レーヴァテイン


「……ふむふむ、その剣がいきなりこの小さな小屋の中に現れたってわけなのね」

「そうなんだよー」


 絶世の美女フレイヤは、世界樹にあるラティの喫茶店から、人間の住むミズガルズに来た。

 いつものようにアルコールを多量に飲んだようで、ふらふらと二階から降りて来て、ラティの話を割と真面目に聞いてくれた。

 改めて彼女にレーヴァテインらしき剣を縦向きに見せてみると、両目を寄せて面白い顔をする。


「本物に見えるわねー」

「そうなんだ!」

「元々この剣を持っていたのは、私のお兄様なの。だから私も見覚えがあるのよ」

「フレイヤの兄ってフレイだよね。じゃあ、フレイからスルトに所持者が変わったってわけなんだ」

「ええ、そうよ」


 レーヴァテインの刀身に刻まれたルーン文字は、デザイン的にも凝っている。

 だから、巨人族であるスルトの持ち物だとは信じがたかったわけなのだが、元々フレイヤの兄フレイが所持していたのなら、これだけ繊細な剣でも納得出来る。


「レーヴァテインはスルトが嫁と認識した者が持つことになっているのよ。だから子リスちゃんのところに現れたのは意外ね」

「ん? 嫁……? 私があいつの?」

「ミズガルズでスルトとあったんでしょー?」

「そんな奴と会った覚えないよ!」

「じゃああれは何かしら? 誰の目玉なの?」


 フレイヤの細い指先が指すのは、テーブルの上い置いた木箱だ。

 いつの間にか倒れ、中に入っていた眼球が転がり出てしまっていた。

 フレイヤはもしかして、あれをスルトの眼球だとでも言いたいんだろうか? 


「誰のって、私だって気になってるくらいだけど……」


「ねぇ、待って。これはスミレの香り? いい香りねー。良質な媚薬って感じ」


 急に話題を変えられ、ラティの思考は一瞬止まる。

 だけど、フレイヤのことだからスルトの眼球とこのスミレの香りがなんらかの関係があると思っていそうだ。


「び、媚薬? そんなわけないよ。だってごく普通の蒸留のやり方でスミレからオイルを取り出しただけだし、そんな変なの作った覚えもないもん」

「ラティはそれに世界樹の雫でも加えたでしょ?」

「その通りだけども、やばかったりするの?」

「世界樹の雫を加えると、予想外の効果を生むことがあるってお兄様が言ってた気がするのよね」

「世界樹の雫についてはそういう効果がありそうな気はしてたぁ! けどなんでフレイヤは、この香りと媚薬が関係あるって思ったの?」

「うふふ。私の体がそう告げてるか・ら・よ」

「!! それって、フレイヤにも効き目があったってことだよね!」

「当たり前でしょー!」

「わーい!」


 大喜びでフレイヤに抱きつこうとしたラティだったが、急にフレイヤが体の向きを変えたため、床に倒れる。両腕が半端な位置にあったから、うまく受け身も取れず、ゴロゴロ転がる。


「うわぁぁん! 酷いよフレイヤ」

「ごめーん。でも、ここはふざけてないで真面目な話をしないとね。スルトが絡んでいるし……。私が言いたいのは、あの眼球にも気化した媚薬が付着し、眼球が貴女を特別な存在と認識しちゃったんじゃないかってことよ」

「あの目玉が媚薬効果で、私を好きになって……、それで大切な剣を私に預けたってこと?」

「間違いないわ。だってあの目、恋してる者のソレだもの! キャー!」

「なんてこった。君ほどの恋多き女が言うんだから、絶対そうだよ。私に惚れちゃったんだ」


 眼球だけで恋をするなんて不思議ではある。

 だけど、ラティは思い出してしまった。

 妖精王と妖精女王について書かれた戯曲の中に、ニオイスミレの汁をまぶたに塗られた妖精女王が目覚めた直後に不細工な男を見て、その不細工な男に恋する描写があったのだ。

 つまり世界樹の雫の効果で、あのスルトをも惚れさせてしまうほど強い媚薬になってしまった。その結果、スルトのレーヴァテインはラティが持つこととなった。


 そうなると、やはりあの眼球はスルトのものだったということになる。

 大英雄がスルトと戦い、眼球をえぐり出したんだろうか?


「わー、やっぱりこんなの受け取らなきゃよかったよー!」


「ねぇ、ラティ。外が騒がしいわ。警笛の音が聞こえない?」

「え……」


 ラティは立ち上がり、フレイヤに近づく。

 すると、聞こえた。

 遠くの方で、鋭い笛の音が鳴っているし、鐘を打ち鳴らす音も聞こえる。


「火事か何かなのかな?」


 窓を開けてみると、夜だというのに通りには多くの人が出ていて、何かに怯える様子を見せる。


「逃げろ!!」

「冒険者ギルドの連中はどうしたんだよ!」

「真っ先に逃げやがった。使えねー奴らだ!」


 顔をこわばらせた男達の会話内容は、とてつもない危機が迫っている様子だ。

 唖然としながら、視線を空に向けてみる。


 夜空の下側が赤く染まっていた。

 夜明けのような優しいものではなくて、ぞわぞわするような不気味な赤だ。


「嫌な時にミズガルズに来ちゃったわねー。私こういう雰囲気が苦手なのよ」

「フレイヤ。君はここに隠れてて、私が見てくるから」

「ラティがイケメンに見えてきたわ。媚薬の次は吊り橋効果なのね。やだー」

「責任取る取る! おっと、こうしちゃいられない」


 ついデレデレしそうになるが、顔を引き締めてドアから出る。

 ちょうどこちらに向かって走って来た女性が喫茶店の常連客だったため、ラティは声をかける。


「ねー立ち止まってー! 今この街で何かが起こっているの?」

「ラティちゃん!? とんでもないデカさの男達が、街のすぐ外に集まってるんだよ! 貴重品を持って直ぐに逃げな!」

「……デカい男達?」

「悪いね、先に逃げさせてもらうよ!」

「う、うん。引き止めちゃってごめんね」


 デカい男達と聞き、妙に引っかかりを覚える。

 眉を顰めて喫茶店の方に顔を向けると、やはり、テーブルの上の巨人の瞳はラティを見ていた。


「スルト。巨人を呼んだのは君?」


 巨大な眼球がラティの問いに答えることはない。

 ラティは反応の悪いグロテスクな物体に軽く舌打ちし、街の城門に向けて走り出した。

 もし巨人に街に侵入され、自分の喫茶店や常連さん達の家々を潰されたのでは、たまったもんじゃない。


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