第二章 生活基盤を作る 8.探索 --1ヶ月経過--

 生存者が発信したり、外国から飛んでくるかもしれない電波を受信するために、農家再現コーナーの隣にある南北に50mほど延びる丘の上にアンテナを建設することにした。

 電線はここより北側の古い市街にある電気工事業者から木製ドラムに巻かれた状態で調達した。アンテナにするには適していないかもしれないが、長さが十分にあればそれなりに感度が得られるだろう。重かったな。軽トラに積むのは大変だった。

 そもそもその業者の発見と、軽トラで行けるルート探索が大変だった。バイクで走り回って紙の地図にマークを書き込んで。何日かかったっけ?

 現地には電動ではないエンジンフォークリフトがあったんでそれを使ったが、初めてだったのでドラムを落っことして1つ壊してしまった。ハンドルを切ると後輪が向きを変えるんだもん。運転難しかったな。


 工事の基本方針は安全第一だ。治療を受けられないから怪我をしたら死ぬかもしれない。こんな世の中だ。長生きしたいとは思わない。即死ならそれはそれで良い。だけど。痛いのは嫌だ。苦しいのも嫌だ。もがきながら死を待つのも嫌だ。死にたくないようーって、泣くのは最悪だ。やっぱり安全第一だ。

 ホームセンターに行ってガテン系の装備を揃えた。安全靴から作業服、名前の解らない便利そうなベルト、ヘルメット、手袋。暑いからファン付きの作業服を着ている。モバイルバッテリーはたくさん用意した。ちょっとした工事の作業員に見えるんじゃないかな。

 やっぱり便利だな。ホームセンターは。


 今日はいよいよアンテナ工事だ。

 ドラムを積んだまま軽トラを農家コーナーと丘の間の通路に停めて、ケーブルをほどいて丘の上に引っ張り上げる。丘の北側だ。そこからさらに南の端まで引っ張っていく。途中、何度もドラムに戻って電線をほどき、たるみを伸ばす。

 丘を登って降りて、行ったり来たり。ものすごい重労働だ。給水が多い。


 まず、丘の南側。あらかじめ掘っておいた少し深めの穴に、建設業者から調達した鉄パイプを差し込み、砂利で塞いで踏み固める。鉄パイプの上にはワイヤー2本と調達した電線を付けておいた。ワイヤーを南側の木に固定する。

 2本のワイヤーと電線がそれぞれ120度近くなるようにしたかったが、木の生え方が微妙だ。100度、100度、160度ぐらいになってしまった。強風で倒れるかもしれないが、そのリスクは受容しよう。


 丘の北側に戻ってもう一本鉄パイプを立てる。こっちは木が少ない。固定用ワイヤーの1本はちゃんと固定できたが、もう1本はフック付きのブロックを地面に埋めてそこに結びつけた。心許ない。近日中に補強が必要だ。

 ワイヤーを固定してから脚立を立てて、あらかじめ電線に通しておいた滑車を鉄パイプの先端に固定する。電線のドラム側を引っ張って、鉄パイプ間の電線が水平に近くなったところで重りを付けて仮固定する。電線は重いから、鉄パイプが倒れないかドキドキだったがなんとか張ることができた。


 アンテナは完成。ドラムに戻って残った電線をほどき、反対側を長屋門に持って行く。窓から中に引き入れて工事完了だ。


 電線の隅を加工して無線機に接続するためのコネクタを取り付ける。これくらいの作業はアマチュア無線部で体験させてもらったことがあるから問題ない。事前にパーツと工具も用意したからな。

 書店で無線系雑誌の広告を調査して、近隣の無線専門店を探したんだ。オフロードバイクで何度も往復して軽トラが通れる経路を見つけて、大型の無線機とBCLラジオと発電機を調達したんだ。準備を始めてから今日まで2週間も掛かってしまった。無線機用のアンテナはまだ建てていないけどな。


