第2話 初出勤、特進クラスの洗礼を受ける

「……本当に大丈夫ですか、リッカさん?くれぐれも無理はしないでくださいね?授業が困難だと思ったらすぐに教務室に戻って来てくださって結構ですからね。そもそも、リッカさんには用務員兼書庫管理をして頂くつもりでしたので……」


 眼鏡が似合う知的なお姉さんというイメージであるメディさんが不安そうにつぶやく。それが心底自分を気にかけてくれている様子なのが伝わってくる。余程善良な人のようだ。


「まぁ、とにかくやってみますよ。……ってか、そんなに酷いんですか?その『特進クラス』の連中っていうのは」


 自分の言葉に、メディさんはため息を吐きながらつぶやく。


「えぇ。リッカさんの前に臨時講師として雇われた方は泣きながら『辞めますっ!私もう辞めますっ!』と教務室に駆け込んできました。その前の臨時講師は置き手紙を残して失踪、その前の講師は……」


 眼鏡を外しこめかみを抑えてメディさんが言う。……どうやら相当に厄介な連中のようだ。


「彼女たちは自分が優秀というのを理解していますし、勿論そんな子ばかりではないのですが……。どうにも自分たちより知識の無い方に対して辛辣で。私を含む一部の教師がしっかり授業を受け持つ事が出来れば良いのですが、特進クラス以外の生徒たちもしっかり育成しなければいけないのでそれも難しく……くれぐれもリッカさんも無理はしないでくださいね」


 そう言ってゆっくりと例のクラスへと向かう。はてさて、どんな連中が待ち構えているのやら。


「……着きました。こちらが『特進クラス』の教室になります。では……行きますね」


 そう言ってメディさんがドアをノックしてから開く。


「失礼します。……今日は皆さんに新しい講師の方を紹介いたします」


 メディさんのその言葉と同時、教室の視線が一斉に自分に向けられた。


(……『何だこいつ?』って反応だな。まぁ、分かってはいたけどな)


 黒板に術式を書きながら議論をしている者、机に座りながら書物を読みふける者、世間話に興じる者。全員がきちんと座っている訳でないのではっきり分からないが、教室内の机の数を見るにクラスの生徒数は総勢でも七、八人といったところか。


 反応は各自様々だが、一瞬こちらに視界を向けたもののすぐに興味を失ったのか、またすぐ元の作業に戻る。


 その様子にため息をつきながら、メディ先生がぱんぱんと手を叩きながら言う。


「はい、皆さん。そのままで良いから皆聞いてください。……こちら、本日より臨時講師を務めてくださるリッカ先生です。詳しくはこれからお話しします」


 その言葉に、ぴくりと反応する空気が伝わる。まぁ無理もないだろう。自分の様な奴がいきなり講師として現れたら歓迎される方がおかしいというものだ。


「……は?本気で言ってるのメディ?こんな男が私たちの次の講師って事?嘘でしょ?」


 透き通った銀髪と綺麗な金色の眼をした少女が呆れた声で言う。美人だがキツそうな印象だ。自分はさておき、先生を呼び捨てにしている態度はどうかと思うが。


「お、お気持ちは分かりますがルジアさん、リッカ先生の魔法の知識はかなり優秀なもので……」


 そう言って自分のフォローと説明をしようとするが、ルジアと呼ばれた少女はつかつかと自分達の前に近づくと自分を指差して言う。


「はぁ?冗談でしょ?こいつが?そんな訳ないじゃない!今までの講師だって私たちのレベルに追いつける奴はいなかったし、大体こいつはそもそも……」


 ルジアがそこまで言ったところで、流石に口を挟ませてもらう。最後まで言わせても良かったのだが、目の前でおろおろしているメディ先生が気の毒で見ていられなかったのだ。


「……だったらよ。ぐだぐだ言ってねぇで確かめてみたらどうだ?俺が講師として相応しいか、そうで無いかをよ。その方がお前も話が早いだろ?」


 初対面で喧嘩腰になるつもりはなかったのだが、自分はさておき先生という立場の人を呼び捨てにする態度に少し不快感を覚えたため、こちらも少し好戦的に言葉を返す。

 まさか自分がこの様に返してくるとは思わなかったのか、一瞬怯んだ表情を見せるものの、すぐに冷静になってこちらにやや語気を強めて言葉を返してくる。


「……そうね。だったらいくつか魔法に関した質疑応答をさせて貰おうかしら。答えられなければ論外、そこに加えて私たちの実になる知識が無ければ私たちに教える資格なんてない訳だしね」


