第三章 平穏な日常 5.走る --1年半経過--

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本作投稿期間中に発生した令和6年能登半島地震で被災された皆様、ならびに航空機事故の被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。

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 計画よりも少ないものの、無事に収穫ができた。虫の被害も出なかった。

 米はよく干して味見分を残したら、残りは来年の種籾と備蓄にする。まだ周辺から古い米が手に入るからな。そっちから食べるんだ。

 ホームセンターの店内は広い。使っていないスペースには必要ない元商品が置いてある。これを処分すればすぐに収穫物の保管場所ができる。そして、1階の北西角は半地下なので、暗いし割とひんやりしている。ここを備蓄米とか種芋置き場にする。


 周辺の落ち葉を集めて腐葉土作りをしてみる。藁とか実を取った後の野菜の茎とかも混ぜた。キッチンから出た生ゴミで堆肥作りもしていたんで、全部混ぜる。春になったらプランターの古い土と混ぜて再生するんだ。


 裏作の麦作りも挑戦している。プランターの上での麦踏みは難しそうだ。何か重りを作って、丁寧に押しつぶしてやらないといけないな。




 夜、ブルーレイの映画を見ていて驚いた。

 ゲーマーがリアルレーサーになる話だ。パッケージを見ると実話をベースにしたって書いてある。

 そのゲーム。俺がやってる奴だよ。飽きずに何度も。

 隣を見るとドライビングシートがある。映画の中と同じような奴。

 ってことはだ。俺も結構走れんじゃないの? 速そうな車なんてその辺にいくらでもあるぞ!


 でも、サーキットが近くにないな。道路は事故車だらけでまともに走れないし……

 そうだ! 公園があった。去年住んでたあの公園。園内の道路を掃除すればドライビングを楽しめるんじゃないかな。

 それに、隣の自衛隊駐屯地。陸上自衛隊なんだが、ヘリコプターが多い。元々旧陸軍の飛行場なんで滑走路がある。滑走路で最高速アタックができんじゃないの? 広いからパイロン並べればジムカーナもできるな。

 ああ! 格納庫。空いてれば巨大なガレージになる。多分整備用の工具もある。ガソリンやオイルも備蓄されてるかも。

 米軍基地はトラップとか管理不十分な弾薬がありそうで怖いけど、自衛隊の駐屯地なら弾薬もちゃんとしまってあるだろう。っていうか、都内には弾薬持ち込んでないんじゃないかな。都心の災害対策が主要任務だからな、立川駐屯地は。戦闘車両もなかったと思う。突然ドッカーン! なんてことは無いだろう。

 よし、行ってみよう!




 久しぶりに公園にきた。やっぱり勝手がわかってるところは落ち着く。古民家と管理棟を掃除して休憩所にした。

 公園内は大分荒れている。ここまでの道もそうだったが、園内の道路は浮き砂と落ち葉がたっぷりある。軽トラでゆっくりなら走れるが、そのままではスポーツ走行はできない。まずは道路を清掃をしなきゃな。


 蜘蛛の巣をかき分けて木工コーナーに行って、洋式のホウキをつなげた巨大ホウキを作った。これを軽トラで引っ張って道を掃除するんだ。

 軽トラに対してちょっと角度を付けてゴミが外に出ていくように取り付けた。

 走ってみると、期待したほどゴミが取れない。まあ、そんなもんだよね。重りを付けたり、角度を調整したり、何度も試して、3日後にようやく使えるようになった。

 そう。毎日通ってるんだ。ホームセンターからここまで。朝晩は照明のオンオフ、作物のチェックとか水やりがあるし、風呂も入りたいからね。夜間の移動は危険だから、日が暮れる前に帰るんだ。


 できあがった巨大ホウキで園内の道路と外側の管理道路を掃除した。途中、倒れている被災者さんが何人もいた。見つける度に軽トラを停めて、手を合わせてからトンボみたいな道具で道路の脇にどいていただいた。

