俺が現代ダンジョンで魔王になるんですか?!~ダンジョン『星間棄民船ハントレス』防衛戦線~

習合異式

1章 俺が魔王になるんですか?!

第1話 ダンジョンアタック


 21世紀初頭。日本。東北地方のある地方都市に『それ』は現れた。


 全長約1130メートル。全幅約580メートル。全高約270メートル。

 その超巨大構造体は上空から見ると笹の葉のような形状で、表面は白い岩石のような材質で構成されており、日本で使用可能なあらゆる工具、重機を用いても『それ』を傷つけることは叶わなかった。だが、何人をも寄せ付けない『それ』には一か所だけ例外となる部分があった。


 『それ』が笹の葉と見立てると葉柄の側。地面と接触している個所に、成人男性三人が通れるほどの穴が開いていた。まるで出来立ての虫歯のような穴から『それ』の内部に進入した陸上自衛隊第44普通科連隊の隊員たちは恐るべきものを見た。


『それ』の内部は外見よりも広大な空間になっていた。太陽光は差し込んでいないが、内部は明るく、周囲の様子は昼間のようにはっきり見て取れる。しかし、隊員たちが上を見上げても光源が設置されていると思しき天井や、外界とを隔てる壁は確認できなかった。

 空間には地球のどの建造物にも似つかないような構造物が乱立し、その様子を見た隊員たちはそこが『街』のように見えた。

 だが隊員たちが恐怖心を抱いた対象は常軌を逸した空間ではなかった。


『それ』の内部には、人の見た目から大きく離れた怪物たちの巣だった。


 怪物たちは小説や漫画。そして映画で見られる『ゴブリン』や『オーク』といったモンスターに酷似していた。

 それらの怪物はそのまま『モンスター』。そしてモンスターの根城は『ダンジョン』と称され、未知の生命体による現実世界への侵攻に日本は、そして世界が隊員たちと同じように恐怖した。


 だが、恐怖と混乱が世界を席巻しかけたとき、一筋の光が差した。


 日本で次々と異能の力、通称『スキル』に目覚めるものが現れたのだ。


 ダンジョン内で高い肉体的剛健性を発揮し、超常の力を振るう彼らを人々はいつしか『冒険者』と呼んだ。

 政府も冒険者たちを全面的に支援。ダンジョンの調査、モンスターの討伐、そして内部にある数々の未知の物品の回収を求めた。

 いつしか冒険者たちはダンジョンでの心躍る冒険を、動画サイトで生配信するようになった。政府もダンジョン内部の情報収集を奨励し、再生数に応じて金銭を支払った。

 エンタメと化したダンジョン攻略は、人気の少なかった地方都市を活気づかせ、冒険者向けに飲食をはじめとした大型店舗などが数多く出店。ダンジョンの周囲が今では東京都心部よりも賑わいのある都市になった。


 数多の冒険者が、人々に、街に支えられダンジョンに挑んだ。


 だが、誰一人として踏破には成功しなかった。


 ダンジョンには『魔王』がいたからだ。


 モンスターたちが追い詰められ、断末魔の悲鳴を上げた時、魔王は必ず冒険者たちの前に現れ、同胞の報復を行う。魔王の報復を退けた冒険者は皆無だった。


 冒険者たちは、その魔王をモンスターたちの断末魔を元にこう呼んだ。


『魔王レプト』と。


 ダンジョンが出現してから3年。冒険者たちは未だ、魔王レプトを打ち倒せずにいた。



 ◆



 高校2年生の少年。撃野げきの はじめはスマホとアクションカメラを連携させた後、画面の配信開始のボタンを押す。配信が無事始まったことを確認すると、努めて元気そうに声を出す。


「こんばんわ! 『始のダンジョンハックチャンネル』です!」


 時刻は夜10時。配信にはぴったりの時間だ。コメントがぽつりぽつりとつく。


:おつです

:こんばんわー

:ゴブリン群れ事件ぶり!


