第10話 ルジア、過去を独白する

「お、上がったか。しっかり髪も乾かしておけよ。湯冷めしないように気を付けろよ」


「…………」


 あれからすぐ、半ば無理矢理にルジアを自分の宿舎に連れ帰り、大人しくなったところで湯を沸かして風呂に入れさせた。着替えは緊急だったため自分の服を貸した。……下着にまでは流石に気が回らなかったので、そこは本人にタオルなり何かで誤魔化してもらう事にした。


「ほら。どうせ昼から何も食ってないんだろ。有り合わせで悪いが無いよりマシだろ。とりあえず食え」


 そう言って買い置きのパンと余り物の野菜で作ったスープをルジアの前に置く。少し躊躇うものの、空腹が勝ったのか無言でルジアがスープを口に運ぶ。


「……美味しい」


 そう一言言うと、黙々とスープを啜りながらパンを口に運ぶ。買い出しの荷物を放り投げていなければもう少しまともな物が作れたのだが今更言っても仕方ない。ルジアが食事をしているうちに自分も風呂を済ませる事にする。


「そっか。それなら良かったよ。向こうの鍋にまだあるから飲みたけりゃそこからよそってくれ。パンのストックは後ろにあるからな。俺もその間に風呂入ってくるわ」


 そう言って自分も風呂へ向かい、急ぎ目に湯船に浸かる。あの様子なら逃げ出す事もないだろうとの判断であったが、予想通り自分が部屋に戻ってもルジアはソファに座ったままだった。……作ったスープはほぼ空になっていたが。


「ほらよ。本当は駄目なんだろうが今日は特別だ。ミルクに少しラムを入れてあるからな。体が温まるから飲んでおけよ」


 そう言いながら自分はホットウイスキーを飲む。ルジアがミルクを一口飲んでからようやく口を開く。


「……あんた、料理も出来るのね。……ってか、何でも出来るのね」


「そいつはどうも。料理は元々嫌いじゃなかったが、勇者連中が全く料理の類が出来ない面子でな。必然的に俺が料理せざるを得なかったってのもあるかもな」


 そう言いながら自分もウイスキーを一口口に運ぶ。余り物を漁っている際、いつもと違う場所に置いてあった料理用にしている僅かに残ったラムとウイスキーを発見出来て良かった。……放り出した荷物の中にはワインもあったのが改めて悔やまれるが。


「……本当、何でも出来るのね。まるで姉様みたい」


 ルジアの言葉に酒を飲む手が止まる。姉、というキーワードがルジアの口から出てきたからだ。やがてルジアの方から口を開いて話し始めた。


「聞いたんでしょ?……あいつからあたしの事。名門と言われるガーネット家に生まれながらも何でも出来る姉と比べられて、全てにおいて劣る双子の妹。それに耐えきれず地元から逃げ出した情けない『劣化品』だってさ」


 自重気味に話すルジア。先程聞いた中級クラスの彼女の言葉が頭に蘇る。


『あいつ、ここでは特進クラスだとかで持て囃されているみたいだけど、地元じゃ散々な言われようだったわよ。何をやっても双子の姉に勝てない不出来の妹だってね』


 ルジアには瓜二つの双子の姉がおり、幼少期から何でも完璧にこなせる神童だと街中で評判だったそうだ。そのため、事あるごとにルジアは家族や周りから姉と比較されて育ってきたとの事である。


「……あいつの言う通りよ。私は昔から常に姉様と比較されて生きてきたの。何かを始めればその度に姉様は褒められてあたしは哀れまれたわ。親に、友達に、周りの連中にってね。私が楽しくて始めたものは全て後から始めた姉様が極めてしまうの。歌も、踊りも、お絵描きもね。信じられる?半年以上私が先に始めていた習い事がたった一月やそこらで簡単に抜かれちゃうのよ」


 一度堰を切ったルジアの独白は止まらない。更にルジアが言葉を続ける。


「……それくらいで馬鹿みたいだって思うでしょ?他人事ならあたしもそう思うかもしれないわ。でもね、毎回毎回必死に新しい事を始めて努力しているあたしの横で『ルジアが楽しそうだから私も始めてみるわ』って優しく微笑みながら簡単にあたしを抜いていくの!……あたしがどんなに必死に追い抜かれまいと努力してもね!」


 叫ぶかのようにルジアがなおも話し続ける。その目には大粒の涙が溜まっている。


「……最初は皆、上手に出来たら褒めてくれた。それが嬉しくてもっともっと上手く出来るように努力したわ。でも、一度でも姉様が始めたらそれもおしまい。あたしの努力は姉様の才能の前では全部無駄になっちゃうの」


 口を挟む隙もなくルジアが喋り続ける。だが今はそれが最善だと感じる。ルジアが今の今まで溜め込んできた物を一度全て吐き出させた方が良いと思ったからだ。


「……あたしが殴ったあいつね、あたしの事が気に食わないのか小さい頃からずっとあたしに言ってきていたのよ。『お姉様は凄いけど、ルジアちゃんは残念なんだね。見た目はほとんど同じなのにね』ってね。わざわざ絡んで口にしてくるのはあいつを含めて数人程度だったけど、周りの連中も同じ事を思っていたはずよ。……それこそ、家族だってね」