 道の脇の木の枝も結構伸びていて、のこぎりで切りまくった。

 掃除だけで2日もかかったが、結構なロングコースができたぞ。




 次は自転車で街に出て車の物色だ。なぜ自転車か? 帰りは自動車だからな。自転車はその場に乗り捨てるからだ。

 道にはよさげな車も止まっているんだが、やっぱり被災者さんが乗っている車は嫌だよな。ディーラーにはノーマルしかないから、中古車屋と自動車用品店なんかを回った。

 いろいろ調べたんだが、最近の車っていうのは環境とか安全性への配慮で面白くないらしい。だから旧車って人気だったんだな。


 で、見つけたのが80年代の国産スポーツカーだ。白黒ツートン。横に『豆腐店』って書いてある。マンガ、アニメ、ゲームでおなじみのあの車だ。

 自動車用品店の駐車場に停まっていた。この店、高床式で1階が駐車場になっている。つまり、この1年半、直接雨を浴びていないんだ。

 いつもの防護服を着て店内へ。被災者さんを調べて3人目からキーを入手した。ご遺体をまさぐるっていうのは良い気分じゃない。ご冥福をお祈りするとともに、自分とキーをよーく消毒した。完璧だ。


 バッテリー上がりは想定済みだ。充電済みの新品バッテリーを持ってきているのですぐに交換。エンジン始動!

 全然掛からない。ゲームとは違うな。そもそもゲームはエンジンかけるっていう操作がないしな。


 持ってきた自動車整備本を調べると、古い車っていうのはしばらく乗っていないとエンジンが掛かりにくいらしい。おまけにオイルもガソリンも古いからな。

 で、その本には掛からない原因がいっぱい書いてある。故障とかは該当しないと思うんだよな…… とすると、エンジンの『かぶり』か。

 キャブレター式だからな。エンジンが掛からないのにセルを回し続けると、ガソリンの霧がスパークプラグに被って電気が流れやすくなっちゃうから火花が飛び散らなくなっちゃうらしい。

 対策は…… 乾くまで待つ。却下! 次。プラグを外して拭く…… 面倒だけどやるか。


 2階の用品店から工具と雑巾を持ってきてボンネットを開ける。エンジンの構造は本に書いてあるとおりだ。どれがプラグがすぐに解った。コードを引き抜いて工具でプラグを外す。

 なるほど、濡れてる感じだ。ガソリン臭もする。雑巾で丁寧に拭いて元通りに取り付ける。

 4本全部のプラグを拭いた。もう一度エンジン始動に挑戦だ。


 その前に、もう一度本を確認。また被っちゃったら面倒だからね。なんか、裏技無いかな。

 えーっと、何々? 『旧車の場合はチョークを引いて、アクセル踏み込んで、セルを長く回す』か。チョークって何だ? 教習所でそんなこと習ったっけ?

 なるほど。最近の車はコンピュータ制御だから、始動時は自動的にガソリンが濃くなるようになっているのか。で、旧車は自分で調整するのね。その調整用のつまみがチョークレバーか。ああ、これか。下の方にあったわ。


 改めまして、チョークを引っ張って、アクセル踏み込んで、キーを回して始動。5秒、10秒…… かからんぞ! 20秒。やった! かかった。

 アクセルをふかしてみるとブンブン言うね。車体も揺れる。ゲームとは臨場感が違う。

 しばらくメーターを見ていたら、エンジンの回転数が上がってきた。ああ、そうか。チョークを戻してガソリンの濃さを標準にしてやらないとね。


 旧車は暖機運転が必要だ。エンジンが暖まるまで待ってあげないといけない。水温計が動き出したのでもう良いだろう。

 クラッチを踏んで、ギアを1速に入れて、サイドブレーキ解除して、出発! …… エンストだぁ。

 一応、ゲームでもマニュアル車運転してたんですけどね。上手くいかんな。


 サイドブレーキを引いて、ギアをニュートラルにして、エンジンを再始動。今度は簡単にかかった。良かった。

 今度はアクセルをちょっと踏み込んで、クラッチをゆっくり離してみる。おお! 上手く発進できた。

 よくよく考えると発進もゲームでやってたわ。ローリングスタートが多いからあまり意識してなかったよ。なるほどね。微妙に感覚違うけど、まあゲームと同じだわ。


 車の準備はできたので、もう一度店内に入ってグッズを調達。レーシングスーツ、シューズ、グラブ、ヘルメット。何か色がバラバラで統一感がないけど、誰に見せるわけでもないから良いか。




 公園までは遠かった。いや、距離はたいしたことないんだけど、事故車を避けるのに3ペダルを踏み分けながらハンドル切るって難しいのね。何度もエンストしたわ。だって、こういう運転の仕方って、ゲームじゃやってないもん。誰も見てなくて良かった。恥ずかしいわ。

 公園に戻って車を改めて見ると、なんか傷がついてる。しかも新しい。

 どうやら事故車を避けるときに擦ったみたいだ。ちょっと悲しい。だが、そんなことで落ち込んではいられない。よし、走るぞ!


