魔王を倒したら時間が巻き戻ってスライムになりました。勇者は別の人がやるそうです。

綿木絹

第1章 勇者の序章

第1話 走馬灯のようなプロローグ

 俺は今、魔王の前に立っている

 問題ない。俺には大切な仲間がいる

 仲間がさ、めちゃくちゃ頼りになる奴らでさ


 こんな俺でも立派に世界を救う一歩手前までこれた


 あぁ、忘れてはいけない

 女神様にも感謝しなくちゃな…、しょうもない死に方をした俺を勇者に転生させてくれて。


 こんな力までくれて——


「ここは?」

「天界ですよ。愚者、海老山カニ男。」

「僕、そんな名前じゃないんですけど」

「どうでも良いのです。その名はもう必要ありませんから。アナタは今から私が授ける勇者の力を以て、魔王を退けるのです」

「はぁ?いきなりそんな——


 力を授かった。でも、やっぱり——


 最初の街で出会ったシスター・マリア


 可愛くて、優しくて、いつも俺の味方になってくれた。

 転生者って打ち明けても、笑顔で話を聞いてくれた。


 次の村で盗賊を働いてた、シーフ・レプトン


 最初は生意気なガキだと思ったけど、彼はただの盗賊というより義賊だった。

 最終的には親友になったんだっけ。


 実は王国の王子だった、ナイト・ギルガメット


 王都に行った時、天覧試合に参加することになって、決勝で戦ったのが、まさかの王子様。その時は名前を偽ってたから分からなかったけど。

 熱いくらいに国を愛する男、ギルガメットも俺の親友だ。


 その王子の妹が、天真爛漫剣姫・フレデリカ


 ギルガメットを突け狙うアサシンかと思ったら、まさかの妹。

 兄について行きたかったってことで、一週間粘った結果、ギルガメットが折れたんだよなぁ。

 ブラコンの彼女、でも最近は俺とよく目が合うし、もしかしたら…


 女好き修行僧である、モンク・ダーマン


 大きな寺院に行ったんだよなぁ。そこで出会ったのが彼。

 寡黙で固い頭のお坊さん、だけど実は女好き。逆に女好き。絶対に途中までマリアを狙ってた。

 こいつ、各地で噂になってやしないだろうか。平和になった後、大丈夫かなぁ…


 妖艶なる魔女、魔法使い・イザベル


 迷いの森の更に奥、黒い森で出会った年齢不詳の女魔法使い。

 悪魔的な美しさ、悪魔的なスタイル。悪魔的な色香。

 ダーマンなど、彼女を見た瞬間、卒倒してしまったくらいだ。

 ただ、彼女が何歳だったか、結局は聞けずじまい。

 この戦いが終わったら教えてくれると言ってたけど、約束を守ってくれるだろうか。


 そして、俺。神に導かれし勇者・アーク。


 女神アリスの加護を受けた装備を纏えるのは俺だけ。

 このゴッドアイテムを集める旅も本当に苦労した。


 以上の七人が、魔王を倒す勇者一行だ。

 そうそう。忘れてはいけない。ここに来てない仲間たちもいる。


 エルフ、ドワーフ、ドラゴン、獣人。色んな人たちと旅の中で出会った。

 俺は戦い慣れた六人を選んだけど、他の仲間も一緒に来てくれただろう。


 絶対に誰も死なせたくなかったから、定石通りの戦いが出来る仲間だけを選んだだけ。

 残されるって分かった時、エルフのノノは泣いてたっけ。悪いことをした。

 後で謝らないと。


 でも…


「全てはお前を倒した後だ。アングルブーザー‼」

「なーにーを戯けたことを……。この我が。邪神の洗礼を受けた我が……、——人間共に殺されるなど、あってはならぬぅぅぅぅぅぅぅ‼」


 血走った目、怒りの咆哮が大きな岩をも吹き飛ばす。

 だが、俺達は逃げたりしない。暴風の中でだって前に進める。

 それが勇気を持つ者の証、英雄であり、ヒーローの俺達がこの程度で怖気づいたりしない。


 絶対にこいつを倒す。死んでいった仲間の為にも。


「アシュリー…。もうすぐ、君が望んだ未来がやってくるよ」


 アシュリーだけじゃない。アイシャ、ガロ、ブレン、ズーズ、カミラ…


 死んだのは無謀だった俺のせい。

 みんなは多分、俺のせいじゃないって言ってくれると思うけど。

 不注意だった、向こう見ずだった俺のせい。

 …だけど殺したのはこいつら魔族だ‼


「アーク‼大丈夫⁉」

「ぼーっとすんなよ。ってか魔王アングルブーザーはもう二回変形しているよな。こいつって、まだ変身するのか?」

「伝承ではここまでの筈よ。どっちかって言うと、これが魔王の真の姿なんじゃない?禍々しさが桁違いよ。」


 常人なら、見ただけで死んでしまうかもしれない。

 巨悪の元凶である魔王が、怒り狂って全身から体液を吹き出している。


「つまり、ここで今までは…」

「アーク‼魔王は追い込まれているわ。」


 エルフの長老に聞いた話では、過去何度か魔王アングルブーザーはこの世界に現れている。

 そしてエルフとドワーフ、そして人間たちで封印している。

 いずれも魔王の変身は二度までだったと聞いている。

 全身から溶岩を吹き出す第三形態で、当時の人々は勝利を諦めた。


「先人たちが残してくれた知恵。そして意地を我々が成就させるんだ。なぁ、アーク‼」

「あぁ、分かってるよ。それにしても…。みんな、ここまでついて来てくれてありがとうな」

「何を今更。拙者はアーク殿に唆されただけですぞ」

「私もね。最初は秘薬の素材にしてやろうと思っていたんだけどねぇ」

「うわ…。あの時のイザベルさんならやりかねないですね」


 溶岩の海、炎を纏った暴風の中、光の女神の加護を受けたアークたちは余裕の笑みを見せる。


「認めぬ…。断じて認めぬ…。我は世界を統べる魔王なり‼分かっているぞ。そのクリスタルで我を封印するのだろう?たかが二千年の封印など、我にとっては丁度良い睡眠でしかないわ。じゃがな。今はまだ…、眠気の一つも来とらんわ‼」


