第36話 モルスト、リッカの才を語る

「……分かっちゃいたが、やっぱりあれでもお前には通用しなかったか」


 周囲の皆に緊張が走る中、そう言いながらモルストを見る。自分と同じ様に爆発の衝撃で吹き飛ばされたとみえ、纏っていたマントこそぼろぼろになってはいるものの、モルスト自身はほぼほぼ無傷であった。


(……身に付けている軽鎧にも当然様々な加護が施されているというのもあるだろうが、あの状況から完全に聖剣の一撃で威力を相殺したって訳か。流石としか言いようがないな)


 そう胸中で思っていると、自分が何を思っているのかを察したかのようにモルストが口を開く。


「……あの瞬間、お前が何をしようとしていたか分かったからな。『半同時詠唱』。……お前の得意技だったなリッカ」


 やはり見抜かれていたか、と自分が思うと同時に、セリエが真っ先にモルストに声をかけた。


「……『半同時詠唱』……?それは一体……」


 セリエの問いに自分ではなくモルストが答える。


「お前たちも魔術師の端くれなら分かるだろう。魔法を構築して詠唱を唱え、魔法を放つ。それが普通の流れだ。だがこいつ……リッカは魔法を放つと同時にそれを維持したまま次の魔法を瞬時に構築して発動しているのだ。それもほぼ全ての属性を思うがままに、な」


 モルストの言葉に、皆が一斉にざわめき出す。


「な……何それ!?つまり魔法を発動して即座に次の魔法を放つって事?そ、そんな事が可能なの!?」


「り、理論的に可能なのかもしれませんが……魔法を発動させながら即座に次の魔法を構築するなんて考えもしませんでした。それに……分かっていてもそれが出来るとは思えません……」


 皆が口々に騒ぎ出すなか、冷静にモルストが言う。


「確かに、魔法の心得がある者であればある程そう思うだろうな。だが、それが出来るのがこいつという訳さ。……私も実際に戦闘の中で『攻撃強化』と『防御強化』の魔法をほぼ同時にかけられた時は目を疑ったよ。私はもちろん、パーティーの連中も何があったのかと思ったものだ」


 そう言ってモルストが言葉を続ける。


「それだけではない。先程全ての属性を、と言っただろう?何の属性が有効か分からない魔族と対峙した際に『炎』と『水』や、『風』や『雷』をほぼ同時に打ち込んで効果があると分かればその属性を連続でぶち込んだりとかな。おそらく、この芸当が出来るのはリッカを含め世界中を探しても片手で数えられるレベルだろうな」


 そこまでモルストが話したところで自分が口を挟む。


「……俺に代わって説明してくれてありがとよ。もっとも、黙って聞いてりゃ若干持ち上げ過ぎな気もするけれどな。過大評価っていう奴だ。実際、同時展開と聞こえは良いが魔法を維持しながら別の魔法を構築しなきゃいけない分、普通に展開するより威力も効果も普通に放つよりはどうしても威力も効果も下がるからな」


 そう自分が言うと、モルストが呆れたように言う。


「持ち上げるも何も事実だろう。実際、お前のその才あってパーティー全滅の危機を乗り越えた事も一度や二度じゃなかったではないか。威力が落ちるとお前はいうが、実際にあれを何度も目にし、実際受けた身としてはどこが落ちたのかと疑問に思うレベルだがな」


 モルストがそう言ったところでオルカが恐る恐るといった様子でモルストに声をかける。


「では……勇者様はそれら過去の経験も踏まえて先生があの時『半同時詠唱』を仕掛けるとあらかじめ分かっていたのですか?」


 そう尋ねるオルカにモルストがオルカの方に振り向いて答える。


「モルストで良い。こんな時まで勇者呼ばわりして貰う必要もないからな。……いや。こいつが何か仕掛けてくると分かったのは私の前で防御結界を展開した瞬間さ。普段ならいつものように利き腕で魔法を放つはずなのに、利き腕の反対で結界を発動させたからな。何か企んでいるなと思っていたら案の定、先程の一撃という訳さ。とはいえ、咄嗟の事で相殺するので精一杯だったがな。躊躇いのない良い判断だったぞ、リッカ」


 話の途中から自分の方へ振り返りながらモルストが言う。……そうか。その時点で既に自分の仕掛けを見抜かれていたのか。あの一瞬の動揺は半同時詠唱に対してではなく、それで放った『光』での一撃に対してのものだったのか。


(……それでいて咄嗟のあの反応か。やっぱりこいつは勇者と呼ばれるに相応しいな)


「……皮肉か?完璧に防いでおいてよく言うぜ。『光』の半同時詠唱は実戦で使った事もなかったし、こっちからしてみれば一か八かの賭けだったんだけどな」


 そうモルストに言葉を返す。実際、防御結界を展開するその瞬間まで他の属性でモルストに魔法を放つか悩んだ。しかし、落ち着いて魔力を込められる状態ならいざ知らず、あの状況で咄嗟に放つ形での属性魔法ではモルストには通用しないと踏んだのだ。どうせこのままやられてしまうならと思い『光』の魔法を放ったという訳である。


(……結果論になっちまうが、『光』を選んで良かったな。おそらくあの状況では他の属性の魔法じゃ返り討ちになっていただろう。それに、結果的に『光』での半同時詠唱が可能だという事もこれで分かった訳だしな。怪我の功名ってやつだな)


 そう思っているとモルストが再び聖剣を片手に構えて言う。


「……さぁ、皆に一通り説明も済んだところで戦闘再開といこうか。お前の大事な教え子たちに流れ弾が当たらぬように場所を変えるぞ。行くぞ、リッカ」


 モルストの言葉に頷きつつ、皆に声をかける。


「だな。……よし皆、さっきと同じぐらい離れていてくれ。おそらく、次で最後になるとは思うがな」


 そう皆に告げ、戦闘を再開すべく皆から充分に距離を置いて再びモルストと向き合った。

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