 と、その前に洗車だ。雨に濡れていないとは言え、1年半分の土埃を被っている。カー用品店から持ってきた洗車道具と井戸水でざっと洗ってワックスを掛けてやる。うん。かっこ良くなったぞ!




 いよいよ走行だ。まずはコースを1周。ゆっくり走る。道の具合を確認しながら。

 軽トラとは目線が違うから全く違う道路を走っているようだ。

 イケル。いけるぞ!

 徐々にスピードアップだ。なるほど、ゲームと同じ感じで走れるじゃんか! すげーぞ!


「グヘッ!」


 ヤバ! ちょっと調子に乗りすぎた。車がスピンした。ゲームでもよくやるが、実車だと体が揺さぶられる。窓に頭ぶつけたよ。ヘルメット被ってて良かったわ。

 安全第一が基本方針だったのにな。興奮すると忘れちゃうな。反省して冷静にならなきゃ。


 車を降りて様子を確認。見た目異常なし。どこにもぶつかってない。

 突っ込んだ先も草が生えているだけで、溝とか木とか構造物はなかった。被災者さんもいなかった。良かったよ。車も壊れなくて。

 ホント気をつけないとな。道路の外側には高低差があるところもある。草ぼうぼうで、その下がどうなっているのか解らない。平行しているサイクリング道は谷のようになってるしな。

 飛ばす前にもっとコースを覚えなきゃ。気を取り直して再スタートだ。




 その後はトラブルもなく、気持ちよく走ることができたぞ。

 何周走っただろうか? 軽快に走っていると突然、車がガクガクと揺れだした。


「なに? なにー?」


 エンジンが止まった。壊れたのか? 意味がわからん。

 メーター類を隅々まで確認すると…… ガス欠だった。

 軽トラとかバイクに乗るときは、いつもガソリンの残量を気にしていたのにな。ゲームだとソコの所は考慮しなくて良いから。油断したぜ。


 気がつけばもう夕暮れだ。いつもならホームセンターへの帰路についている時間だよ。

 スポーツカーをその場に停めて、ヘルメットにグラブを突っ込んで、古民家までトボトボと歩いた。全くもってビギナーらしいミスだな。

 でも、楽しかったな。久しぶりに、血沸き肉躍るっていう感じだった。なんか、生きてるって感じ。生き残って良かったって初めて思った。


 街灯がない夜道の移動は危険だ。その日は久しぶりに古民家で眠った。麦達は異常に長い昼を過ごしていることだろう。明日の朝戻ったら電気を消さなきゃな。




 毎日毎日。公園のコースを楽しむこと2週間。講評をくれる人が居ないんで、自分で言うのも何だが、大分運転が上手くなったということにしよう。ゲームみたいに簡単にタイムを計測したり、ゴースト表示したりできんからな。主観でしか評価できない。

 そろそろ次のステージに移ろう。自衛隊駐屯地に侵入だ。

 駐屯地の正門は公園の正門の近くにある。つまり、古民家から一番遠いところだ。あとでショートカットを作ることを前提に、初回は正門に回ってみる。

 自転車ならそんなに大変じゃないだろう、って思ったが、やっぱ広いわ。古民家から30分以上かかった。


 正門で門番をしていた被災自衛官に敬礼して侵入。予想通り、道路は浮き砂だらけ。芝生だったところは、枯れた草をかき分けて新しい草がぼうぼうで滑走路がどこにあるか見えないくらいだ。

 正門は駐屯地の南東にある。今居る道路は滑走路の南側だ。

 目視でこの辺かな、というところ。門から突き当たりまでの中間点で、自転車を押して草むらに突入。自転車に絡みつく草に難儀しながらもしばらく歩くと視界が開けた。滑走路だ!

