第27話 のんびり町に向かいましょう

 余所行き黒いワンピースに着替えてから、陽葵ひまりはティナに声をかける。


「じゃあティナちゃん、お店の方はよろしくねー」

「ああ、気を付けて行ってこいよー」


 ひらひらと手を振るティナに見送られながら、陽葵はロミと一緒に店を出た。


「では、行きましょうか。ヒマリさん」

「うん! よろしくね、ロミちゃん」


 二人は森の中を並んで歩く。見上げると木々の隙間から澄んだ青空が覗いていた。耳を澄ませると鳥のさえずりが聞こえてくる。大きく息を吸い込むと湿った土の匂いを感じた。大都会とはほど遠い、豊かな自然に包まれると清々しい気分になった。


 ふと隣を見ると、ロミのふさふさとした尻尾が楽し気に揺れていることに気付く。ふわっと腕に触れるとくすぐったい感覚になった。ロミ本人は気付いていないようだが。


(もふもふしたいけど、いまはやめておこう)


 陽葵はもふもふ欲をグッと堪えて、先を急いだ。


 森を抜けると一本道が伸びている。その両側にはラベンダー畑が広がっていた。一本道をひたすら真っすぐ進めば町に辿り着くのだけど……徒歩で行くのは少し時間がかかる。


 そこで陽葵は密かに気になっていたことをロミに尋ねた。


「ずっと気になっていたんだけどさ、お店に来るお客さんってどうやって来てるの? みんな頑張って歩いて来てるのかな?」


「乗合馬車で行き来している方が多いですね。ラバンダ農家と町までの区間は、乗合馬車が行き来しているので。裕福なご家庭のお嬢さんは自家用馬車で来ているようですが」


「そうだったんだぁ。それなら行き来するのもそこまで大変じゃないんだね」


 ラバンダ農家までの交通手段があるならお客さんが来られるのも納得できる。コスメ工房は森の入り口に近い場所にあるから、ラバンダ農家から徒歩で向かってもそれほど時間がかからない。


「乗合馬車に感謝だね」

「ですねっ。今日は私達も乗合馬車を使いましょう」

「賛成!」


 二人はラベンダー畑に佇む停留所で馬車を待つ。木製ベンチに座ってお喋りしながら待っていると、遠くから軽やかな馬の足音と車輪の音が聞こえてきた。


「馬車が来た!」

「乗りましょう」


 馬車が停車すると、若い女性が楽し気にお喋りをしながら降りてきた。コスメ工房のお客さんだろうか?


「こんにちはー」


 女性達に声をかけると、彼女達も陽葵の存在に気付く。


「あ、ヒマリさんこんにちは! 化粧水いつも使ってます」

「私もです! 今日は新しく出たクリームファンデを買いに来たんですのよ」

「わぁー! そうだったんですね! ありがとうございます!」


 やっぱりコスメ工房のお客さんだった。名前を覚えてくれていたことも嬉しい。


 楽しそうにお店へ向かう彼女達を見送った後、陽葵は馬車に乗り込んだ。ロミの隣に座ると馬車が発車した。


 陽葵は外の景色を眺める。目の前にはラベンダーで覆われた紫色の大地が広がっていた。やっぱりこの景色は美しい。


 心地よい風を感じながらぼんやりと景色を眺めていると、農作業をしているロラン爺さんを発見。陽葵は大きく手を振りながら声をかけた。


「おーい、ロラン爺さーん」


 陽葵の声に気付いたロラン爺さんは顔を上げる。それからゆっくり腕を持ち上げながら手を振り返してもらえた。「ふぉっふぉっふぉっ」という笑い声も聞こえてきたような気がした。


 のんびりとした穏やかな時間が流れる。もとの世界に居た時は、こんな風にゆったりと景色を眺める余裕はなかったように思える。電車やバスに乗っている時は、すぐにスマホを開いていたから。


 太陽の光や風の心地よさや花の香りを感じながら、ぼーっとするのも悪くない。そうしみじみと感じていた。

             

 ふと隣に座るロミに視線を移すと、本を開いて何かを読んでいた。さりげなく覗いてみると、機械の設計図のようなものが書かれている。


「そういえばロミちゃんは発明家だったよね? 何を作っているの?」


 興味本位で尋ねてみると、ロミはノートから視線を上げて自慢げに答えた。


「よくぞ聞いてくれました! この前は生卵を割る機械を作りましたの」

「卵割り機ってこと?」

「はい。町のお菓子屋さんに依頼されて作りましたの。卵を大量に使うからいちいち殻を割るのが面倒だったそうで」

「そんなのも作れるんだぁ」


 この世界にも卵割り機が存在するのは意外だった。だけど陽葵はさらに驚くことになる。


「それだけじゃありませんよ。町中の落ち葉を吸い取る機械やフルーツを入れるだけでジュースが作れる機械も作りましたの」

「凄い! 掃除機やミキサーみたいなものまであるんだね」


 陽葵は感心した。ロミの頭脳があれば、もとの世界にある機械を再現できるような気がした。まさしく天才発明家だ。


「なんでそんなに機械に詳しいの? 前に一人でお仕事をしているって言っていたよね?」


 独学で機械の知識を得たとなれば異次元の天才だ。だけどそうではなかったようで、


「機械のことはお爺ちゃんに教わりましたの。私はお爺ちゃんっ子だったので、いつも傍でお仕事を見ていましたからね」

「お爺ちゃんも発明家だったの?」

「はい。……と言っても、2年前に亡くなってしまいましたけどね」


 元気に話していたロミの表情に影が落ちる。だけどそれはほんの一瞬で、すぐに太陽のようなキラキラとした笑顔を浮かべた。


「私はお爺ちゃんから教わった知識を活かして、誰かの役に立ちたいんです。それが私の夢です」


 眩しい笑顔を見て、陽葵は頬を緩める。


「素敵な夢だね」


 異世界の女の子も自分の夢を見つけて頑張っている。その事実を知っただけでも勇気を貰えた。

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