第14話 謎の少女と美形な騎士さん
「そろそろ完売しそうだね!」
「そうだな。正直、ここまで上手く行くとは思わなかった」
化粧品と乳液の初回販売は大成功で終わりそうで、
その直後、見るからに怪しい人物がこちらに駆け寄ってきた。
真っ黒なローブで顔と身体を隠している人物が、陽葵たちの前でぴたりと足を止める。
「化粧水と乳液とやらを売っているお店は、こちらでよろしいのかしら?」
聞こえたのは少女らしい可愛い声。よく見ると身長はティナと同じくらいだ。ローブを着た人物は、小柄な女の子なのかもしれない。
「はい! そうですよ!」
怪しさを感じながらも陽葵は元気よく返事をする。するとローブの少女は、ごそごそと服の中を漁ったあと、おずおずと金貨を差し出した。
「私にも1つ……いえ、2つ頂けるかしら?」
「かしこまりました!」
一度に2つも売れたことに感激しながら、陽葵は化粧水と乳液を2つずつ差し出す。
「待ってくださいね。いまお釣りを渡すのでー」
おつり用の銀貨をいち、にー、さんと数えていたところ、ローブの少女が突然慌て始めた。
「マズイわっ……。セラがもうあんなところに……」
切羽つまった声でそう呟くと、ローブの少女はバッと走り出した。
「お釣りは結構よ!」
「ああっ! ちょっと!」
陽葵が呼び止めるも、ローブの少女はお釣りを受け取ることなく走り去っていった。
「行っちゃった……」
「相当慌てていたようだったな」
陽葵とティナはぽかんとしながら、ローブの少女が消えていった方面を眺めた。
その直後、またしても風変わりなお客さんに声をかけられた。
「お嬢様方、ちょっと話を伺ってもよろしいでしょうか?」
目の前に現れたのは、腰に剣を携えたスラッと背の高い人物。170センチは軽く超えているように思える。涼し気な目元と薄い唇からは中性的な雰囲気が漂っていた。金色の長い髪を後ろに束ねているのも特徴的だ。
「カッコいい……」
陽葵は思わずうっとりする。カッコよさの中に、美しさや色気が含んでいるのも魅力を感じさせる要因だ。
ぽーっと眺めていると、ふわりと笑いかけられた。
「お褒めいただき光栄です。可愛らしいお嬢さん」
「はうっ……」
美形スマイルをもろに食らったことで、陽葵は胸を押さえながら崩れ落ちた。使い物にならなくなった陽葵を、ティナが引き気味に見下ろしている。
それからティナは陽葵を置き去りにして話を進める。
「王国騎士が何の用だ?」
「こちらに黒いローブを着た人物が来ませんでしたか?」
「ああ、来たが」
「どちらに逃げていったか教えていただいても?」
「あっちに走って行った」
「情報提供ありがとうございます。では私はこれで」
美形さんは折り目正しくお辞儀をすると、颯爽と去っていった。陽葵は胸を押さえながらその背中を見つめる。
「なに? あの美形さん」
「あれは王国騎士だな」
「騎士!? そんなのがいるんだ」
現代日本では馴染みの薄い役職を聞いて陽葵は目を丸くした。だけど考えてみれば、王様がいるのであれば騎士が居ても不思議ではない。
騎士ということはカッコいいだけでなく、腕っぷしも相当なのだろう。
「凄いなぁ。あんなカッコいい男の人は、もとの世界にはそうそういないよー……」
うっとりしながら呟くと、ティナから衝撃の言葉を付けられる。
「あいつは女だぞ。たしか第三王女の専属騎士だったはず」
「ええ!? 女性なの?」
驚きのあまり思わず大声をあげてしまう。あの凛々しい美形さんが女性だったなんて信じられない。
だけど言われてみれば、男性と比べると線の細い身体つきをしていた。華奢というわけではないのだけれど、男性にしては若干の頼りなさを感じる。
「そっかぁ、女性なのかぁ。それはそれで良きかな」
「なんだよ、良きかなって……」
ティナからは引き気味な視線が飛んできたが、構わず話を続ける。
「騎士さんはさっきのローブの子を探していたみたいだね。何があったんだろう?」
「さあ? お尋ね者を追っているのか、あるいは……」
「あるいは?」
「いや、考え過ぎか。気にするな」
含みのある言い方をするティナに疑問を抱きながらも、この話はここで終わった。
~*~*~
陽が落ち始めて、中央広場がオレンジ色に染まった頃、持ち寄った化粧品が完売した。
「全部売りきったぁ!」
「ああ、今日だけでたんまり稼げたな」
銀貨がたっぷり入った袋を見て、ティナは頬を緩めた。