 始は苦い顔をカメラに向けた。


「あはは。えっと、その節はどうも……」


 始は『冒険者』だった。始は先日、ダンジョン内を探索中にゴブリンの群れに遭遇した。使いどころの難しい始のスキルでは多数を相手どるのが難しく、撤退するのがやっとだった。しかも、その時は号泣しながらの情けない様子を視聴者に見せてしまった。

 だが、その様子がミームとなり、注目を集められた。内容はともかく、バズることは良いことだ。仲間が集めやすくなる。


「えー今回は前の二の轍を踏まないよう、助っ人に来てもらいました! どうぞ!」


 始は自分に向けていたカメラをダンジョンの入り口前に立つ、所謂、地雷系ファッションの黒髪ツインテールの少女に向けた。


「えっと、初めまして。尾張おわり 夏菜かな」です。



:おおおおお

:女の子! 女の子!

:念願のバディおめでとう!

:声かわいい!+1000円


 コメントが一気に流れる。投げ銭も景気よく入る。やはり女子は視聴者受けがいい。始は心の中でガッツポーズをした。


「私のスキル、あんまり良いやつじゃないけど、えと、頑張ります」

「はい。というわけで、彼女のスキルはダンジョン内で見せていきたいと思います。最後までお付き合いください!」


 始は挨拶を切り上げたあと、アクションカメラを体に着けたハーネスに装着する。視聴者からはダンジョン攻略の様子がFPSのように見える。この便利なハーネスもカメラも政府からの無料の支給品だ。

 始はダンジョン入り口で冒険者以外の人間が立ち入らないよう見張る自衛隊員にお辞儀をしてから、夏菜と共にダンジョンの入り口を通った。


 ◆


 ダンジョンの入り口からすぐのエリア。通称『一層』はダンジョン出現時から様子が様変わりしていた。各建造物は冒険者たちの努力によって破壊され、広大な一層全体が更地になっている。もうこの辺りではモンスターとはエンカウントしないため、始も他の冒険者同様『二層』までのこの時間を視聴者との雑談にあてていた。始は政府支給の電動キックボードで進みつつ、スマホでコメントを確認する。


:初見です


「初見さんどうもー! 今日は初見さんがたくさんいらっしゃるので、僕のステータスを改めて紹介します」


 始はカメラのまえに手をかざす。始が心の中で『ステータス』と唱えると、RPGのキャラクターデータのような映像が表示される。


スキル【他転移アザーテレポート


 という情報を先頭に、ダンジョン滞在時間や討伐したモンスター数が表示される。

 はっきり言って、始の戦績は芳しくない。有名冒険者の千分の一ほどの成績しか残せていない。だが今夜、夏菜の力も借りてこの画面の数字を大きく伸ばす予定だった。


 20分ほど一層を進むと、錆びついた鋼鉄の隔壁と二層への入り口が見えてくる。有名冒険者によって穿たれた隔壁の穴をくぐり二層へ進む。始と夏菜はここでキックボードを乗り捨てた。これ以降のエリアからはモンスターが出る。冒険者としての見せ場はここからだ。始は小声で言う。


「では二層攻略はじめまーす」


 二層も一層と同じく広大な空間が広がっていた。だが冒険者たちによる攻略は途上で、恐らく『三層』のある隔壁側には、まだ鋼鉄製の建造物が立ち並んでいるのが遠目に見える。

 最悪なのが一層側の一帯で、そこには粗末でつぎはぎはらけのドーム状のテントが無数に広がる場所になっていた。全てではないが、このテントの中にはモンスターが潜んでいる。この危険地帯と魔王レプトに冒険者たちは阻まれ続けていた。

 始と夏菜はテントの間を静かに進む。だが、すぐさま彼らに気づいたモンスターが二人の前に立ちはだかった。緑の体表、子供のような体躯、やせ細った手足に膨らんだ腹。醜悪な尖った鼻に濁った黄色の目。局部を粗末な布で隠したそれは見まごう事なきゴブリンだった。数は5匹。ゴブリンたちは全員廃材を組み合わせた粗末なこん棒で武装し、始たちを耳障りな唸り声で威嚇した。


