【桃月 茜】編

第13話 女の子の敵は自分の敵

 帰りが少しづつ遅くなって来た次の日の放課後、俺はで駅のホームに立ち、少し離れた場所にあるショッピングモールに向かうところだ。


 うちの高校の辺りは自然が多く、どちらかというと近代的ではない雰囲気がある街で、大きなショッピング施設などは電車に乗って行かないと近くには無い所は少し不便だ。まぁその分電車や道路の整備などの交通の便は悪く無いのだが。


「……にしても勇次…なんでお前は今日に限って熱出すんだよ…」


 そう何故一人で俺がホームに立っているのかというと、今日の放課後に一緒に買い物に行こうと言っていた勇次が、今日になって熱を出したからだ。

 あの馬鹿代表…いや元気の塊みたいな勇次が熱を出すなんていつぶりだろう?


 本人曰く「知恵熱が出たんだ!」と言っていたが、勇次に限って知恵熱なんて…アイツいつの間にギャグセンスをあげたんだと最初は思っていたが、昨日の俺のことが関係しているのかなと思うと少し申し訳なくなった。


 幸いそこまで高い熱では無かった為、ショッピングモールに着いたら勇次とビデオ通話をして意見をもらうことになっている。


『おい…あの子めちゃくちゃ可愛くね?』

『あ、あぁ…すげえ美少女じゃん…お前声かけてみろよ』

『……いや、あの両脇の子達が刺し殺す様な視線向けて来てるからやめとこうぜ…あの子らも可愛いけど…』


 そういう周囲の声が聞こえて来るが、俺としては関係のないことの為スルーしながら電車を待っていた。


「はぁ…一人で服屋に行くなんて俺にはハードル高………ん?」


 不意に俺は右奥から視線を感じ、そちらに視線を向ける。すると周囲の人混みの隙間を縫う様に俺の事を見つめている。

 その子は俺と同じ三恋高校の制服を着て、細い脚に黒いタイツを履いており、リボンの色から俺と同じ学年であることはわかったが、俺は見た事のない生徒だった。


 それに俺から見ても超がつくほどの可愛い子で、地毛であろう綺麗な茶髪をツーサイドアップにしている。俺と違って綺麗に整った顔に大きな目、幼さを残している為かとても庇護力を掻き立てるような容姿。しかしその見た目に合わない程の大きな胸部………っていかんいかん。離れているとはいえ、女性の身体を盗み見るなんて…


 とにかく、俺にとっては近づけないようなオーラを見に纏った女性が俺のことを見ている。…念のために横を見るが、俺の横にはホームの休憩所の壁があるだけで誰もいない。


(…気の所為じゃないなら俺のこと見てるのか?)


 何故?と考えていると、ホームに電車がやって来た。


『一番乗り場に到着しましたのは〜〇〇行き電車です。お乗り間違えのないようご乗車ください』


 そうアナウンスが聞こえたと同時に、ホームにいたほとんどの人がその電車に乗り込み、車内は一気に満員となる。

 俺が乗ろうとした車両はもういっぱいいっぱいだったので、右側の車両にズレて乗ることにした。


 車内はやはり隣よりはマシとはいえ、帰宅ラッシュが始まりかけている時間帯という事もあって混雑はしていた。俺は人混みに揉まれ、あっという間に出たいドアの反対側のドア付近まで流されてしまった。


(まぁ数駅先だし…スマホでも見ながらやり過ごすか…)


 そう思った俺はスマホをいじりながら過ごすことにした。



 それから数十分ほど経ち、次の次で目的の駅に到着というところで新しく人が増え、車内はさらに混雑して行った。


 すると俺の近くにさっき見た茶髪の女の子が不安そうな顔でキョロキョロと当たりを見渡していた。……そういえばさっきまで一緒に居た二人の女の子がいないな…はぐれたのか?


 するとその子を狙って来たように、一人の中年男性がその子の後ろに立った。……人を容姿で判断したくはないが…なんというか俺が嫌いな感じのいやらしい顔をして居た。


『発車いたします。ドアから離れて下さい』


 そのアナウンスと共に電車は発車した。


 隣の駅まではここから少し長い為、俺はまた数分ほどスマホを触っていると、さっきの女の子が酷く怖がっているような…困ったような、必死に何かを耐えているような表情をしていた。


 俺はふとさっきの男を思い出し、目を向けると鼻息を荒くした男がその子のお尻を触っているのが見えた。


【痴漢】…本物を見るのは初めてだった。


 しかし俺は考えるよりも体が先に動きあの女の子に申し訳ないと思いながらも、まずスマホで男の痴漢の映像を数十秒撮った後、俺は人を掻き分けてその子の元に向かう。

 そしてすぐに男の手を取り、少し大きな声で叫んだ。


「この人痴漢です!僕のお尻を撫で回すように触って来ました!!!」


『はぁ?!ち、違う!俺は…!』


『なんだなんだ?』

『痴漢?サイテ〜…しかも男にとか…ウケるw』

『あんな冴えない奴にとか…趣味悪くね?横の女の子なら分かるけどさw』


 そう周囲が騒然となりながらも、困惑と奇異の目で俺とおっさんのことを見て来る……正直めちゃくちゃ注目されているが、そんなことを気にしている場合ではない。


「おいおっさん。アンタは痴漢したんだ、次の駅で降りて貰うからな」


『し、してない!離せぇ!!!』


 そうおっさんが焦ったように暴れて俺から逃げようとするが、俺は掴んだ手に力を入れて離さない。そして逃走阻止におっさんの足を俺の足で踏みつける。


『いでででで!!は、離せぇ!!!このクソガキィ!!』


 そう禿げたおっさんは俺に叫ぶが……うん全く怖くない。ってか臭いなこいつ。


 目の前でずっと喚いている臭いおっさんが耳障りだった俺は、目の前の【敵】に髪を少しかき分け、ドスの効かせた低い声で鋭く睨みつけながら小さく呟いた。


「おい、お前の腕とか玉を潰そうと思ったら今すぐ出来んだ。無駄な抵抗すんなよ間違えて折っちまうぞ?」


『ヒッ……?!』


 さっきまで喚いて居たおっさんは、ミシミシと音を立てる自分の腕にビビったのか、俺の睨み脅しにビビったのかはわからないがすぐに大人しくなった。

 そして大人しくなったおっさんから目をそらし、顔をまた隠してその女の子に声をかける。


「すみません、痴漢の証人として一緒に次の駅で降りてもらってもいいですか?(…僕のスマホに証拠があるので)」


「…!は、はい…わかり…ました」


 その女の子は最初は事情がわからない顔をして居たが、俺の意図を察してか俺と一緒に次の駅で降りてくれることになった。

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