第二話 嘘つき

 そう、先程の話は嘘だ。適当に作ったほら話。


 ステラのお兄様は僕ではなく、僕の従者のルークだ。平和的に彼女と婚約破棄したかった僕が、ただルークの過去を借りて嘘を付いただけ。ステラとルークこそが、かつて監禁されて虐待を受けていた生き別れの兄妹なのだ。




 ルークは元々、ステラ・オルレアンが自身の生き別れた妹であることに気が付いており、僕は彼にステラとの過去を教えてもらっていた。だからそれを利用して、僕が本当の彼女のお兄様であると偽って穏便に婚約破棄をしたというのが真実だ。


 そもそも、幼少期、親に虐待されてろくに教育を受けていない子供が、侯爵の仕事をこなせるものか。僕がシェーファー侯爵家を乗っ取っただなんて全くの偽り。僕は生まれた時からオスカー・シェーファーだ。間違いなく僕は前シェーファー侯爵の嫡男であり、両親と使用人を皆殺しにした現シェーファー侯爵、別名『殺戮侯爵』である。




「俺が許可を出したとはいえ、可愛い妹を騙すのはさすがに気分が悪いです」


 そんなことを言う彼に、僕は肩を竦めて見せた。


「君と彼女を利用したのは悪かったよ。けれど、穏便に婚約破棄をしたかっただけなんだ」

「こんな嘘を付かずとも、他に方法があったでしょうに」

「別にいいじゃないか。それに、家族水入らずで暮らせるようにしてあげたというのに。出張に行った先に見つけた町なんだけれど、とても平和でいい場所だったよ。君とステラが暮らす家も広々としていて立派なものを用意してあげたんだから、そう怒らないでよ」


 ルークが何と言おうと、ステラとの婚約破棄は無事に終わったのだ。だから、僕は今とても気分がいい。笑みを抑えれない僕に、ルークのついたため息の音が聞こえてきた。


「……俺とステラが田舎町に移住したら、彼女に真実を明かしてもいいのですね?」

「いいよ。万が一君と二人暮らしを始めたステラが、血のつながった兄である君に惚れてしまったらまずいからね」

「……そうですか」

「まぁ、彼女に嘘つきだと責められるのは僕が悲しいから、本当のことを話すのは町に移住してからにしておくれ。それまでは僕、ステラの兄であることを楽しもうと思っているんだ。気分が良くないと思うのだけれど、暫くはこの嘘を付き続けてくれないかな」


 僕はとてもいい気分なのだが、ルークは気分が悪いようだから謝っておく。すると、彼は少しの沈黙の後に口を開いた。


「……俺は、オスカー様の命であれば従います。ですから俺に謝罪など不要です」

「そんなこと言わないでよ、ルーク」

「オスカー様は虐待の傷で衰弱し放置されていた俺を孤児院から引き取って、その上、丁寧に治療までしてくださった恩人です。今回も、俺とステラが二人で暮らせるように取り計らってくださいました」


 恩を感じる必要などないのにルークは深々と頭を下げる。


「ステラを騙すのは気分が悪いですが、俺はオスカー様に感謝しています。……オスカー様、この度は俺達兄妹のためにありがとうございました」


 その声は言葉通り感謝に満ちていて、僕は思わず目を見張ってしまう。何故二人は僕をこんな風に慕ってくれるのだろう。


「ルーク、僕は正真正銘の殺戮侯爵だよ。こんな僕に感謝するだなんて、君もおかしな子だね?」


 僕が首を傾げているとルークはこちらを睨んでくる。


「……おかしいのはオスカー様ですよ」

「僕のどこがおかしいんだい?」


 彼は言うのを躊躇うように口を閉ざす。しかし僕が素直に続きを待っていれば、やがて彼は覚悟を決めたように口を開いた。


「貴方は一体、何がしたいのですか」

「うん?」


 何の話だろう。良く分かっていない僕にルークは続けた。


「貴方は何故、ステラと婚約破棄をしたのですか。それもわざわざこのような嘘までついて。……元々貴方は彼女に一目惚れしたのではなかったのですか?」


 ――――あぁ、成程。ルークはそんな風に思っていたのか。困ったな。全く想定していなかったよ。さて、どうしたものか。


 僕は少しの間言い訳を考えて、まぁ素直になるのが一番だという結論に至った。どこか緊張した面持ちで待っている彼に、僕はにっこりと笑いかける。


「それは、内緒だよ」

「…………あぁ、そうですか」


 ルークは僕の返答に肩を落とした。でも僕のことなんて全く知る必要なんてないのだ。ルークはステラと二人で穏やかに暮らしていればいい。それが僕の願いなのだから。


「君と話していたら喉が渇いたよ。ねぇルーク、紅茶のおかわりを入れておくれ」


 だから僕がそう言って話を逸らせば、僕の従者であるルークは従うしかない。彼は、納得がいっていなさそうな表情をしながらも頷いた。


「承知いたしました……あぁ、話していたら湯が冷めてしまいました」

「温かいものが飲みたいな。用意しに行ってくれるかい?」

「少々お待ちください」


 僕の我儘に付き合って、ルークはポットをもって部屋を去っていった。部屋には僕一人だけが残った。


 僕は誰の目も無くなったため行儀悪くソファーに脱力する。


「はぁ――――――」


 そして、深々とため息をついた。




 僕の名前は、オスカー・シェーファー。生まれた時からこの名であり、他者を乗っ取った訳でもなければ誰かに乗っ取られた訳でもない。正真正銘僕はオスカー・シェーファーであり、大量殺人鬼の『殺戮侯爵』である。




 そして僕は、ステラとルークの血のつながった兄である。


 ――――僕はステラの『お兄様』ではないけれど、それでも正真正銘僕は二人の兄なのだ。


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