 背中から生えた左右二本の腕は、それぞれ属性が違う。

 二番目の形態とは違って、体の大きさはやや小さめであるが、それでも竜山の長老よりも遥かに大きい。


 正に、世界の悪を統べる者の風格だ。

 そのこの世の闇の頂点に君臨する化け物が、今から大技を繰り出さんとする。

 おそらく、このタイミングで先人たちは封印の儀を行ったのだろう。


 ——でも、俺達は


「みんな。クリスタルの下へ集まれ。俺達は真の平和を掴みとる為にここに来た」


 六人の仲間が俺の下に集まる。

 すると、クリスタルから眩い光が溢れだした。


「ぬはははははははははは。愚かなり、人間‼それとも竜王が耄碌したか?今が封印のチャンスだったというのに、誠に愚かなりぃぃぃぃぃ」


 全属性魔法と呼ぶべきか、魔王は体全てを使って邪悪な魔法を繰り出した。

 この一撃をまともに喰らうことは出来ない。


「クリスタルよ‼俺達に力を‼」

「なん…だと?我の攻撃が弾かれ……、そうか。その力で我の力を封印しておったか。ならば受け取れ‼これが真の闇の力なり‼‼」


 まだ、これほどの力が残っていたとは、正直ヒヤヒヤものだった。

 でも、だからこそ…


 ピシ…


「これが女神が託した俺達の力だ。そして俺達はお前を封印なんてしない‼」

「真の平和の為にもな」

「これで民は魔物の恐怖に怯えなくて済むんですね。」

「うむ。未来永劫にな」

「さぁ、行きなさい。アーク。ここで決めないとアイシャに怒られるわよ?」


 俺は女神アリスに託された。

 永劫の平和をこの世界に齎せ、と。


「アーク‼私たちの力を使って!ほら、ガロも力を貸してくれるって」

「ここに来れなかった仲間の想いもお前に託した!!」

「だから、魔王なんてヤッつけちゃえ!!」


 長い旅だった。喧嘩もしたけど、それも今は友情の証だ。

 前の世界ではパッとしなかった俺も、ここでは世界を救う救世主だ。


「ありがとう‼みんなの力、確かに受け取った。魔王アングルブーザー‼俺達は退かない。俺達はお前を封印しない。」

「な、な、なんだと?今の攻撃を全て受け切ったというのか!?そしてその剣の光……、まさか……。……光の女神アリスの力…だと?」

「その通りだよぉ‼これで、お前は未来永劫の眠りに就く‼」


 ドラゴンよりも大きな巨体、だかそれよりも高く飛べる勇者の力。

 俺は遥か上空から、女神に賜りし光の剣を、仲間から託された力と共に魔王に振り下ろす。


「許さん‼許さんぞ、人間‼もう、魔族の世界も未来も要らぬ。この魂さえも要らぬ。神よ。我の全てを捧げる……」


 アングルブーザーは胸に埋まった禍々しい魔石を引きちぎった。

 巨大な体から邪気が失われていく。

 ここまで旅をした勇者は、アングルブーザーの覚悟を知った。


「何をしようとしても無駄だ。この力は俺だけの力じゃない。ここまでの旅で出会った人たちの出会いの力。仲間たちの力。お前を滅ぼさんとする神の意志の力だ‼」

「滅ぼされても構わぬ。お前たちだけには…、お前だけには絶対に負けぬ‼我は……」


 パキィ


 禍々しいオーラを纏った結晶とアークが持つアリスの光剣がぶつかる。


 ピシィィィイイイイ


「なん……だ……と」


 巨大な結晶が砕け散り、アークの剣がそのままアングルブーザーの胸を貫く。


 つまり人間の勝利だ。


 だがその時、アークとアングルブーザーの体から光が放たれた。


 真っ白な光、真っ白な空間。


 そして、その空間に立つ、一人の青年。


「あれ…。みんなは…?」


 眩しすぎて見つけられない、そんな風には思えない。


 だって、この空間には覚えがある。


 彼がこの世界に来る前も、真っ白な空間だった。


