第22話 半年空けてると何もないね

 「おじゃまします」も言わずに家に上がりこんでしまった。

 でも、玄関から床に上げるだけでも重い荷物を引っぱり上げ、スーツケース二つを先生の指図どおりに玄関の左脇の部屋に入れ、鞄二つは奥のダイニングキッチンまで運んで、手伝いをしながらなしくずしに上がってしまったのだから、そんなに図々しくもないと朱実あけみは思う。

 先生について奥のダイニングキッチンまで来た。

 寒い。

 靴を脱いだぶん、外より寒いかも知れない。

 先生は踏み台を持って来てエアコンをコンセントにつなぎ、キッチンの仕切りの上に置いてあったかごをまさぐった。

 そこから出てきたリモコンで暖房を入れる。

 先生のことだから、冷房のまま設定を変えずにスイッチを押したのではないかと思ったけれど、ちゃんとエアコンからは暖かい空気が出てきた。最初は冷たいと思ったけれど、ひたすように暖かい空気が足もとを吹き抜けていってくれる。

 それまでキッチンの奥の電気しかついていなかったが、亜緒依あおいが勝手に部屋の天井の大きい照明のスイッチを入れた。

 電球の色で部屋が明るく照らされると、それだけでさっきよりずっと暖かくなったようだ。

 前に来たときと同じように、入ってすぐのところに、壁にくっつくように窮屈そうにグランドピアノが置いてある。

 前に来たときには、テーブルにはテーブルクロスがかかっていて、上にいろいろなものが置いてあったけれど、今は何もない。

 一年の留学で家をけていたのだから、あたりまえだろう。

 先生は冷蔵庫を開けて、

「さすがに半年空けてると何もないね」

などと言っている。

 半年空けても何も、この先生は、半年間、冷蔵庫をつけっぱなしにして外国に行っていたのだろうか?

 「あ、イギリスで飲んでたお茶があるから、それ入れよ。えっと、あれは」

と言いながら暗い赤色の鞄をまさぐっている。

 小さな缶を引っぱり出す。

 「あ、お湯かすの、わたしやります」

 亜緒依がけなげなことを言う。脱いで手に持っていた黒いコートをテーブルの椅子の背に掛け、台所に入る。

 「やかん、どれですか?」

 「あ、その上の使って」

 「ガスはちゃんと出ます?」

 「うん。出るはずよ。わたしがおらんあいだも、うちのお父ちゃんとお母ちゃんがときどき来て、なんやいろいろやってたはずやから」

 「なんやいろいろ」って何やと朱実は思う。問題の「税所さいしょさんのおばあちゃん」は「掃除か何か」と言っていたけれど。

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