 そうそう、マニア系無線雑誌も調べて、簡単な魔改造で自衛隊や警察の無線を受信できる無線機を調べた。そしたらなんと、局長から拝借したハンディ機でも受信できることが判明。隠しコマンド一発打つだけなんだよね。最初からマニア用に作られているってことだ。

 ホイップアンテナで一応受信できるけど、探索するには感度が必要だ。後でこっち用の大型アンテナも用意しなければな。


 長屋門の一室を無線室にする。蔵の方が快適かな、と思ったが電線を通すのが面倒だった。せっかくの蔵の壁に穴を開けるのは気が引ける。長屋門なら穴ぐらい良いだろう。そんな感じだ。

 とは言え、今は壁に穴も空けずに窓から入れているがな。そうそう、後でアースをちゃんと取って、雷対策もしなくちゃいけないな。


 夜、BCLラジオの電源を入れて慎重にチューニングダイアルを回す。機械的な信号はちょっとあるものの、人の声や音楽らしきものは全く聞こえない。ラジオ放送で使われる中波と短波は全滅だ。

 次の日も、次の日も、何度も聞いた。時間帯も変えて見た。早朝や昼間にもやってみた。だけどラジオ放送は受信できなかった。今は夏だから北半球はかなり遠くまで電波が飛ぶはずだ。天気が良ければヨーロッパや北米の電波も受信できるはずだ。もちろんとても弱いけど。デジタルだと全く無音になってしまうが、アナログ放送はよく聞けばノイズか人の声かを聞き分けることぐらいはできるんだよ。

 俺は耳が良い方だ。その俺が全集中で聞き耳を立てているのに何も聞こえない。やっぱり全世界的にラジオ放送は途絶えているんだ。


 あれだけの時間と労力をかけたのに無駄に終わってしまった。覚悟はしていたけど脱力感がたまらん。


 だがしかしだ。放送は途絶えているが、人類が絶滅したとは言い切れない。どこの国でも多くの設備が残っているだろう。知識と技能のある人がいればラジオ放送も復旧するかもしれない。これからも時々受信に挑戦しよう。

 あと、自衛隊とかの業務無線の大型アンテナも設置しなければ。




 無線が気になって農作業はあまりしていない。雑草を見かけたら取る。何か実っていたら収穫して食べる。そんな程度だ。

 秋になったら収穫が大変だ。今は図書館や書店で資料を調達しているところだ。農業系の学校に行けば教育資料が充実している気がする。東京にもあるのだよ、農大とか農業高校が。

 だけどさ、被災したのが平日の真っ昼間だからな。真面目な学生さんはみんな学校にいただろう。今どうなっているかは想像に難しくない。学校にはちょっと行きたくないね。


 日々の生活は充実した。

 よく見たら管理棟の屋根に太陽光発電パネルが載っていた。建屋の裏側には蓄電池も設置してあった。容量はそんなに大きくないが、調理家電を使うには問題ない。バッテリーで動く機材の充電もここでしている。長屋門にある発電機は無線室専用だ。ガソリンの調達が面倒だから。


 2階の事務室は調理室に変身している。元々ミニキッチンがある。職員の人が使っていた湯沸かしポット、電子レンジ、冷蔵庫はそのまま使わせてもらっている。炊飯器、電気圧力鍋、ホームベーカリー、コーヒーメーカーを電気店から調達してきたんだ。ここに住んだ方が便利そうだが、やっぱり寝るときは畳の上が良いので炊事と食事だけしたら母屋に戻っている。

 コーヒーメーカーはすごい。外国製で、カプチーノとかも作れる。電気店で値札を見て驚いた。俺の1ヶ月分の給料ぐらいするじゃないか。被災していなかったらとても手に入らない代物だ。ロングライフ牛乳があるうちにカプチーノを楽しむ。レギュラーコーヒー自体、いつまで入手できるか解らないが、当面楽しませてもらうつもりだ。

