第4話 魔女に箒ときたら飛ぶしかないでしょ!

 何でもするから保護してほしい。陽葵ひまりは目の前の魔女さんにそう頼み込んだ。


 魔女さんは両手を組みながらしばらく悩んだ末、決心したように陽葵と視線を合わせた。


「店を手伝ってくれるなら、うちに置いてやらないこともない」


 居候を許可してもらえて、陽葵は表情を明るくする。


「ありがとう! 魔女さん! いや、ティナちゃん!」


 陽葵はティナの両手を掴む。そのまま喜びを露わにするように、ぶんぶんと上下に振った。ティナはされるがままにユラユラと揺らされている。


「おい、腕が取れる」


 そう指摘されたところで、陽葵はパッと手を離した。


「ごめんね、痛かったよね」

「痛くはないが、鬱陶しかった」

「辛辣だっ!」


 ティナは可愛い顔をしているが、存外クールな性格らしい。魔女らしいといえばらしいのだけれど。


 陽葵から解放されたティナは、パンパンと軽く手を払いながら尋ねる。


「そういえば、お前の名前を聞いてなかったな」


 ティナの言葉で、自分が名乗っていなかったことに気がついた。陽葵は姿勢を正しながら笑顔を浮かべた。


「私は陽葵。佐倉陽葵だよ!」

「ヒマリか。覚えておこう」

「うん! よろしくね、ティナちゃん」


 握手を求めるように手を差し伸べるも、無視されてしまう。虚しさを感じながらも陽葵は手を引っ込めた。


 挨拶を済ませたところで、ティナは両手を前にかざした。


「パラドゥンドロン」


 そう唱えた直後、ポンっとシャンパンの蓋を開けたような小気味いい音が響く。同時にティナの手元に箒が現れた。


 現実離れした光景を見て、陽葵は目を丸くする。


「なにいまの!?」

「なにって、魔法だけど……」

「魔法!?」


 驚きのあまり、ティナの言葉を繰り返す。ティナは至極当たり前のことのように言っているが、陽葵にとっては信じられない光景だった。


 あらためて自分がとんでもないファンタジー世界に来たことを思い知らされた。


 魔女に箒とくれば、やることはひとつしかない。


「もしかして、箒で空を飛ぶの?」

「そうだけど……」


 面倒くさそうに答えるティナとは裏腹に、陽葵は目を輝かせた。


「魔女さんって本当に箒で飛ぶんだぁ!」


 想像上の魔女と同じ行動を取ろうとしていることに親近感を覚える。盛り上がる陽葵を横目に、ティナは箒に跨った。


「おい、さっさと乗れ」


 ティナは箒の後ろを指さしながら指示する。


「乗っていいの?」

「ああ、不本意ではあるけどなぁ」


 陽葵はご厚意に甘えて、箒の後ろに跨った。


「しっかり掴まっていろよ」

「はーい」


 ティナの背中に両手を回して、ぎゅっとしがみつく。するとティナから白い目を向けられた。


「箒に掴まってろって言ったんだ」

「ああ、そっちか!」


 陽葵は慌てて手を離し、箒を掴んだ。陽葵がしっかり掴まっていることを確認すると、ティナはもう一度呪文を唱えた。


「パラドゥンドロン」


 直後、ふわっとした浮遊感に包まれる。箒はゆっくりと浮上して、あっという間に木の高さまで到達した。


「うわぁ! 本当に飛んでる!」


 非現実的な現象を目の当たりにして、陽葵は目を輝かせた。


「じゃあ、帰るぞ」

「はーい!」


 二人を乗せた箒はぐんぐん前方に加速していく。心地よい風がふわっと頬を撫でる。まるで自転車に二人乗りをしているような感覚だ。


 遠くに視線を向けると、丘の頂上に西洋風の白いお城が見えた。その周りには褐色屋根の建物が立ち並んでいる。


「もしかしてアレがお城?」

「そうだ。城の傍には町が広がっている」

「へー! 行ってみたいなぁ」


 異世界の町とはどんなものなのか? 想像を膨らませながらウキウキしていると、呆れたような溜息が聞こえてきた。


「随分ノー天気なんだな。異世界に飛ばされたとなれば、もっと戸惑うものなんじゃないか?」

「はっ……確かに……」


 考えてみれば、いまの陽葵は心の底からファンタジー世界を楽しんでいる。そこに不安や戸惑いはほとんどない。


 こんなにもお気楽で居られる自分に少し驚いた。だけど、こうした心境で居られる理由に心当たりがある。


「なんかさ、明日は会社行かなくていいって思ったら、気が楽になって」


 陽葵はへらっと笑いながら答える。


 社会人としてはどうかと思う発言だが、働き詰めで疲弊していた心は無意識にリフレッシュを求めていた。


 そしていま、仕事から離れて現実離れしたファンタジー世界に浸っている。こんな面白い展開は願ってもないことだ。


 陽葵の心は、夏休み前の子供のようにウキウキしていた。


「よく分からないが、あんまり褒められた理由ではないような……」


「細かいことは気にしない、気にしない! こーんな面白い出来事に巻き込まれたんだから、楽しまなきゃ損でしょ!」


 陽葵は持ち前の明るさで、その状況をポジティブに捉えていた。


~*~*~


 こうして佐倉陽葵は、魔女のティナの保護下で異世界に留まることになった。


 可愛い魔女さんに癒されながら束の間のリフレッシュができると思いきや、実際にはただ休んでいるわけにもいかない事態に直面することに……!?




◇◇◇


ここまでお読みいただき誠にありがとうございます!

「続きが気になる」「陽葵とティナの掛け合いをもっと見たい!」と思っていただけたら、★★★で応援いただけると嬉しいです!


作品URL

https://kakuyomu.jp/works/16817330668383101409

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