第30話 リッカ、思いの丈を語る

 ……『勇者勅命』。魔王を討伐し、国王に次ぐ権力を手にした勇者からの命令である。その言葉の重みは特進の皆にも伝わったようだ。今や国王に次ぐ権力を持った勇者からの勅命。迂闊にこの命に背けば厳罰、下手をすれば極刑もあり得る。それだけの重みがあるという命令だった。


「……そんな権力を振りかざしてまで、俺がお前の元に戻る必要がどこにあるんだ?悪いが、いくらお前からの勅命だって言われても素直にはいそうですかと従う気にはならないぞ」


 自分がどのような反応をするのかを事前に察していたのか、ふん、と笑ってモルストが言う。


「分かっているさ。お前が私の言う事を素直に聞くような奴ではないという事もな。……そんな奴ならそもそも、勝ち筋が見えている魔王討伐の直前に自らパーティーを抜けるなどという暴挙に出る事もなかっただろうしな」


 腕を組みながらこちらを睨むように見るモルストに言葉を返す。


「……それについちゃ返す言葉もねぇよ。理由はどうあれ、あそこでパーティーを抜けたのは俺の勝手な事情だからな。だけどな、今俺はここでの仕事が気に入っているんだ。今更国に戻る理由も意味もねぇよ。……たとえ、それが偉大なる『勇者様』のお言葉であったとしてもな」


 自分の言葉にモルストが眉をぴくりと動かす。……この反応をした時はこいつがキレそうな一歩手前というサインだ。だが、ここで引くわけにはいかない。


「改めて言うぞ、モルスト。俺は今、ここにいるこいつらを立派な魔術師に育てる事がこれからの俺の目標だ。国や権力者の手駒や戦力としてとかじゃなく、自分の腕一つで自分の思う道に進む事が出来るようになる魔術師に育て上げて巣立たせたい。今こうして俺がここにいるのはその為なんだ」


 そう自分が言うが、モルストは腕を組んで無言のまま黙っている。代わりに声を発したのはルジア達だった。


「べ、別に私はあんたじゃなくても構わないのよ?……た、ただあんたがそんな風に言うのなら少しぐらいもっと頑張っても良いかなって……」


「先輩……私、頑張りますから。魔術師としても先輩のパートナーとしても隣にいれるように……」


 発言の節々に少し違和感を抱くものの、ルジアとマキラを皮切りに皆が思い思いの言葉を次々に口にする。その言葉を耳にして、やはり自分はここで講師を続けたいと思ったその瞬間、モルストが叫ぶ。


「……ふざけるなっ!!」


 並の人間や魔物なら震え上がるほどの覇気を発しながらモルストが言う。周りの空気がびりびりと逆立ち、教室が沈黙に包まれる。


「……勅命の言葉の重みを甘く見るなよ、リッカ。私が今、国でどのような立場にいるかはお前でも分かっているだろう。実績を全て抹消されたお前と違い、国王の元にいる私は国が管理している施設や街に対し様々な権限を行使する事が出来る。当然、この学園とて例外ではない。今回は口頭だが、やろうと思えば国から正式な書面を出してお前を無理矢理国へ引き戻す事だって可能なのだぞ」


 そこまでモルストが言ったところで黙っていられなくなったのか、ルジアが声を荒げて言う。


「……ちょっと!いくら勇者様だからって権力を使ってこいつを脅す気なの!?それってあんまりじゃない!」


 そう言いながらルジアがきっ、とモルストを睨みつける。モルストが睨み返すものの、ルジアに引く様子は一歩も見られない。それを見てルジアに声をかける。


「あー……大丈夫だぞルジア。こいつはこう言っているが、それを本当に無理矢理実行するような奴じゃないからな」


 自分がそう言うとルジアが不思議そうな顔でこちらを見る。やれやれと思いながら続ける。


「……こいつ、素がこんな言い方だから誤解を招きやすいんだが、勇者に選ばれるだけあって間違った事はしない。ましてや、自分が権力を持ったからってそれをただ単純に私利私欲のためだけに使う事はしない。ましてや、関係のない第三者を巻き込んでまで事を強引に運ぶ事はないさ。……だろ?」