 そして、銀髪の美しい女が少しずつ見えてくる。


 何もなかった筈なのに、次第に存在感が増していく、彼女は


「女神アリス……」


 同時に、アークは焦燥感を感じていた。

 自分の使命はあの世界に平和を齎すこと。魔王を倒すこと。

 そして、それを成し遂げてしまったのだから


「やっぱ。そうなるよな。俺の役目は終わったんだ。」


 だから、勝利の余韻を楽しめるのは、元々あの世界にいた人達だけ。

 ちゃんと、お別れもしていないのに。

 でも、約束通り魔王を倒したんだ。少しぐらい我が儘を聞いてくれてもいいじゃないか。


「あ、あのさ。アリス。俺…」


 瞑目した女神、この世界に来る前に逢った女神…


 彼女は微動だにせず、何も語ろうとはしない。


「俺、これからどうなるんだ?最初は戸惑ったけど、あの世界にいるのも悪くないかなって……。……約束は果たしたんだし。って、アリス?アリス、聞こえている?」


 今、生身なのか、魂だけの存在なのか分からない。

 分からないけど、大きな声でアリスを呼んでみた。


 すると、女神の長いまつ毛がゆっくりと持ち上がった。


 そして。


「ん?今のって私に話しかけてたの?」


 怪訝な顔の女神。アークも同じく怪訝な顔で大きく頷いた。


「そうだよ。今の見てただろう、アリス?俺達、魔王を……」

「はぁ?アンタ、私とお姉ちゃんを間違えてんの?あの子はアリス。私はエリス‼名前を間違えるなんて心外…、大心外よ‼」

「え…。一体…何?」

「ブーちゃん、可愛そう。お姉ちゃんのチート行為で殺されちゃうなんて」


 ……は?


「いやいやいや。さっきから何?何のこと?」

「まぁ、いいわ。その想い、受け取ったから。」

「そ、それじゃ…」

「アンタには言ってないの。ってか、あんた誰よ?」

「俺?俺はアークだ。光の勇者アークだよ。」


 そして、ここから新たな物語が始まる。いや、再生する。


「アーク?ま、名前なんてどうでもいいし、その名前はもう必要ないし。」

「あれ?この会話、いつか聞いたような」


 口調は全然違うけれど、かなり前だからうろ覚えだけど、女神の見た目は同じ。


「ブーちゃんは全てを捧げて、私を呼び出した。その気持ちに神として応えなきゃね。それにしても不思議ね。本来は己の魂を生贄にすることで相手の魂をうち砕く秘術なのに。あ、そか。お姉ちゃんのチートだからか。別の魂が入り込んでたから、その部分は砕けずに、ここに来たってことね。」

「魂を捧げた?あの攻撃にはそんな意味が…」

「ってか、さっきから煩いわよ。猿山登の分際で、気軽に女神に喋りかけるんじゃないわよ。」

「俺はそんな名前じゃない。アークだって言っているだろ」

「だーかーらー、名前なんてどうでもいいの。だってもう必要なくなるんだし?」

「それはどういう…」

「お姉ちゃんがチート使うなら、私だって使ってやるんだから。ここにブーちゃんの未来を捧げた力もあるし。ノーラの邪法を使うには十分の力ね」

「なんだよ。さっきから何が言いたいんだよ。早く俺を…」

「もうもうー。うるさいなぁ。言われなくてもさっさと退場してもらうわよ。さぁ、私の可愛いブーちゃん。燃えて消えて灰になっちゃえぇぇぇぇ」


 あの時、砕け散ったアングルブーザーの水晶のカケラ。

 何故、ここにあるかは分からない。

 カケラたちが焔に包まれ、灰になり、粉になり、そして上に向かって昇り始めた。


「これって…。いや、待て。ノーラ、聞いたことがある。確か……」

「それじゃ、バイバーイ。君は今から転生だ」

「転…せ…」


 ここで俺は意識を失った。

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