第二章 生活基盤を作る 1.寝床 --3日目--

 いったん団地に帰った。大概のものは新しく調達すれば良いが、やっぱり捨てられない大切なものもある。俺の専門のITに例えれば、ハードはいくらでも替えがあるが、データは失ったら二度と戻らん、ってことだ。

 後で見たくなるかもしれない本や、写真が入ったCDとかDVDとか、一応とっておこうと思う。今運ぶのは大変だから、劣化しないようにプラケースに入れて、ホームセンターから持ってきた除湿剤をたっぷり入れる。蓋をしてビニールテープでがっちり塞いでおけば2,3年は大丈夫だろう。

 手持ちの荷物はパソコンと昨日調達した本、それに局長から拝借した無線機だけだ。


 今度はちょっと遠いからバイクで行こう。自転車もホームセンターにあるから必要なら新車を頂戴すれば良い。

 大通りは事故車がいっぱいあるからな。普段から交通量の少ない道を選んで行く。

 途中、大通りを横断するときに気がついた。すぐそこにバイク屋さんがある。乗り換えよう!

 このバイクは250ccのロードスポーツだ。舗装されたきれいな道を移動するには便利だが、障害物を避けるために道なき道を行くっていうのは苦手だ。オフロード用のバイクなら楽なはずだ。乗ったことないけど。


 バイク屋さんに行くとたくさんバイクが並んでいた。いや、並びすぎていて奥のバイクを引っ張り出すにはその手前にある何台ものバイクを移動しなければならないぞ。そりゃ大変だ。外側に手頃なのがないかな。

 あった。125ccのオフロード。またがってみる。今までより軽い。方向転換も楽そうだ。

 あれ? これ売り物じゃないな。店内で倒れているお客さんのバイクか。

 店内に入って倒れているお客さんに声をかける。


「済みません。あなたのバイク、頂戴します」


 俺より大分若い。学生風だな。

 キーはどこかな。ショルダーバッグの中…… にはないか。俺はいつもズボンの前ポケットだな。


「ちょっと失礼しますよ」


 お客さんの体を横向きにした。ちょっとためらう。男のズボンだからな。意を決してズボンの前ポケットに手を突っ込む。無い。反対側か? 体の向きを変える。反対側のポケットに手を突っ込む。あった。これだ。

 キーは手に入った。だが待てよ。この人もバイクを大切にしていたかもしれない。大切なものを盗んじゃいけないよな。


「よかったらこれ、受け取ってください」


 俺は自分のバイクのキーを握らせた。交換することで罪悪感を減らそうと思う。ただの自己満足、エゴだとはわかっているが。


 オフロードバイクは今までと比べるとエンジンの回転数が高くなりがちだ。エンジン音はちょっとうるさいし、振動も大きい気がする。でも、軽くて小回りがきく感じだ。あとで本屋に行ってオフロードのライディングテクニックを調べよう。

 本屋…… いかんいかん、もう考えないようにしないと。




 目的のホームセンター系ショッピングモールに着いた。今日の目標は快適な寝床の確保だ。まずは照明を用意しよう。

 アウトドアショップに行ってみると、ここの自動ドアは施錠されていた。まあそうだよね。盗まれそうだもの。商品が。

 裏口に回ってみた。従業員用の出入り口がある。ドアノブに手をかけると開いた。ラッキー。

 中に入るとそこは事務室で、店員さんが椅子に座って寝ていた。一声かけて店に入る。ほかにも店員さんが床で寝ていたが、お客さんはいないみたいだ。正面入り口に行って自動ドアをよく見ると鍵ノブがあった。これを回すと…… 手で開いた。よしよし。次来るときのために鍵は開けておこう。


 電池式ランタンと電池をたっぷりカートに入れて、家具屋に行く。家具屋の自動ドアは開きっぱなしだった。

 店内は結構広い。入口側の面を除いて窓がないので、ちょっと奥に入ると暗くて何も見えない。大型家具の売り場は2階だ。カートを1階に置き、ランタンに電池を入れて、持てるだけ持って停まっているエスカレーターを上っていく。


 流石は家具屋だ。ベッドだけでも30台ぐらいある。一番寝心地の良いやつで寝よう。値段を見て高そうなやつから寝転がってみる。

 …… ? そっか。今までせんべい布団で寝てたからな。ふかふかのベッドはどうも落ち着かない。悲しいな。いくらでも贅沢できる身分になったっていうのに、性根は簡単には変われないものなんだな。とりあえず中くらいの値段のほどよい堅さのベッドで寝ることにしよう。高級ベッドで寝られるようになることは今後の目標にしよう!