 言い方は生意気だが、それは確かに正論だ。自分たちのプラスになる事が教われないのなら自分たちで自主学習の方が良いと言うのは理解出来る。


「あぁ、それで構わねぇよ。基礎知識でも応用知識でも、実戦の際に必須な事でも好きな様に聞いてくれよ」


 自分の言葉にふん、と鼻で笑いながら若干小馬鹿にした表情で最初の質問を投げかけてくる。


「分かったわ。じゃ、まずは手慣らしね。あんたのいう魔法の知識、試させて貰うとするわ」


 そう言って少女は少し考え、こちらを見て口を開いて言った。


「……じゃ、第一問。魔法を構築する上で、仮に『炎』をイメージするとするわ。その際、書物に記された魔法陣を覚えて脳内で構成し、詠唱を唱える。その際『火炎球ファイアー・ボール』を放つとしたら、どの点に注意したらより強力な魔法を放てる?」


 腕組みをしながら少女がこちらに問いかける。最初からこちらがまともに解答を返せると思っていないのだろう。期待に反して答える事にする。


「おいおい。最初だからってサービス問題過ぎやしねぇか?そうだな。大事なのは詠唱を唱える際、自分にとって『炎』をイメージするに相応しい言葉を紡ぐ事だな。本に書かれた『火炎球ファイアー・ボール』と馬鹿正直に唱えるんじゃなく、自分が最もその魔法を唱えるにあたって、最もイメージしやすい言葉で唱える事だな。何でも良いが、例えば『燃えよ炎』とか『火球よ、我が手に集え』とか、な」


 自分の答えに少女が少し動揺する。あくまで自分が書物だけの知識を読み込んだ程度の輩だと思っていたのだろう。もう少し答えに補足してやる事にする。


「あぁそうだ。だが書物に書かれた『火炎球ファイアー・ボール』で覚えるのも決して悪い事じゃねぇ、って事も付け加えておくぜ」


 そこまで言った時、少女の横から別の少女が声をかけてくる。緑の瞳に緑の髪のベリーショートが似合う美しい少女だ。


「……質問します。マニュアルのままで覚える利点を教えてください」


 淡々とした口調で質問してくる少女に答えを返す。


「あぁ。下手に言葉をこねくり回して構築がおかしくなるよりも、書物で学んだ言葉でそのまま唱える方が自分にとってイメージが明確に出来るってタイプの奴もいるって事さ。例えば「氷」なら、すぐに『雹』とか『氷柱』とかって言葉を組み込めるのに『炎』になったら浮かばないってパターンがあるとする。ここまでは分かるか?」


 少女が無言で頷くのを確認してから言葉を続ける。


「よし。人によってだけども特定の属性は紡ぐ言葉が豊富に浮かぶのに、異なる属性はからっきしイメージが湧かないって事もあるからな。そういった場合は下手に言葉をこねくり回さずにマニュアル通りに覚えて魔法を唱えた方が良いケースもあるって事さ」


 そう自分が言うと、少女はもう一度頷いてからこちらを見て再度淡々と言葉を返す。


「成程。理解出来ました。ご教授感謝します」


 そう言ってぺこりとこちらに頭を下げる。それを見て再び銀髪の少女へ声をかける。


「さて、次の問題は何だい?何でも質問してくれよ」


 そう自分が言うと、きっとこちらを見て語気を強めて言う。


「ま、まだよ!このくらいで調子に乗らないでよね!そうね、次は……」


 そう言って少女は次の質問を考え始めた。



「……そうだな。それは一見最適解は『雷』にみえるが『風』が正解だな。雷と違って風を選べば間違いなくダメージが通る上に、無効化される可能性が限りなく低いからな。良い引っ掛け問題だと思うぜ。少なくとも実戦の応用や駆け引きが出来なきゃ思い付かない問題だ」


 そう自分が解答すると、涙目一歩手前になった少女が悔しげな表情を浮かべる。


「ぐっ……!ま、まだよ!えぇと……えぇと次は……」


 そう言いながら少女は次の質問を考える。……次で確かちょうど十五問目だっただろうか。段々次の問題を出すのに時間がかかっているので、いつの間にかこちらの応酬に注目してクラスの皆の動きが止まっている中、黒板の方へ足を向けて描かれている魔法陣の前に向かう。


「んー……これ、描いたのはお前か?」


 そう言って黒板の前でこちらのやり取りを見ていた一人に声をかける。


「えっ……あっ、は、はい……。あ、あの、その……リッカさんは、その……」


 何かまだ言いたげな亜麻色の片目が隠れるようなショートヘアーの美少女がおずおずと声をかけてくるが、まずは黒板を指差し本題に入る。


「あぁ、待て待て、まずはこっちの方に注目してくれ。今ここに描いてある魔法陣と術式なんだけどな、ここを見てくれ。……そう、そこだ。ここ、一つ間違えてるぞ。ここじゃなくて、反対に点を打たなきゃいけねぇぞ。九割仕上がっているから魔法自体は発動するが、間違えたままだと本来の威力を発揮出来ねぇ。今のうちに正しい形で覚え直しておけよ」