 溢れ出る涙を拭う事もせずにルジアが言う。綺麗な金色の瞳からは涙がとめどなく流れていた。


「……そんな中、やっと出会えたの。姉様には出来なくて私にしか出来ない事を。それが分かった時は嬉しくて飛び跳ねたわ。背中に羽が生えたのかってくらいにね。やっと姉様と比べられない物に出会えた!ってね。それからはひたすらそれだけに取り組み続けたわ」


「……それが、お前にとって魔法だったって訳か」


 そう自分が一言言うと頷き、ようやく涙を手で拭うルジア。タオルを手渡すとすぐにそれで目を拭う。落ち着きを取り戻したのか、先程よりもトーンを落として話を続ける。


「……そうよ。それからあたしは文字通り寝る間も惜しんで魔法の勉強に取り組んだわ。どんな苦労も気にならなかった。一つ覚えれば姉様には出来ない事が一つ増えていく。そう思ったら何でも出来たわ。『水を得た魚』って言葉があるでしょ?まさにあの頃の私はその状態だったの」


 ようやく涙が収まったのか、ルジアがタオルをテーブルに置いてから会話を再開する。


「そこからは簡単。魔法の資質が認められた私は家に頼らず、生活の保証が特待生として約束されたこの学園に特進クラスで入学するために必死で今まで以上に努力したわ。それこそ血の滲むような、ね。いざ入ってみればクラスの皆は優秀だけど、あたしと姉様と比べる事もない。手と手を取り合う間柄って訳じゃないけど、互いに切磋琢磨していく感じが楽しかったわ」


 ルジアの言い方に引っかかるものを感じ、思わず口を挟む。


「おいおい、何で過去形なんだよ。過去はどうであれ、今のお前はここで頑張っているじゃないか」


 そう自分が言うと、目を伏せてルジアが言う。


「……あんたも一応、講師なら分かるでしょ?公衆の面前でいきなり特進クラスの生徒が人をぶん殴ったのよ?それも一言二言言われただけで。あげく無断で学園を飛び出したし。謹慎どころじゃ済まないでしょ」


 そういって悲しげな表情を浮かべるルジア。そんなルジアにこともなげに言う。


「あぁ、その事か。……てか、お前どんだけ全力でぶん殴ったんだよ。お前が殴ったあいつ、三本も歯折れてたんだぞ。歯抜けの状態でこっちにまくし立てるもんだから、笑いを堪えるのが大変だったんだからな」


 自分がそう言うと、ルジアがようやく笑った。


「マジ?見たかったわねその顔。ま、最後に一発かましてやっただけでも少しだけ気が晴れたわ。……ま、その代償はしっかり受けるわよ」


 覚悟は出来ていると言いたげに神妙な顔をしたルジアに、自分がしれっと言う。


「あ、その事だがな。明日学園に戻ったら反省文きっちり書いてもらうからな。あと、流石に最低でも一週間から二週間くらいは謹慎処分になるから覚悟しとけよ」


 そう自分が言うとルジアがぽかんと口を開ける。こいつ、よくこの顔するなと思っていると、我に返ったルジアがこちらにまくし立ててくる。


「は……はあぁ!?そ、そんな甘い処分で済む訳ないでしょ!?特進クラスは色んな面で高待遇な分、私生活で問題を起こしたらそんな程度で済むはずないわよ!」


 なおも興奮しながらルジアが叫ぶ。それを手で制しながら言う。


「ま、普通ならそうかもな。だが、話を聞いたらお前が手を出す理由も納得だなと思ったから、メディ先生や学園長にもお願いしつつ、向こうに少し譲歩して貰ったのさ。……ま、ちょっと俺がお灸を据え過ぎたのもあったかもな」


 そう自分が言うと、ルジアがこちらを見てジト目で聞いてくる。


「……あんた、あいつに何かしたの?」


 そう聞かれたので正直に答える。


「いや?教え子の不始末は講師の俺が責任を取らないといけないだろ?だから、先立って俺が謝罪と同時にお前に折られた歯を元通りに魔法で治療したのさ。んで、そん時に少し一言そいつに言っただけだよ」


 いまだ信じられないと言った表情のルジアに向かって続ける。


「……で、改めて謝罪の意を伝えて最後に『ルジアがお前にした事への謝罪と責任はもちろん取らせる。ただ、もしこれ以上、うちのクラスの生徒に対して不必要に騒ぎ立てたり周りにある事ない事をこれ以上言いふらしたら、それなりの覚悟はしておけよ』って言っただけだよ。そしたら何故か向こうから素直にお前の減免を申し出てくれたよ。自分の発言にも非があったかもしれないってな。いやー、不思議だよな。何でだろうなぁ」


 そう言うとルジアは一瞬ぽかんとした後、大声で笑い始めた。


「……ふっ、あはははは!何それ!ウケるんですけど!あんだけ長々と地元で延々好き勝手にあたしの事を言っていた癖に、あんたのたった一言でビビったっていうの!?何それ!群れから離れた瞬間、一回誰かに強く言われたら途端にそうなったって事?滑稽なんですけど!」


 そう言ってひとしきり大笑いした後、冷静になったのかルジアがいつもの口調に戻って言う。


「……そっか。結局あたし、あんたに何から何まで助けられたって訳ね。やっぱり、才能に恵まれた人間ってのは何をやっても上手くいくのね。……あんたや姉様みたいにさ」


 そうルジアが自嘲気味に言ったので、少し話をしようと思った。残り少ないウイスキーをグラスに注ぎながら言う。


「……なぁルジア。まだ眠くないなら少し俺の話に付き合うか?」


 そうルジアを真っ直ぐ見つめて声をかけた。

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