リリカ

千織

第1話 私はリリカです

電車が来る。

一歩踏み出す。

自分の体が吹き飛ばされ、車輪に巻き込まれて、肉の塊に変わる。



そんな情景を、何度妄想したことか。



建物に入れば、窓から落下する自分を想像する。

ここから落ちたら、マンガで見たように、あちこちが変な方向に曲がって、血溜まりができるのだろうか。



自分が死ぬ妄想が止まらない。



周りからも心配されている。



もう高校を休んだら?

リフレッシュに遊びにでも行ったら?

趣味に没頭したら?



そう言われても、できるわけがない。



俺には、バレーしかない。


バレーの推薦で入学した。

バレーの推薦で大学にいくつもりだった。


俺にはバレーしかない。



休んだら、チームメンバーから何を言われるか。



こんな大事な時に。

逃げた。

もうアイツはダメだ。



すでに無い居場所が、本当に完全に無くなる。

バレー部に居場所が無くなったら、俺の存在に意味がなくなる。



もう、死にたい。

死ねば、もう居場所について考えなくて済む。



次の電車が間もなく来る。

いつまで、死ぬことに迷っているのか。



言われたじゃないか、顧問から。


「そんな陰気な顔でいられたら迷惑なんだよ!お前、いらねぇ!俺らでやるから!」


って。

いらないんだ、俺。



考えれば、また躊躇う。

なら、何も考えず、足を出せ。

機械的に前に足を出せばいい。

あとは電車が轢いてくれる。




「あの!」


女の子の声がした。

女の子は、俺の手を掴んでいる。

見ると、女子高生だ。



「もしかして、死のうとしてます?」


なぜか、笑顔で話しかけてくる。



「いや…まさか、そんなことしないですよ。」


こんなに崖っぷちでも、なんでもないと言ってしまう。

目元はもう笑えなくなっていた。

必死で口角を上げ、笑顔を装う。




「二日間だけ、待ってくれませんか?」


「……何を?」


「死ぬのを!」


彼女がなんなのか全くわからなかったが、死ぬのを二日間だけ待つのはできそうだった。

三日と言われてたら無理だった。



彼女は、俺をファーストフード店に連れて行った。

彼女はハンバーガーを食べているが、俺は食欲がなくてお茶だけだ。

この1か月で6キロ体重が落ちていた。



「私、リリカっていいます。なんで死のうとしてたか、教えてくれませんか?もしかしたら、私ならなんとかできるかもしれません!」



目が輝いている。

長い髪、大きな目、きれいな肌。

普通より可愛いんじゃないだろうか。



意味不明な状況だが、何も考えられない俺はとりあえず話し始めた。



「部活で…顧問と合わないんです。俺がしゃべってるとうるさい、とか笑顔がキモいとか言われて…。

きっかけは、顧問がちょっと間違ったことを言ったときに、そりを訂正したんです。それが癇に障ったのか、『普段頭が悪いくせにそんなことばかり覚えてる』って言われて。

俺が何かしてると、他のメンバーに『あれはないよな』とか、俺が聞こえるくらいのコソコソ話をしするんです。どれも小さいことなんですけど…気になってしまって、プレーに集中できなくてミスが増えて…。そしたら、怒鳴られて…。」


話すと思い出されて、辛くなってきた。



「わかりました!顧問がいなくなればいいですね!」


「あ、いや、そういうわけでは…。俺が、ダメな奴だから…。」


「二日あれば大丈夫です!任せてください!」


そう言って、彼女はトレイを片付けながら店を出て行ってしまった。



―― ―― ―― ―― ――


翌日、顧問が死んだと連絡が来た。

交通事故だ。


まさか、あの子が…?


俺は昨日と同じくらいの時間に、彼女と会った駅のホームに行って彼女を探した。



「あ!昨日の人!うまくいきましたよ!」


そんなことを言いながら、彼女は手を振ってこちらに歩いてきた。



「君が…殺したの…?」


「いえ!車の前に飛び出したら勝手に電柱にぶつかりました。まだ死んでなかったら殺そうと思ったんですけど、死んでたんで、殺してません!」


それはそうかもしれないけど…。


「…君は、一体何なの…?」


「昨日言ったじゃないですか、聞いてなかったんですか?私はリリカです!」



―― ―― ―― ―― ――


顧問の通夜と葬儀が行われた。

新しい顧問が来た。

大事な大会があった。

大会では好成績を残し、俺は推薦で第一志望大学に合格した。



俺は結局、生き延びた。



顧問が死んで、ざまぁとは思わなかった。


顧問が死んでも、何も変わらなかった。

俺が死んでても、何も変わらなかっただろう。


誰が死んでも、世界は変わらないということを思い知った。



―― ―― ―― ―― ――


大学生になった俺は、部屋を借りた。

少し広めの部屋にしたのは、リリカと一緒に住むためだ。


生き延びれたお礼をしたいと言ったら、児童養護施設から出たいということだったので、そうした。



「私が小5のとき、寝てたら父親が下半身を出してきたんです。キモいと思って手を振り上げたら、うっかり顔を潰しちゃって。もう死んじゃうな、と思ったんで、ストーブをひっくり返して家ごと燃やしました。

消化活動中に夜勤で出ていた母親が駆けつけたんです。母親も殴られてたし、男がクズのせいで働きづめだったんだから、死んで喜ぶだろうと思ったんです。そしたら、その男の名前を叫びながら、泣いてるんですよ!人間ってわかんないなーって思いました。

それから母親は毎日めそめそして、私を殴るようになりました。彼女にとっては、私が死んで男が生きてた方が良かったみたいで。まあ、あんまり可哀想だったんで、死なせてあげました。こんな風に。」


リリカの髪が伸びて、俺の首に巻きついた。



「……リリカは、人間じゃないんだよね……。」


「はい!人間への転生希望でしたが、許されなくて、人間の体の空きを探してました。梨々香は小4の時にお風呂に沈められて死にました。体が空いた直後だったんで、上手く入れました!」


リリカはドヤ顔をした。



「これからどうするの?」


「とりあえずアルバイトします!ちゃんと、生活費は払うんで!あと、地下アイドルやってみたいです!私の顔でやっていけますかね?」


「そうだね、リリカは可愛いから、大丈夫なんじゃないかな?」


「そう言われると、やる気が出ますねぇ…。」


リリカは手鏡を見ながらニヤニヤした。



リリカは昼はレストランで働き、夜は地下アイドルをやっている。

せっかく人間になれたから、やりたいことを全部やりたいらしい。

リリカの夢は、お嫁さん。

愛する人に純潔を捧げて、子どもを産むことだそうだ。

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