 あと、元々管理棟の外に置いてあった洗濯機を使っている。タオルって新品は水を吸わないんだよな。肌に触れる衣類もいきなり新品を身につけると違和感がある。使い捨てにしていると調達頻度が高くなってそれも面倒だ。というわけでほどほどに洗濯している。


 下水道は今のところ生きているから排水は問題ない。給水は井戸から手押しポンプで汲むのでちょっと大変だが、たいした問題ではない。飲食にはカートリッジ式の浄水器を浸かっている。ペットボトルの水を調達するのも面倒なのだ。

 生ゴミは堆肥にしている。元々堆肥作り用のバケツみたいな奴が設置してあったんだ。それをそのまま使ってる。

 プラスチック類はまだ処分方法を考えていない。食品が入っていたものとかは匂うので、匂わないものと分けて農家再現コーナーの外側に2つの山にしている。俺1人の世界で環境破壊とか気にしても仕方がないが、やっぱり身についた道徳心というのはそう簡単には消えない。処分方法は長期的検討課題として残っている。


 シアタールームはまだ作っていない。快適な空間とか電力とか、解決すべき問題が多い。だから母屋で布団を敷いて、ごろ寝してバッテリー駆動のポータブルDVDプレーヤーで映画を見てる。立川駅の近くに行けばCD・DVD専門店があるからソフトは見切れないほど手に入る。

 何かの参考になるかと思って、サバイバルものの映画をいくつか見たが、全然参考にならない。文明の利器が何もなくなるとか、凍り付いているとか、仲間がいるとか、宇宙とか、結局脱出して元の生活に戻れるとか、俺の置かれた状況とは設定が大分違う。

 俺には文明の利器がたくさんある。食料もしばらくは問題ない。ある意味とても恵まれている。ただ、周囲に誰もいないという不安と、ご遺体があちらこちらにあって病気に気をつけなければならないということが問題だ。病気や怪我を治療してくれる人もいない。ちょっとしたことが命取りになりかねない。安全第一、健康第二だ。

 今後は娯楽としてビデオを見よう。そうそう、裏通りに大人向けのショップも見つけたので、そっち系のソフトも調達した。画面が小さくて盛り上がらないがな。雑誌とか写真集もあるから夜は不自由しないぞ!



"""

 地球から遠く離れた巨大な星の超新星爆発は、ニュートリノとともに未知の粒子を大量に放出していた。その粒子は南大西洋の方角から降り注ぎ、地球を通過してさらに遠くまで飛び去っていった。地球に降り注いでいた時間はわずか3分ほどであった。

 未知の粒子もニュートリノと同じように、ほとんど物理的に何の作用も起こさないものであったが、なぜか動物の大脳の活動に影響を与えていた。このため、人間のほか、ほとんどの哺乳類と鳥類が一瞬にして意識を失うことになった。

 だが、この未知の粒子はとある鉱物を通過することができなかった。彼がいた山の地下にはその鉱物があり、地球の裏側からやってきた粒子を乱反射させていたのだ。このため、彼は意識を失わずに済んだのであった。

 彼に意識があることと、鍾乳洞にいたことは直接関係が無い。ちなみに、鍾乳洞の受付のおばちゃんは意識を失っていたのではなく、本当に眠っていたのだ。また、その山の反対側の限界集落でも高齢者2世帯、3人が普通に生活を続けていた。さらには、その山の周囲にはわずかながら鳥と動物が意識を失うことなく、いつもの通りに過ごしていた。

 この4人はその後に異変を知り、大変な思いをするのであるが、それはまた別の話である。そして、残った鳥や動物が数を増やせたか、生息域を広げられたかもまた別の話である。

 なお、彼らを救った鉱物はさほど珍しいものではない。地球上には数カ所に埋蔵されている。影響を受けたか否かは、その人物に至る粒子の経路上にその鉱物があったか否かによる。空から粒子を浴びてしまったアフリカと南米はもちろん、横から、あるいは地中浅い角度から浴びてしまったヨーロッパや北米に意識を保った人間は1人もいなかった。

"""

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る