「夏菜、お披露目だ」

「う、うん」


 夏菜は一瞬不安そうに始を見たが、覚悟を決めたのかゴブリンたちを見据えると、靴音を鳴らしながらゴブリンに近づき、始から距離をとると叫んだ。


「【周囲燃焼エリフレイム】!」


 瞬間、夏菜を起点として猛烈な勢いの炎が、夏菜の全方位に花開いた。夏菜の能力は制御の利かない火炎投射だ。炎の指向性を彼女自身が定められないため、他冒険者と協力した場合、仲間を巻き添えにしてしまう危険があった。だが始のスキルがその欠点を補う。


「【他転移】!」


 始が夏菜に向け手をかざす。すると、彼女の周囲の炎は消え失せ、代わりに圧縮された炎が太陽のような輝きを纏ってゴブリンたちのいた場所に現れた。


「Gyaaaaaa!」


 予期せぬ攻撃にゴブリンたちは碌に回避もできず、一気に滅却される。始のスキルは『自分以外のものを任意の場所に転移させる』というものだ。生き物には使えないし、自分を移動させたりも出来ない。だが夏菜のアンコントロールな炎は非生物だ。始のスキルの対象になる。ゴブリンたちが炭化し倒れたのを見て、夏菜は笑顔で振り返った。


「やった! 始くん! やったよ!」

「言ったろ。ぼくたちが組めば最強だって」


 二人の能力は抜群に噛み合っていた。二人は底知れぬ万能感に震える。興奮した夏菜は始に近づくとそっと耳打ちした。女の子の甘い吐息と声に最初はドキッとした始だが、彼女の提案を聞いて、また別の理由で胸が高まった。


「いいね。やろう!」

「お願い! 【周囲燃焼】!」

「【他転移】!」


 始は夏菜の炎を転移させた。二人を避けた周囲の上方に。


 火の豪雨が降り始め、彼らのまわりのテントを焼き始めた。テントからは潜んでいたゴブリンやその他モンスターが叫び、焼かれながら這い出てくる。夏菜の『空襲』作戦は大成功だった。


:すげぇw

:めっちゃ燃えとるがな

:これは二層のモンス全滅狙えんじゃね?


 視聴者も二人のスキルの妙技と炎の雨粒が化け物を焼く美しい光景に興奮した。感極まった夏菜は始の手を取ると、その場で踊り始めた。始もそれに応え、不器用にステップを踏む。ダンジョン攻略の前祝いでもするかのように、二人は炎の中でワルツを踊る。だが、生きたまま焼かれるゴブリンの断末魔を聞いて、二人は足を止めた。


「Reptoooooo!」


 レプト。魔王の名。そしてそれに呼応するように、炎の海の中からそれは立ち現れた。


 魔王は身の丈190センチ。もはや鎧というより、筋肉のようにしなやかな白い装甲に身を包んでいた。ローマの彫像のような美しい体の上には、まるでトカゲか肉食恐竜を模したかのような長い頭があり、一対の角が生えている。口や鼻、耳介のような形状物はついていないが、白い頭部の両側に三つずつ。計六個の青い明かりが、まるで瞳のように灯っていた。その青白い眼は始たちの姿を捉えると、


「Gurrrrrrroaaa!」


 とダンジョン全体を揺らすような雄たけびを上げた。恐怖のあまり体が動かなくなっていた二人もその雄たけびではっと我に返る。


「魔王レプト! 今日こそぼくたち人類がお前を倒す!」

「冒険者の力、思い知れ!」

「【周囲燃焼】!」「【他転移】!」


 二人が叫ぶと、炎の洪水がレプトの前方から押し寄せた。炎の濁流に呑まれるレプトを見て、二人は勝利を確信し、そして


「……嘘でしょ」

「な、なんで?!」


 すぐさま絶望した。業火の波の中をレプトが一歩ずつ進んでいるのだ。先ほどまで何も持っていなかったはずのレプトは、自身の身の丈ほどの鉄の盾を構えながら、自らを押し流そうとする炎に逆らって始たちの方へ前進していた。


