第19話 リッカ、陰で暗躍する

 翌日、教室で出欠を確認したと同時に開口一番皆に宣言する。


「あー、皆、突然で悪いんだが俺はこれから一週間程休ませて貰う。その間は皆、各自自主学習に努めること。以上」


 そう自分が言うと同時、ルジアとマキラが席から立ち上がり何やら口々に叫ぶ。


「は、はぁああ!?いきなり何言ってんのよ!一週間休むですって?しかも今から!?」


「ど、どうしたんですか先輩!な、何かお身体に異常がありましたか!?」


 ぎゃあぎゃあ言う二人をスルーして言葉を続ける。


「静かにしろ。いわゆる諸用って奴だよ。病気とかじゃないから心配するな。用事が終われば早目に戻ってくるからな」


 そう言って二人を宥め、今週の連絡事項を皆に伝える。


「……よし、そんな感じかな。不在時に何かあったらメディ先生に言ってくれ。そもそも授業自体は俺が来る前はほぼ自主学習だったから問題はないだろう。じゃ、悪いがよろしく頼むぞ」


 不満げながらも渋々了承するルジアとマキラを横目に教室を出ようとした矢先、ナギサが声をかけてくる。


「……リカっち、どうしたのいきなり?昨日から何かあったの?」


 不安そうなナギサの肩に手を置き、笑いながら言葉を返す。


「心配するな。それより、約束は必ず守れよ。絶対だからな」


「……うん。約束するよ」


 ナギサの言葉に無言で頷き、教室を後にする。


「……さてと、まずはあそこに向かうか」


 学園を背にし、最初の目的地へと向かった。


 そこからは、自分のほぼほぼ思うように事が進んだ。



「……ちょっと!リカっちこっちに来て!」


 予定通り一週間の休みを終えて学園に戻ってきてからナギサの無事を確認した三日後、ルジアやマキラを筆頭に自分が不在時の間に起きた内容の報告や、その間に気付いた魔法に関する質問を順番に答える作業に追われていると、呼び出しを受けて席を外していたナギサが血相を変えて教室に入ってきた。


「ち、ちょっと何なのよナギサ。戻ってくるなり一体……」


 ルジアの言葉が終わらぬうちに、ナギサが自分の手をがしっと掴み立ち上がらせると教室の外へと連れ出される。……こいつも結構力強いな。


「ちょっとナギサ!今あたしがこいつに質問……」


 抗議するルジアの言葉をまたも遮りナギサが叫ぶ。


「ごめんルジっち!こっちも急用なの!皆、ちょっとリカっち借りるね!」


 ざわめく教室をよそに、ナギサにそのまま人気のないところまで引きずられるように移動する。


「……おい。ここなら良いだろ。そろそろ離してくれ。腕が外れそうなんだが」


 自分の声にようやくナギサが立ち止まり、自分の腕を離す。それと同時にナギサが口を開く。


「ねぇ、リカっちでしょ!?一体何したの?さっき親から手紙が届いたの!メック家で内部と外部両方からのリークがあって、国から監査が入ってメック家は事実上の崩壊だって!それで仕入れの価格の見直し、鉱山も国が管理する事になったって!」


 まくし立てるナギサに対し、至って冷静に言葉を返す。


「お、思ったより早かったな。いや、お前に聞いた以上のブラック企業で安心したぜ。少し叩いたら予想以上に埃塗れのお家柄だったみたいだな」


 そう話す自分に訳が分からないと言いたげな表情のナギサに向かって話を続ける。


「ま、お前を脅すような娘を持った一家だ。親も家業もろくでもない似たもの家族だったって事だよ。一つ綻びが出たら面白いように中からも外からも面白い証言がぼろぼろ出てきたぜ」


 そうナギサに言うと、自分に訝しげな視線を向けて言う。


「……リカっち、一体何者なの?そんな事、普通の人じゃ出来ないよね?」


 ナギサの問いかけに、若干言葉を濁して答える。


「……ま、長い事勇者の近くで旅を続けてりゃ良くも悪くもそれなりのコネがあるって事だよ」


 ナギサにそう言いながら、このタイトなスケジュールで自分が動いた甲斐があった事を改めて実感する。


 自分が学園を出てまず向かったのは、いわゆる裏家業を生業とする情報屋のところだった。天下の勇者様御一行とはいえ、常に公明正大な活動だけでは正しい情報や真実は得られない。こういったところでの情報収集や交渉ごとはほぼほぼ自分の担当であった。


「おぉ、久しぶりじゃないか。パーティーを抜けたって風の噂で聞いて、てっきりあんたはもう楽隠居を決め込んでこんな所に来る事なんてないと思っていたよ」


 長らく付き合いのあった初老の情報屋が声をかけてくる。この男、見た目は穏やかではあるが腕利きの情報屋であると同時に裏社会の権力者でもある。交渉ごとを重ねる間に気に入られたようで個人的にも付き合いがあった彼に用件を伝える。


「……あぁ、自分でもそのつもりだったんだけどな。ちょっとお前さん達に聞きたい事と頼み事があってな。話を聞いてくれるかい?」


 そう言ってかいつまんで事情を話し、メック家についての情報を仕入れた。優秀な彼はそのツテを惜しみなく使い、僅か二日ほどで様々な情報を集めてくれた。


「いやぁ、調べれば調べるほど真っ黒だねぇ。楽で笑っちゃったよ。今まで鉱山のシェアの高さを鼻にかけて大分甘い汁を吸っていたみたいだね。ぽんぽん証拠付きで様々な資料があがったよ」


 机の上に置かれた資料をぱらぱらと見て、事が上手く運びそうなことを確信する。


「どうやら期待以上の結果だったみたいだな。助かるよ。どうだい?こいつでこの一族を叩きのめせるかい?」


 そう尋ねると情報屋が笑いながら答える。


「勿論さ。善良な市民からの陳情書、それに内部告発といった体で訴えが出る形にするからね。こいつに耳を傾けなければ国の信用の失墜に関わるように騒いで届け出るつもりだからね。国としても新たな税収をみすみす逃すなんてことは有り得ないだろうしね」


 その言葉を聞いて安心する。ただの市民の訴えならともかく、国の利益になるならあのお堅い連中も重い腰を上げることだろう。


「ありがとな。こいつは礼金と手間賃だ。また何かあったら頼むよ。もっとも、頼む事がもうないに越した事はないんだけどな」


 そう言って金貨の入った袋を机に置く。それを手にして情報屋が言う。


「いやいや。どうにも勇者様の相手は堅苦しくて苦手だよ。またあんたからの依頼を心待ちにしているよ。……しかし、何でまたあんたがこんなたかが地方の悪徳業者の洗い出しに力を入れたんだい?」


 情報屋の問いかけに、苦笑しながら答える。


「……ま、乗りかかった船っていうのと、あとは……そうだな……」


 会話を中断し、タバコに火をつけ一口吸ってから苦笑しつつ答える。


「可愛い教え子のため、ってところかね」


 意味が分からずぽかんとした表情の情報屋を横目に、もう一口タバコを吸った。

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