自分たちで作った化粧品が売れたこと自体ももちろん嬉しいのだけれど、こうしてお金が入ってきたことも喜ばしかった。
これで目的のひとつが達成できそうだ。
「よし! 今日はたんまり稼いだことだし、食べに行きますか!」
「食べるって何を?」
「決まってるじゃん! お肉だよ、お肉!」
陽葵の言葉に、ティナはハッとしたように目を輝かせる。
「肉……」
念願の肉を想像をしたのか、ティナはごくりと唾を飲み込んでいた。
貧困生活をしていたティナは、肉を食べることなんて滅多にない。だからこそ、まとまったお金が入ったら、真っ先に食べさせてあげたかった。
化粧品が完売したいまなら、それも叶いそうだ。
「ティナちゃん。お肉を食べに行こう」
陽葵は手を差し伸べる。いつものように無視されてしまうかなと思いきや、今日のティナは違った。
「ああ、そうだな」
ティナは素直に陽葵の手を握る。その顔には、はにかんだような笑顔を浮かんでいた。ティナの笑顔を目の当たりにして、陽葵は心臓を打ち抜かれる。
「かぁぁわいすぎる……」
「は?」
「ううん! なんでもないよ! それよりお肉を食べられるレストランを探そう」
ティナの機嫌を損ねないようになんとか取り繕う。それから二人は、店が立ち並ぶ大通りへ走って行った。
手頃なレストランを見つけ、二人はオープンテラスの席につく。どこからともなくケルト音楽のような陽気な音楽が聞こえて、心が弾んだ。
すっかり日の落ちた大通りには、温かな光を放つ街灯が立ち並んでいる。そのおかげで夜でも明るさを保っていた。
「仕事終わりにお洒落なレストランに行くのって憧れてたんだー。残業続きだと夕飯なんて適当になるし、たまにある飲み会も駅前の大衆居酒屋だったからねー」
仕事終わりにお洒落なレストランに立ち寄って、ワインを傾ける。これぞ陽葵の思い描いていたキラキラした社会人ライフだ。実際のところ陽葵は酒に弱く、ワインなんて飲めないのだけれど。
そんな理想のアフターファイブが異世界で叶ったのだ。あらためて異世界にやってきて良かったと実感した。
嬉しさをしみじみと噛み締める陽葵とは対照的に、ティナはどこかソワソワしていた。
「ティナちゃん、大丈夫~?」
「あ、ああ。大丈夫だ。久々に肉と対面するから少し緊張しているだけだ」
「大袈裟だなぁ」
ティナにとっては肉を食べるのは身構えてしまうほどに特別な出来事らしい。いつもはクールなティナが、肉を心待ちにしてソワソワしているのはなんだか可愛らしく思えた。
「お待たせしました。赤身ステーキでございます」
エプロン姿のお姉さんが、二人分のお皿を持ってやって来た。
「来たっ!」
料理が運ばれてきたのを確認すると、ティナは背筋を伸ばした。
お皿には断面が鮮やかなワインカラーになったステーキが3切れ。ステーキの付け合わせには、カリフラワーとアスパラのような野菜も添えられていた。
「うわぁ。美味しそう!」
「ああ、上手いに決まってる」
ティナはナイフとフォークを握って、緊張した面持ちで肉を切り分けた。そのままぱくっと一口。
「んーっ! んまいっ」
ティナはとろけたような笑顔で絶賛していた。その反応を見て、ほっこりしてしまう。
「良かった、良かったぁ」
陽葵はじみじみと目を細めながら、おばあちゃんのように微笑んだ。
陽葵も肉を切り分けてぱくっと食べる。口の中に肉の旨味とコクのあるソースが広がって、思わず頬が緩んだ。
「美味しい! この国は料理が美味しいんだね」
海外旅行で食事が合わなくてストレスを感じるように、異世界の料理が合わなくてストレスを感じるかもしれないと懸念していたが、その心配は無用なようだ。
ちゃんと働いてお金を稼げば、美味しい料理にありつくこともできそうだ。
目の前で美味しそうに肉を頬張るティナを見て、陽葵は決意を新たにした。
「ティナちゃん。化粧品を売ってじゃんじゃん稼いで、好きなだけお肉が食べられるようになろうねっ!」
拳を握りながら宣言する陽葵。その言葉を聞いて、ティナは肉を味わいながらも冷静に指摘した。
「いやだから、お前はもとの世界に帰る方法を探せよ」
◇◇◇
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます!
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