第21話 リッカ、新たな火種を呼ぶ

「ちょっと!何だったのよナギサ!いきなりそいつを連れ出して……」


 教室に戻るなり、予想通り騒ぎ立てるルジアに対してナギサがいつもの調子に戻って手を合わせながら言う。


「……あはは!ごめんねルジっち!ちょっとリカっちに個人的な話があってさ!ごめんごめん!」


 そうはぐらかして笑い、席に戻ろうとするナギサ。その心からの笑顔を見て安心し、思わずナギサの肩をぽんと叩いてつぶやく。


「ん。その感じだ。抱えていた心配事もなくなったことだし、そのままお前は自分の目指す道を真っ直ぐ貫いていけよ」


 そう言って待たせていたルジアたちの元へ戻り、先程の作業を再開しようとした矢先、席に座ったはずのナギサががたん、と立ち上がった。思わず振り返るとナギサが口を開く。


「……うん。やっぱり、ここで宣言しとかなきゃダメだよね」


 ナギサの言葉に自分へ質問を再開しようとしていたルジアがナギサに声をかける。


「どうしたのよナギサ?……あんた、何かあったの?」


 ルジアの問いかけを流すように、ぱん、と音を立てて顔の前で両手を合わせてナギサが声高らかに叫んだ。


「……ルジっち!それにマキラっち!ごめん!……あたし、今日から二人のライバルだからっ!」


 突然のナギサの発言にルジアとマキラはもちろん、教室の皆も自分も思わず固まってしまった。一足先に我に返ったマキラがナギサへ声をかける。


「え……えぇとナギサさん。い、今の発言はどういう事でしょうか……ら、ライバルとは……?」


 いきなりのナギサの言葉に戸惑いつつもマキラが言う。当然だが自分もナギサの発言の意図が分からずぽかんとしていると、立ち上がったナギサがつかつかとこちらに歩いてきたと思うと突然自分の腕に絡み付いてきた。


「なっ……」


 咄嗟の事で動転していると、自分より先に我に返ったルジアたちが一斉に騒ぎ出した。


「ちょっ……ちょっとナギサ!あんた、いきなり何やってんのよ!と、とりあえずそいつから離れなさいよ!」


「そ、そうですナギサさん!先輩への過度なボディタッチは御法度です!御法度!」


 真っ先にルジアとマキラが叫ぶが、ナギサはいたって普通の表情で答える。……色々と密着しているから離して欲しいのだが。


「あはは!悪いけど嫌だよ!あたし、リカっちにマジになっちゃったみたいだからさ。ま、ライバル登場!リカっち争奪戦参加って事で!別に、現時点ではリカっちは今誰のモノでもないんだから、あたしが今から狙うのもアリだよね?」


 ナギサの言葉に、更に教室内がざわつく。


「……おいナギサ、例の事ならさっきも言ったがこれ以上変に恩に感じる事はないんだからな。俺の勝手でした事だし、大した手間はかけていないんだからな」


 小声でナギサにだけ聞こえるようにつぶやく。労力は勿論、金銭的には決して少なくない費用を使ったのは確かだが、ナギサにこれ以上変に気を遣わせてしまうので金額には一切触れていないし、今後も明かすつもりもない。だが、ナギサはふりふりと首を振りながら言う。


「……ううん。それについては本当に感謝してるし一生忘れないけど、そういった意味でこんな事してる訳じゃないよ。ただ、それも含めてあたしを救ってくれたリカっちにあたしがマジになったってだけ。……って事でよろしくリカっち!」


 そう言ってこちらにますます体を密着させてくるナギサ。それを見てますますヒートアップするルジアとマキラが騒ぎ出す。


「ちょっとナギサ!いい加減に離れなさいよ!あ、あんたもいつまでもデレデレしてるんじゃないわよ!」


「せ、先輩から早く離れてくださいナギサさん!これ以上は警告では済みませんよ!」


 二人が叫ぶが、我関せずとばかりにナギサは自分にしがみついたまま平然としている。


「あはは!二人とも怖いなぁ。リカっち、ちゃんとあたしを二人から守ってね!」


 ……駄目だ。もう収拾が付かない。後ろの方ではセリエたちがこちらを見て何やら話しているようだが、助けてくれる様子は全く見られない。それどころか何やら好き勝手言われているようだ。


「……やはり、先生を一度不純異性交遊発覚として報告するべきなのでしょうか」


「恋愛は自由ですが、節度を持っていただけないのならそれもやむなしかと。これ以上授業に差し支えるのであれば、残念ですが検討しなければいけませんね」


「えー?ボクは歓迎っスよ!人の修羅場は蜜の味っスからね!これから始まるドロドロの愛憎劇に刮目せよ!って感じっスね。リッカ先生が最終的に誰を選ぶか今後の展開も見逃せないっスね!」


 ……駄目だ、もう限界だ。そう思い全力で思わず叫んだ。


「……いい加減にしろお前らーーっ!」


 教室に自分の本気の怒号が鳴り響いた。


 結局、しがみ付くナギサをどうにか引き剥がしどうにか授業を再開しようとするものの、その日はとても授業にならなかった。


 余談ではあるが、その後ミローヒは家業が傾いたため強制的に実家に呼び戻され、更に生徒の個人情報を私的に悪用していた事やナギサ以外の生徒にも手を出していた事実が明るみになり、逃げるように学園を去っていった。


 かくして、クラスには再びいつもの日常が戻ってくる事となった。



 ……だが、今回自分が様々な方面に裏で動いた事により、後にまた新たな火種を抱えることとなったのであった。

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