第45話 勇者様と鉢合わせてしまいました

 大通りで勇者ネロに声をかけられた陽葵ひまりは、ゲッと顔をしかめた。人の良さそうな笑顔を浮かべているが、この男はどうにも信用ならない。荷物を持つと申し出てくれたが、丁重にお断りした。


「お気遣いありがとうございます。ですが、これくらい問題ありませんので」


 会釈をして通り過ぎようとしたところ、ひょいっと荷物を奪われた。


「遠慮しなくていいよ。重い荷物を持ってヨロヨロしている女性を放っておくわけにはいかないからね」


 ネロは穏やかに微笑んでいる。その表情からは下心は感じられない。恐らく善意からの行動なのだろう。


「どこまで運べばいい?」


 陽葵が固まっている隙に、もう一つの袋も奪われる。ここまで来るとわざわざ断る方が面倒だ。


「中央広場の馬車乗り場まで」

「了解」


 荷物が重かったのは事実だ。ここは素直に厚意に甘えることにした。


 少し距離を取りながらネロの隣を歩くと、先日の話題を振られる。


「この間はルナの相談に乗ってくれてありがとう。迷惑じゃなかったかい?」

「迷惑なんてとんでもない。私もルナさんに協力したいと思っているので」

「そうか、ヒマリは優しいんだね」


 しれっと呼び捨てにされたことに引っかかったが、指摘はせずにいた。距離を詰めるのが異様に早い。やはりこの男は油断ならない。


 警戒しながら距離を取ってネロの隣を歩く。すると二人組の子供が陽葵の隣を追い越していった。5歳前後の男の子と女の子が手を繋いで走っている。


 元気だなぁと思いながらしみじみ眺めていると、男の子が石畳に躓いて派手に転んだ。膝を擦りむいたのか、男の子は大通りの真ん中で泣き始める。


「大変!」


 陽葵が駆け寄ろうとした途端、ネロが先に男の子のもとへ駆け寄った。男の子のもとまでやって来ると、ネロはその場でしゃがんで声をかける。


「大丈夫かい? 派手に転んだね」

「ふえぇぇぇ! 痛いよぉ!」


 男の子は地面に転んだ状態で泣きじゃくっている。隣にいた女の子はオロオロしていた。


「あー、膝を擦りむいているね。これは痛いね」


 怪我の具合を見たネロは、男の子をひょいっと持ち上げて、道路の脇に移動させる。懐から白いハンカチを取り出すと、怪我をした箇所に巻き付けて止血をした。


「とりあえずこれで大丈夫」


 ネロはにっこり微笑みながら男の子の頭をポンと撫でる。男の子は膝とネロを交互に見つめながらお礼を言った。


「ありがとう、ネロ」

「うん、どういたしまして。家に帰ったら消毒してね」

「わかったぁ」


 応急処置を終えると、子供たちは「ネロ、ばいばい」と手を振りながら去っていった。一部始終を見ていた陽葵は、ネロに近付く。


「意外と優しいんですね」

「意外と?」

「ああ、いえ! 優しいんですね」


 陽葵が慌てて言い直すと、ネロはクスクスと可笑しそうに笑った。女好きのチャラ勇者かと思いきや、案外優しい一面もあるらしい。


 とはいえ、油断は禁物だ。中央広場まで歩き出したタイミングで、陽葵は気になっていたことを尋ねてみた。


「ひとつ、聞いてもいいですか?」

「なんだい?」

「ルナさんのことをどう思っているんですか?」

「そりゃあ、愛しているよ」


 即答された。ネロは表情一つ変えず、真っすぐ前を見つめながら当然のことのように答えた。


「でも、他の女性も口説いてるそうじゃないですか」


 ルナのことを愛しているなら、他の女性を口説くことなんて軽率な真似はしないはずだ。そんな常識に捉われながら尋ねると、意外な言葉が返ってきた。


「昔から素敵な女性がいたら口説けと教えられてきたからね」


 ネロは悪びれる様子もなくサラッと答えた。そこで陽葵はルナの言葉を思い出す。


 ネロは初代勇者の血を引いている。あちこちの女性に言い寄っているのは、初代勇者の血を絶やさないためなのかもしれない。


 だけど事情を知ったからとはいえ、「はい、そうですかー」と簡単に納得できるものではない。ネロの行動が原因でルナが傷ついているのは紛れもない事実なのだから。


「そうやってフラフラしていると、いつかルナさんに逃げられちゃいますよ」


 ちょっと意地悪な言い方をしてみる。するとネロは立ち止まり、驚いたようにこちらを見ていた。そこに追い打ちをかけるように言葉を続ける。


「ルナさん言ってましたよ。あなたが他の女性を口説いている姿を見ると嫉妬してしまうって」

「ルナがそんなことを……」


 どうやら気付いていなかったらしい。鈍感なのもそれはそれで問題だが、わざとやっていたとしたら余計にたちが悪い。悪意がない分、まだ話し合いの余地があるような気がした。


 ネロは深刻そうな表情をしながら腕組みをする。


「そうか、僕はルナを傷つけていたのか。ならばこれからは、ルナに見えないところで口説くとしよう」

「いやいや、余計にたちが悪い! 本当に嫌われますよ?」


 ダメだ、この人……。斜め上の発想に、陽葵は頭を抱えた。呆れる陽葵とは裏腹に、ネロは穏やかに微笑んだ。


「そうならないように努力するさ。もし逃げられたとしても、全力で追いかける」


 陽葵は顔を上げる。ネロは迷いのない瞳で言葉を続けた。


「僕はルナのことを世界で一番愛している。だから誓ったんだ。この身が朽ち果てるまで彼女を守ると」


 相変わらず歯の浮くようなセリフだ。だけど好きな相手からそんな言葉をかけられたら、舞い上がってしまうのかもしれない。


 ほんの少しだけネロに対する印象が変わった。言動はチャラいけど、ルナのことはちゃんと愛しているようだ。根本的に悪い人ではないのだろう。ただ、陽葵とは価値観が大きく違うだけ。


 陽葵は小さく溜息をつく。そのまま馬車乗り場までの道を急いだ。その後ろをネロが呑気に歩いていた。


~*~*~


 馬車乗り場に到着してから、ネロから荷物を受け取る。馬車の到着を待っていると、ネロは何気なく呟いた。


「君は不思議な子だね」

「どこがです?」

「この国にはない不思議なものを発明するし、ほかの女性とは少し違った考え方をする。君みたいな子には初めて会った」


 一体何が言いたいのだろう? チラッと表情を伺うと、目が合ったネロににっこりと微笑みかけられた。


「だけどなぜだろう。君は僕と同じ匂いがする」

「同じ匂い?」

「うん、もしかして故郷が一緒なのかな?」


 この国で生まれ育ったネロと故郷が一緒なんてことはあり得ない。陽葵は大きく首を振った。


「そんなはずはありません。私はこことは違う『東京』という場所で生まれ育ったんですから」


 その直後、ネロは驚いたように息を飲んだ。かと思えば、目を細めてどこか嬉しそうに笑った。


「トウキョウ……そうか。だからか……」


 どういう意味だ? 聞き返そうとした時、軽やかな馬の足音と車輪の音が聞こえた。乗合馬車が到着したようだ。


 馬車が到着したことを確認すると、ネロはサッと陽葵のもとから離れる。


「じゃあね、ヒマリ。結婚式には君と魔女様も招待するよ」


 笑顔を浮かべながらひらひらと手を振るネロ。その姿を見て、やっぱりチャラいなぁと思ってしまった陽葵だった。

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