「始! 背中なら!」

「あ、ああ! 【他転移】!」


 始は無防備な背を狙って、炎の一部をレプトの背中へ転移させた。それが悪手だった。


 前方の炎が弱まったことで、レプトが炎の壁を突き破ってしまった。レプトは二人に肉薄すると、彼らが声を上げる前に、まず夏菜の首を片手で掴み持ち上げた。


「っぁぁ、がっ……」


 夏菜は数秒で顔を薄紫色に変えながら、魔王の手の中で意識を失う。始はその場で尻もちをつき、レプトを見上げる。ゴブリンを焼いたときの自信はとうにない。今の自身は今の始は鼻水を垂らしながら怯えることしかできなかった。


「あぁぁ……あぁぁ!」


 強大な力を前に、自らの無力さを呪った時、手元に握っていたスマホの光が始の目に入った。


:負けるな始!

:お前ならやれる!

:男なんだろ? だったら立ち上がれよ! 守れよ!

:魔王を倒して地雷ちゃんとセッ久! →これはラブホ代 +10000円


 そこにあったのは自分を鼓舞してくれる視聴者たちの声援だった。始は魔王が地面にゴミのように落とした夏菜を見て、奮起した。今、夏菜を助けられるのは、そしてこの油断しきった魔王を倒せるのは自分だけだと。始は振るえる手を魔王レプト――の背後で燃えているテントの骨組みに向ける。


「【他転移】!」


 燃える骨組みが、槍のようにレプトの頭上に転移し、レプト目掛けて落ちる。


 が、レプトには届かなかった。レプトの手にあったはずの盾がいつの間にかなくなっていて、代わりに握られていた長い銀色の棒で、降ってくる骨組みを見もしないで打ち払ったのだ。


「あ、あ、あ……あぁぁぁぁぁ!」


 万策尽き、恐怖に理性を食いつくされ叫ぶ始の頭を、レプトは感情のない目で見下ろしながら、容赦なく棒で殴り倒した。


 ◆


 始が目を覚ますと、まず体が仰向けの状態で床に拘束されていること。そして服を脱がされパンツ一丁になっていることに気づき、そして自分がモンスターの捕囚になったことを悟った。

 慌てて周囲を見渡す。始のまわりは冷たい金属の壁に囲まれた薄暗い部屋で、天井には鋼鉄製の、一見すると巨大な男性器にも見える機械が備え付けられ、その先端が始の方を向いていた。


「始くん!」


 夏菜の声がした方へ始は首を動かす。すぐ隣に夏菜がいて、始同様、ブラジャーとバンツだけで床に拘束されていた。


「夏菜! 大丈夫?」

「うん。首のところをちょっと火傷しただけ」

「そっか……くそっ。ともかくここから脱出しないと……」


 始は自身の手を見る。床と一体になった枷がしっかりと始を捕えていた。枷には鍵穴らしきものはない。足も同様で脱出どころか、ちょっとでも体を動かすことも難しい状態だった。不安そうに夏菜は言った。


「他の冒険者が助けに来てくれたりするのかな……」

「ああ、きっと来るさ! 配信だっていっぱい人が見てたし、誰かが助けを――」


 励まそうとする始の声は、よく響く足音で遮られた。足音がどんどん二人に近づき、そして彼らを倒した魔王レプトが二人の足元に立ち、始たちを見下ろした。

 生殺与奪を握られている恐怖感で始の歯はガチガチと打ち震える。だが夏菜を不安にさせないよう、努めて平気なふりをして叫ぶ。


「こんなことをしても僕たちは屈さないぞ!」

「そうよ! この変態魔王!」


 夏菜も負けじと声を張り上げた。その様子を見たレプトは、


「……はぁぁぁ」


 と深いため息をついたあと


「あのさ。お金が欲しいのはめっっっちゃ分かるけどさ」


 流暢な日本語で


「他の方法で稼ごうとか考えなかったわけ?!」


 お説教を始めた。


 想定外の事態に目を丸くする始たちを見て、レプト――その装甲服を纏った青年、殻打からだ 恭莉やすりは彼らの想像力のなさに、深く失望した。 


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