 決めたベッドの周りにランタンを並べて、寝具売り場から適当な枕とブランケットを持ってきて準備完了だ。出入り口までの要所要所にもランタンを置いておこう。電池は大量にあるが、交換が面倒だから、明るさ調整できる奴はなるべく暗くしておく。


 寝床はできた。次はこのショッピングモールの探索と物品の調達だ。何度か来たことがあるが、どこに何があるのかざっくり把握しておく必要がある。

 家具屋の隣の服屋に入る。ここの自動ドアも鍵がかかっていない。楽ちんだ。

 これからは洗濯なんかしない。どんどん新品に着替えるんだ。下着類をカートに入れて、室内着としてジャージも調達。

 次はさっき行ったアウトドアショップにもう一回行く。やっぱり服とか靴はアウトドア系が機能的で良いよな。ブランドもののパンツやシャツ、トレッキングシューズ、リュック、帽子、ソックスも揃える。試着なんてしない。一度着てダメなら捨てるだけだ。そもそもそんなに着続けるつもりもないしな。あとはタオル類は多い方が良いよな。

 そうそう、サンダル。家具屋の店内を裸足という訳にはいかないし、いつも靴履いてられないよな。アウトドアサンダルならそのまま外に出ても良いしな。


「そういえば天気はどうなんだろう?」


 もう天気予報は見られない。今日まで雨は降らなかったが、雨の日も動く必要があるかもしれない。カッパやリュックのカバーなんかもカートに入れた。早くもカートが一杯になってしまった。いったん家具屋の1階に運ぶ。


 次はホームセンターだ。ここはいろんなものがあるからな。端から全部見て何が売られているのか知っておこう。

 木材、金属材料、ちょっとした建材、工具、接着剤、作業服、カー用品、事務用品、家の中で使うもの山ほど、家具とかカーペットとか家電もちょっとある。覚えきれないな。

 災害対策コーナーがあった。長期保存の水と食料、これは普通の食品が食べられなくなってからで良いな。

 非常用電源。太陽光で充電してスマホが使える。100Vも出力できるからパソコンも使える。これは必要。非常用トイレとか保温用のアルミブランケットとかは要らない。


 とりあえず、水とお茶とインスタントコーヒー、3日分ぐらいのインスタント食品とレトルト食品に缶詰、菓子も少し持って行こう。どれもこれも普段買わないハイクラスを選ぶ。と言ってもホームセンターだからな……

 酒はいいや。貧乏だから酒飲む習慣がないから。飲み慣れていないからあまり美味いとも思わないんだよね。酒は腐らないから、心底飲みたくなってから始めても良いだろう。

 そうだ。お湯を沸かさなきゃ。インスタント食品にはお湯が必要だ。電気は使えないから、カセットコンロとやかんと鍋を持って行こう。ああ、食器も必要だ。


 時計売り場があった。そうだな。時計も要るな。家具屋の2階は窓がちょっとしかないから、うっかりすると昼夜が解らなくなるかも。スマホ頼りも何だし。アナログの目覚まし時計を持って行こう。

 水道が使えないからな。石けんよりもウエットティッシュの方が良いな。歯ブラシと歯磨き粉ぐらいは持って行くか。ミネラルウォーターで磨こう。

 介護用品の所に清拭用具があった。寝たきりの人の体を拭いてあげる奴だ。今日は風呂の用意をしていないからな。これを使おう。


 家具屋に戻る頃には日暮れが近づいていた。ずっと気が張り詰めているから忘れていたが、そういえば昨夜は睡眠不足だった。飯食ってさっさと寝よう。

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