったじゃん? あれを倒したことで、第一王子に、ナイトにしてもらえたんだよね」
「なるほど、それで、お前が腕の立つ人間だから、トラブルが多いこの島を割り当てられたのだな」
「話が早くて助かる!」
ラティとの話に応じてくれる人魚の顔をよく見ると、先日危険を顧みずに本土まで”魂の籠”を届けてくれた人魚だった。
もしかすると、人魚のコミュニティのリーダーとか、それに準じる立場なのかもしれない。
「一つ質問させてほしいんだけど、モンスター作りに積極的だった人魚達ってどうなったの? また悪さを企んでいるんだとしたら、ちょっと困るかも」
「とりあえず反省してもらうべく、海中ファームで一日十二時間労働してもらっている。それで懲りてくれたらいいのだが」
「海中ファーム!」
「海老や蟹、真珠など、色々育てていて、人間界のさまざまな物と物々交換しておるのだ」
「へー。島の陸上だけでは岩だらけの不毛な大地だとしか思えなかったけど、水中で色々やっているんだね」
「領主に献上してもいいが、一つ頼み事を聞いてもらいたい」
「何だろう?」
「我々人魚の研究をもうやめてほしいのだ。先日若い人魚が連れ去られ、食されてしまった悲劇をもう繰り返さないためにも……。領主であれば、国に頼めるのではないか?」
「……そうだなぁ。人魚達が反抗するよりは、私が代表して研究中止を呼びかけた方がいいのかな。可能なのかどうかはわからないから、約束はできないけど、可能な限りの努力はしてみるよ」
「恩にきる」
感謝する人魚達の姿に、居心地の悪さを感じるラティだったが、盛大な腹の音で我に返る。
「え、今の音って誰かのお腹から鳴った?」
「そうだべ! オラの腹が鳴っただよ!」
「お、おう……」
さっきから人魚達に混じっていた人間の男が自己主張をし始める。
というか、彼は一体何故こんなところにいるのだろうか?
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