第五章 やるべきこと 1.移住再び --18年経過--

 這々の体で寝床のホームセンターに戻った。高台にある店舗を選んで良かった。津波はここまで届かなかった。地震の影響もほとんどなかった。わずかにモノが落ちたくらいだ。

 ここには水と食料の備蓄がわずかながらある。洗濯済みの着慣れた衣類とカビ臭くない乾いた布団がある。少量だが電気も使える。まずは膝の治療に専念しよう。


 まともな道じゃなかったからな。自転車にまたがったとは言え、左膝を守り切れていない。バランス崩して何度もコケたからな。膝の怪我は悪化している気がする。劣化した古い湿布薬などは使い物にならない。小型の冷凍庫が使えているから氷で冷やす。

 あとは自然に治癒するのを待つぐらいしかないか。タンパク質とか採った方が良いのかな? 冷蔵庫に干物があったっけ?


 暇つぶしに地図帳を開いて改めて移住先を考えてみよう。

 今回の地震が東海地震、あるいは東南海地震との連動だったとすると、関東から九州の太平洋側の海岸はどこもかしこも津波被害に遭っているな。しばらくすれば魚は帰ってくるだろうけど、海沿いの農地と都市は使い物にならないだろうな。農作物は手に入らないし、わずかに残っていた人類の英知もパーだ。


 そうなると山側だが、富士山周辺は溶岩と土砂で埋め尽くされて何もないだろう。神奈川北東部と東京は火山灰がまだ大量に積もっているだろうな。高台には人類の英知が残っているかも知れんが、野菜や果物の採取は無理だろう。


 その向こうは生きられるかな。草津とか伊香保とか、温泉街は暮らしやすそうだな。長野も結構豊かなんじゃないかな。いずれにしても冬は辛そうだけど。

 でも、そこまでどうやって移動する? 不毛でゴツゴツした溶岩の上は移動できないぞ。火山灰が積もったところも歩行は困難だし、途中で水も食料も補給できない。


 北、西、東は移動できないか、行っても望み薄…… とすると、残るは……


「伊豆半島内陸だけか」


 伊豆半島では、昨今の災害の被害は限定的ではなかろうか?

 山だらけで高低差が大きく街が分散している。農地も少ない。一見貧しそうだが、俺1人なら移動し続けることで生きていけるんじゃないかな。

 幸か不幸か、動物が居ないから食料を奪い合うライバルもいないしな。




 3日間安静にした後は温泉で湯治だ。かすれた看板の効能書きを判読して怪我の回復に効くことを確認。地殻変動で泉質が変わってるかも知れないが、そこまで気にしても仕方が無い。湯あたりしないように気をつけながら、半身浴で1日に何度も入る。それと、ストレッチで膝周りの筋を入念に伸ばしてみたり。


 10日ぐらい頑張った。少しは良くなった気がする。ジッとしていれば痛みはなくなった。だが、膝はあまり曲がらない。ビッコを引くようになってしまった。無理をするとやっぱり痛む。

 右足とか、股関節とかに負担がかからないように気をつけなきゃな。トレッキングポールが手放せなくなった。


 津波に飲まれなかった市街を散策して使えそうなモノをチェックする。

 スポーツ用品店で膝サポーターを調達して装着。少し楽になった。しかし、サポーターのゴムが劣化しているものが多い。サポーターの残骸はたくさんあるが、使えるものはなかなか見つからない。厳しくなってきたな。


 熱海は東伊豆では一番大きい街だ。坂が多いから、津波に飲まれずに残った市街もたくさんある。これから食料を求めて放浪するとしても、この街には何度も補給に立ち寄ることになるだろう。

 だから、衣類や道具など、劣化していないモノを集めて頑丈な容器に入れて、完全防湿処置を施す。水害とか土砂崩れがなくて簡単には崩れそうにない建物に保管する。忘れないように目印も付けておく。

 そんな拠点を20カ所も作った。年1回補給に来るとして、20年は保つな。70過ぎまで生きるつもりか!?

 拠点マップを21枚作って、各拠点に保管。残り1枚は携行する。


 旅の道具もまとめた。ここ、伊豆へ来るときは自転車に荷物を積んできた。だが、この先は道なき道を行くからな。荷物は背負える量に抑える。

 地図、防寒着、マット、タープ、ナイフ、照明、浄水器、少量のクッカー、高枝切りばさみ、釣り具など。カビが酷いところに入ることもあるだろうから、防塵マスクとゴーグルは3つずつ入れた。寝袋とかテントは省略だ。軽くしないと左膝が保たない。

 通販でおなじみの高枝切りばさみは高い木の実を採取するときに使う。一見邪魔そうだが、普段は杖にするんだ。握る部分には滑り止めを兼ねてロープを巻いておく。このロープも何かの役に立つかも知れないし。そして、地面につく部分は硬質ゴムで補強した。ゴムも劣化していないものがなかなか見つからずに苦労したよ。


 すべての準備が整った。よし、出発だ。


 その前に、忘れていた。どこに行く? 目標もなしに放浪してもな。

 改めて、目的地を探すために図書館に行った。地図とか航空写真とか自治体毎の農産物データなんかを閲覧。


「やっぱりここは畑が多いな」


 伊豆は山がちで畑が少ないな、と思っていたが、先入観だった。熱海の西の山を超えたら結構開けている。熱海に来たときに地図を見て気がついてはいた。だが、道がない。山を越えての食料調達は大変なので、今まで無視していたんだ。