 そう自分が言ったところで亜麻色の髪の少女がはっ、と気付いた様で手にしていた魔術書を開き確認し、自分のミスに気付く。


「ほ、本当ですね……点を打つ場所が違っています……」


 彼女が自分でミスを気付けた様で安心する。ついでにアドバイス的な感じで補足しておく事にする。


「うん。でもあんまり気にする事ねぇからな。他の部分は完璧だからな。あとは自分がイメージしやすい言葉を紡ぐ方に意識を向けた方が良い。その方がより強力な魔法を放てるからな」


 そう言って再び銀髪の少女の方に目を向けて言う。


「よし、待たせたな。さ、次の問題は何だ?」


 少し意地悪な形で彼女に声をかける。次の質問が浮かばないのか、悔しげな表情を浮かべて声をあげる。


「ぐっ……!ち、ちょっと待ちなさいよね!えぇと……次は……」


 そう言って次の問題を考えようとしている彼女と、それを待っている自分の横でぱんぱんと手を叩く音と同時に声が響いた。


「はいはーい。ストップストップ。ルジっちさ、もうこれくらいでよくね?さっきから聞いていたけどリカっちさ、今までの答え完璧じゃん。とりあえず話だけでも聞いて良くね?少なくとも、今までの講師よりマトモっぽいしさ。ね?あ、あたしナギサ。よろしくねリカっち」


 そう言って横から会話に加わった、黒と赤のツートンカラーの鮮やかな髪色のツインテールの少女がこちらに向かって声をかけてきた。


「あぁ。よろしくなナギサ。あ、あと講師とは言っても俺はあくまで臨時だからな。メディ先生が最初に言っただろ?教室には在籍するが、このクラスが特進クラスというのも聞いているし、皆がそれぞれ自由に得意分野を伸ばしているのも聞いているよ」


 そこまで言ってから銀髪の少女に目線を向ける。反論がないのを見届けてから言葉を続ける。


「だから、自分がそのまま自主学習で勉強したいならそれで良い。時間内は教室にいるから、聞きたい事や知りたい事があればその都度俺に声をかけてくれ。分かる範囲で答えてやるからよ。どうだ?別に悪くはないだろ?」


 そう全員に聞こえるように言う。しばし無言の時が流れたと思うと、先程質問してきた緑髪の少女が手を挙げて言う。


「……それは、必要な時だけ先生を頼り、他は自由に勉強して良い、という事で間違いないですか?」


 少女の質問に、頷きながら答える。


「おう。そもそもお前達特進クラスの面々は学費も免除、衣食住も保障されたスペシャリストだろ?しかも、それぞれ異なる得意分野の魔法の使い手だ。そんなお前達全員に出来る授業なんかほとんどねぇ。だから個別に話を聞くよ。得意分野を伸ばしたいとか、分からない事を克服したいとかな。……ここまではいいか?」


 そこまで言ったところで教室を見渡す。誰も異を唱える者がいない事を確認してから言葉を続ける。


「よし。んじゃ続けるぜ。まず断っておくが、俺が気に食わなきゃ今まで通り自分の好きに学べば良い。自分で分からない、新たに学びたいって事があれば声をかけてくれ。分かる範囲で個別に指導するからよ。どうだ?これで受け入れちゃくれねぇか?」


 そう言った自分に、緑髪の少女が第一声を発する。


「私は異論ありません。よろしくお願いします。リッカ先生」


 彼女の言葉を皮切りに、次々と教室から声が上がる。


「わ、私も賛成です。よろしくお願いいたします」


「あたしもオッケーだよー。よろしくねリカっち」


 その後、自分に対して意義を唱える者はいなかったため、銀髪の少女に向き直って声をかける。


「さて、どうかな?お前さんが良ければこれで臨時講師として働かせてもらう訳だが……」


 そう自分が言うと、悔しげな表情を浮かべながら声を上げる。


「……分かったわよ!今はそれで良いわ!ただ、講師に相応しくないと思ったらすぐにでも叩き出すからね!」


 少女の言葉に頷き、メディ先生と周囲の生徒たちに向かって言う。


「ま、そんな感じでよろしく頼むわ。改めて自己紹介させてもらうな。今日から臨時講師兼、用務員を務めるリッカ=ペリドットだ。よろしくな」


 かくして、自分は臨時講師兼用務員としてこの学園で働くこととなった。

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