 地図で確認したが、1km以上ある。これなら最高速アタックもできそうだ。

 自転車で路面の状態を確認しながら滑走路を半分ぐらい移動した。幅も凄く広いから掃除は大変だな。例の改造ホウキをもう2,3本作らなきゃならんな。


 左手に誘導路があった。その先に格納庫が見えるんで曲がってみた。滑走路と並行する誘導路と格納庫の間はコンクリートで舗装された広場だった。格納庫は5つか。他にも建物があるな。

 なんだか見覚えがある風景だな。


 辺りを見回していたら思い出した。箱根駅伝の予選コースだ!

 10月だったっけ? シード権のない大学が数十校集まって滑走路と誘導路を数周してから街に出て、公園内がゴールだった。1度、会場整理のバイトで来たことがあったっけ。すっかり忘れてたよ。

 そう言えば、そのバイトの時、格納庫の1つが提供されて選手の控えとか、スタッフの待機場所になってたな。


 ざっと見渡すと1つを除いて格納庫はシャッターが降りていた。1人で手で開けるのは無理だろう。空いてる格納庫を調べよう。


 格納庫の中に飛行機とかヘリコプターとかは無かった。床には土埃が溜まっている。ガランとした、ただただ広い空間だ。

 隅の方に隊員さんが3人倒れていた。隊員さん全員は無理だけど、使わせてもらう場所にいる方々は後で葬って差し上げよう。

 工具とか、でっかいジャッキとかもあった。これでタイヤ交換とかオイル交換もできそうだ。


 敷地内をざっと散策した。期待していたガソリンの貯蔵があった。とても嬉しい。

 滑走路の清掃用車両もあった。嗚呼! 先にこっちに来ていれば、公園内の道路清掃も楽だったのにな……

 それはさておき、駐屯地は広いから掃除には時間はかかるだろうけど、これでスポーツ走行ができそうだな。芝刈り機らしきものもあったが、そこまでやってられんな。


 古民家に一番近い金網フェンスを工具で切断してショートカットを作った。

 当面は徒歩で移動だな。車が通れる様にするには支柱を1本切らないと行けないな。さらに排水用らしき溝があるんで、なんか板でも敷いて橋渡しした方が良いな。

 フェンスの先は公園の敷地だ。植え込みと管理用道路と自転車道を越えるともう古民家だ。直線だと100mぐらいか。歩いてもすぐだよ。古民家側が結構高くなってるんで、管理用道路を使って回り込むようにしないと車では移動できないな。

 車が通れるようにするには検討課題が多いな。




 滑走路の掃除に1ヶ月かかった。毎日掃除したわけじゃないからな。ホームセンターでの農作業だってあるんだ。ちゃんと働いた上で遊んでいるのだよ。自分で自分に言い訳してる気もするが……

 とりあえず格納庫前のスペースを掃除して、パイロンを並べてジムカーナを始めたんだ。八の字走行やスラローム、Uターンとかいろいろ技術を磨いたよ。

 これが結構疲れるんだよね。休憩を兼ねてのんびり清掃車を走らせる、って感じで掃除してたんで全然進まなかった。


 掃除が終わったところで木工コーナーで看板を作った。最高速アタックするときのブレーキングの目印にするためだ。スタートから500mと1,000mの2枚だ。

 車のオドメーターで大体の距離を測って看板を立てる。1,000mの看板から滑走路の終わりまではおよそ300mだ。看板でフルブレーキングすればコースアウトせずに止まれるはずだ。


 早速挑戦!

 でも、なかなかアクセルが踏み込めない。実車だからな。ミスすると死ぬかも知れない。即死ならともかく、車の下敷きになって数時間とか3日とか苦しむなんて絶対嫌だ。

 そう思うとアクセルが踏めないんだよ。それに旧車だからね。時速100km超えるとキンコンキンコン警告音が鳴り響く。余計にビビるわ!

 そんなこんなで俺の最高速度は時速150kmぐらいが精一杯だ。はー……


 やっぱり俺ってヘタレなんだな。負け組なのも納得だ。

 でも良いじゃんか。別に誰にもバカにされるわけでもない。自分が楽しければそれで良いんだよ。

 こんな誰もいない世の中でさ、娯楽があるって言うことは幸せなことだよね。


 そうそう。以前マインドマップを作ったとき、やりたいことが何もなかったよな。できたじゃないか。やりたいこと。目標達成だ!

 あの時から比べればたいした進歩だ。よし! これからは他にも楽しみを見つけてどんどん挑戦していくぞ! 自分なりに人生を楽しもう!

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