第25話 一緒にいると楽しい
隼人と約束した日曜日はあっという間にやってきた。
白のニットに茶色のプリーツスカート。紗耶香とデートとした時みたいに悩むことなく、量産型の女子高生と言ってもいいコーデに身を包み家を出た。
駅までの道のり、向こう側から歩いてくる中年男性がすれ違う瞬間、視線を下げて僕の下半身を見た。
それは一瞬だけでまた上に視線を移し、何事もないようにすれ違っていく。
女性の脚を凝視することはできないが無視することもできない男性の悲しい習性を憐れむことはあっても、スカートを履き始めたときのような恥ずかしさはもうない。
電車とバスを乗り継ぎ隼人の家にたどり着くと、白の姫系ワンピを着た隼人がにこやかな笑顔で出迎えてくれた。
横髪を編み込みでまとめたハーフアップ、輝くラメ入りのアイメイク、念入りな準備をしてくれた隼人に、適当なコーデを選んでしまった自分を恥じてしまう。
「隼人、かわいいよ」
「ありがとう。光貴もそのネックレスかわいいよ。さっ、ほら、上がってよ」
Vネックで空いた胸元が寂しいと思ってお年玉で買ったネックレスに、隼人が気づいた。女装するようになって相手の身なりをチェックする癖がついてしまったが、それは隼人も同じだったようだ。
2階の隼人の部屋に上がると、すでにゲーム機はセットされてあった。
ちょっとテンションの上がっている隼人は、さっそくどのゲームにするか聞いてくる。
「定番の格ゲーからやろうか?」
「うん」
ソフトをゲーム機にセットし、ゲームを始める。
僕はいつも使っているパワータイプのキャラを選択し、隼人は非力だがスピードのある女性キャラを選択した。
冬休みのレースゲームと違い、格ゲーは隼人もやりこんでいるようで強い。
スピード感あるふれる攻撃の連続で、僕は守ってばかりで少しずつダメージが蓄積していく。
焦った僕が攻撃に出ようとしたところを、カウンターで大技を入れられあっけなく負けた。
「隼人、強いな」
「このゲームは得意なんだ」
隼人は口角をあげ誇らしげな笑顔を浮かべた。楽しそうな隼人を見ると、僕もテンションが上がってくる。
「よっしゃ、それじゃ次は本気出すぞ」
僕はコントローラーを力強く握りしめた。
◇ ◇ ◇
ドアをノックする音が聞こえ、振り向くと隼人の母親がおやつとコーヒーを載せたお盆を持って立っていた。
「おやつ持ってきたよ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
ローテブルの上にケーキとコーヒーを置いた後、隼人の母親はにっこり微笑んで部屋を出て行った。
僕の好みを覚えていてくれたみたいで、僕のコーヒーにはミルクが入れられており乳白色に染まっていた。
「このミルクレープ、私が作ったんだ食べてよ」
生クリームとクレープが幾層にも重なり合ったミルクレープにフォークを入れ、一口に口に入れると生クリームの甘さが口いっぱいに広がった。
「隼人、美味しいよ」
僕が褒めるとにっこりと微笑む隼人。男だと分かっていてもかわいく感じる。
思わず惚れてしまいそうな隼人から視線をそらすと、部屋の本棚に「性同一性障害」「トランスジェンダー」といった単語の入った書籍があるのを見つけた。
ニコニコと微笑みながら、次は何のゲームしようかと尋ねてくる隼人の闇の部分が垣間見える。
「隼人、手術とかホルモン治療とかするの?」
「悩んでいるところ」
思い切って尋ねた僕の問いに、先ほどまでの笑顔は消え真面目な表情で答えた。
「手術しても子供は産めないけど、胸があったり、股間についているものがなければ受け入れてくれる人っていると思うんだよね」
「そうかな?ありのままの隼人でも、いいって人もいると思うよ」
口にしながらも僕自身、男という理由だけで隼人の告白を受け入れられなかった。
もし隼人が本当の女子だったら、姫系ワンピを着て手作りケーキを作ってくれる彼女なんて最高過ぎる。
「いたらいいけど、それに男同士だと結婚もできないしね」
「まっ、将来のことは置いておいて、今はゲームしよ」
寂し気な表情でうつむく隼人を見てられず、誤魔化すようにゲームのコントローラーを握りしめた。
◇ ◇ ◇
隼人の家からの帰り道、駅のホームで「今日は、楽しかったよ。また来てね」と笑顔で見送ってくれた隼人を思い出しながら、電車を待っていた。
あんな彼女がいたら幸せだろうな、男という理由だけで拒んでしまっていいのかな、と何度も考えてしまう。
―——ピロリーン
コートに入っているスマホからメッセージの着信音が鳴り響いた。
ポケットからスマホを取り出し確認してみると、紗耶香からの返事だった。
「友加里も誘ったから、3人で買い物行こ」
ダメもとで来週春物の服を買いに行こうと誘ってみたが、案の定友加里も呼ばれて買い物デートの夢はあっけなく散ってしまった。
偽装彼氏とは言え、もう少し何かあってもいいんじゃないかと紗耶香に憤りを感じてしまう。
でもその一方で、それが分かっていて紗耶香の申し出を受け入れた自分自身に対しても憤りを感じる。
―——ピロリーン
再びスマホから着信音が鳴った。
「今日は楽しかったよ。また遊ぼうね。何か食べたいスイーツがあれば教えてね」
隼人の無邪気なメッセージが心に突き刺さったとき、電車が来たので乗り込むことにした。
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