 そう言ってモルストに振り返る。


「……その気になれば、そう言った手段も取れる、と言っただけだ」


 少しばつの悪そう顔でモルストがつぶやく。


「だよな。ま、そんな事をしたら俺がますます反発して逆らうのも分かっているからな。あり得ない話だとは思うが仮にそれを強行して、少しでも学園や生徒たちに迷惑をかけようもんなら俺がその前にここから即座に姿をくらますぐらいの事は想像が付くだろ?」


 自分の言葉に今度は周りの皆が騒ぎ出す。


「だ、駄目です先輩!先輩がここからいなくなるなんて……それじゃモルストさんに連れて行かれるのと何も変わらないじゃありませんか!」


「……駄目。先生はずっとここにいて貰わないと困る。やっと私、授業が楽しくなってきたのに」


「そうだよ駄目だよ!リカっち言ったじゃんか!あたしが故郷に胸を張れる魔術師になるまで見守ってくれるって!約束を途中で放り出すなんて許さないよ!」


 マキラたちが騒ぎ出す。どうにか皆を宥めて落ち着かせていると、モルストが口を開く。


「……なるほど。単なる優秀な講師としてではなく、純粋にお前と言う人間が慕われているのだな。共に旅していた頃のお前を思えばにわかには信じられないが」


 モルストにそう言われ、確かにこの学園に来てから自分の新たな一面に気付かされる事が多かった。旅をしていた時は魔王を倒すという目的のためだけに動き、酒とたまの夜遊びだけが楽しみだった。


「……そうだな。あの頃は俺も必死だったからな。先の事を何も考えず今はとにかく魔王討伐、って事が最優先だったからな。今になってようやく本当にやりたいと思う事が見つかったのかもしれないな」


 そう自分が言うと、モルストが無言になり何か考えるように黙り込む。そんなモルストに声をかける。


「……とにかく、お前には申し訳ないが何度言われても俺の答えはノーだ。この通り、こいつらは俺の事情を知った上で受け入れるどころか先生と呼んでくれて、男でありながら魔法が使えるという本来ならあり得ない事を共有した上でそれを誰一人広める事なく隠してくれている。今はそんなこいつらの期待に応えてやりたいのさ」


 そう自分が言うと、モルストがため息を吐いてから口を開く。


「……思えば旅の中で、お前が私達を差し置いて我を通す事は一度も無かったな。パーティーを抜けると言い出すまでは、常にお前は揉め事を避けて私や誰かの意見に合わせて従っていた」


 生死がかかった魔族たちとの戦闘以外では、下手に自分が意見を出して揉め事や面倒に巻き込まれたくないという当時の自分の性分をしっかり見抜かれているな、と思わず苦笑する。何も言わずにモルストの次の言葉を待つ。


「……そんなお前が勅命と言われたにも関わらず、二度目の自分の意見を主張したという訳だ。そんなお前の意思と決意を無碍にする事は出来ないだろうな」


 モルストの言葉に周りの皆に喜びの表情が浮かぶ。


「……そ、それではモルストさん!先輩はこのままここで講師を続けても良いという事でしょうか!」


 マキラが叫ぶ様に言うと、モルストがまた目を鋭くしてこちらを見つめる。その空気に再び教室が静まり返る。


「……だが、私も国を支える側の立場、そして勇者としての覚悟と意地がある。生半可な気持ちでお前を呼び戻しに来た訳ではない。私も本心からお前の力が私には必要だと思ってここに来たのだ。リッカ。お前がそれでもここにいたいと言うのなら、その覚悟を示せ」


 そう言うとモルストは腰に下げていた剣を引き抜き、その切っ先を自分に突き付けて言う。その動きの早さに反応が一瞬遅れる。そんな自分を見てモルストが言葉を続ける。


「私と勝負しろリッカ。無論、真剣勝負でだ。お前が勝てばお前の主張を認めよう。だが、負けた時は私の願いを受け入れろ」


 モルストの言葉と覇気に、再び教室が静まり返った。

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