 その町は函南。カンナミと読む。

 右下が直角の二等辺三角形の底辺がちょっとくぼんだような形だ。街の南西は国道136号線と伊豆箱根鉄道が南北に貫いている。東側は熱海や湯河原との境界になる山脈だ。伊豆スカイラインも走っている。

 そして、中央部はなだらかな山になっていて、この山と東側の山脈の間に結構農地が広がっている。


 136号線を北に行くと三島だ。ここは富士山の溶岩が来ていると思う。以前、山の上から見たときは市街が確認できなかった。見た目ほど被害はないかも知れないが。

 逆に南に行くと伊豆の国市だ。こちらもよく見ると意外に畑が多いんだな。


 やっぱり畑だけじゃなくて街もあった方が良いな。よし、街と畑が両方揃っている函南から三島、伊豆の国市辺りを第一の目的地にしよう。ここで生きられそうになければ、もっと南の伊豆半島中央を目指そう。


 しかし、函南までどうやって行けばいいんだ?

 熱海と函南の間には南北に続く山脈がある。新幹線と東海道線はまっすぐ西に延びている。トンネルだな。こんなに長いトンネルに徒歩で入るのは嫌だ。大きな地震もあったしな。落盤していたり、火山性のガスが溜まっていないとも限らない。

 少し北側に県道11号線のバイパス熱海函南線があるが、これもトンネルが長い。さらに北側には旧道の11号線がある。ん? これって富士山を見に行った十国峠に続く道じゃないか。あ、十国峠って住所は函南だったのか。

 なるほど。途中まで行ったことがあるんだな。急に安心してきた。で、これを使って回り込めば函南まで……

 おお!? 函南に入って山を下ってすぐ、太陽光発電所があるな。これって、まだ使えるかな?

 川もあるな。冷川か。寒そうな名前だけど、魚がいるかな?

 よし、一番最初の目的地は冷川上流だ!




 函南に移って2年経った。とても住みやすいところだった。海魚は採れないが、川魚は釣れる。畑や水田の跡もあり、自生した野菜や米が多少収穫できる。果物の木もある。食料は何とかなる。

 バッタが多い。イナゴの佃煮とか、郷土料理であるよな。野菜を食われるぐらいならこっちから喰ってやる。素揚げにして食べているが、苦い。元々苦いのだろうが、油が古いせいもあるかもな。


 太陽光発電所のパネルには火山灰がたっぷり固まっていた。積もった上に雨が降って固まったんだな。それまでは発電していたんだろう。パワーコンディショナーは火山灰でショートしたみたいで、焦げていた。これを再利用するのは大変すぎる。あきらめた。

 だが、温泉はある。間欠泉とかじゃない。公衆浴場の源泉井戸のパイプを切って、ホームセンターで仕入れたホースと手押しポンプをつないで、景色の良いところに置いた浴槽に流し込む。結構な重労働だが、労働の後のお風呂は気持ちいい。

 生活基盤ができた。熱海を出たときは放浪するつもりだったが、なんとなく居着いてしまった。


 安心すると暇になる。暇になるといろいろ考える。

 取りあえず生き残った。ちょっと足が不自由になったが健康だ。まだまだ生きられる。生命としては上出来だと思う。

 とすると、次に気になるのは人間としてどうか? ってことだな。


 人は生きた証を残すことが重要だと思ってた。昔はな。

 歴史に名を遺したり、小説とか芸術作品とかを残せれば最高だけどな。そこまでできる奴はほんの一握りだ。そういう高い目標は子供の頃から持っていない。

 一般人としては、仕事の成果物とか趣味で造ったものがちょっと注目されたり、後輩の役に立ったりするだけでも良いんじゃないか。そう考えていたんだ。


 ところがだ。人類が滅亡してしまった。

 ニーヨンロクで形跡を見たから、まだ多少生き残りがいるかも知れんが、再興は難しいんじゃないかと思う。

 だとしたら、何を残しても無駄か。誰の役にも立たないし、評価もされない。


 そんなことを何度も何度も考えた。結論はなかなか出ない。いつも堂々巡りで寝落ちしてしまう。




 天気の良い夕暮れだった。筋トレをして程よく疲れた後、露天風呂にのんびり浸かっていた。輝き始めた星を眺めながら。

 星はよく見える。空気も澄んでいるし、視力も衰えていない。老眼で手元はよく見えないが。


 星空をボーっと眺めていたら、ふと思った。


「パイオニアとボイジャーは今どの辺に居るのかなー」


 俺が生まれるずっと前に太陽系の惑星に送り出された探査機だ。子供の頃、科学雑誌で知った。惑星の観測の後、そのまま宇宙の果てまで飛んで行った。地球から異星人に向けてのメッセージを載せて。なんて夢ある話だろう。大いに感動したものだ……


「おお! それがあったか!!」


 よし! やるぞ!! 最後…… じゃないかも知れないが、生き残った人類の代表としてな。


「20年以上かかってようやく『やるべきこと』が見つかったゾ!」


 俺は人生の目標ができた。嬉しかった。もう50歳を過ぎている。ホントにできるのか? そんな疑問なんて持っちゃダメだ。できるかどうかじゃない。やるか、やらないか、っていう問題なんだ!

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