第52話 ヤンヤン、伝説に一歩近づく!

 ゲルマ共和国最強のパイロットクーゲルは、高性能量産機を以て敵軍を押しつぶす、という純血北欧連合の戦い方とは相反する存在である。

 彼はエースパイロットだった。


 三度の飯よりも出撃を愛し、コサック共和国内戦では誰よりも多くのコサックを血祭りに上げた。

 漆黒の専用機、ブンデスアドラーを駆り、彼は戦場を縦横無尽に飛び回る。


 今日の戦場はガザニーア共和国。

 逆らう敵機は全て撃墜した。


「ふっはっはっはっは! 呆気ない! これでガザニーアのMCは終わりか!?」


 ブンデスアドラーはウイングにFMランチャーを二門装備している。

 少しでも動きを止めたものを射抜くこの恐るべき武器を、クーゲルは高速で移動しながら自在に使うことができた。


「コサックどもよりはマシだったな。俺はカラードに恨みは無い。憎いのはコサックだけだが……。首相より賜った命令は果たさねばならんからな! 悪いと思うな!」


 既に敵などいなくなった空を、自在に舞うクーゲル。

 ブンデスアドラーはその翼を大きく広げることで、滑空が可能なのだ!

 実際には重量のあるMCのこと。

 緩慢な落下ではあるのだが。


 それでも、節約できる燃料は圧倒的なものになる。

 どのMCよりも長く空を飛べる。

 これこそが、ゲルマ共和国制式MC、アドラー最大の特徴だった。


 故に、長時間の空中戦で敵MCを撃破することができるのである。

 そんなクーゲルの目に、ガッシャンガッシャンとやって来る、カブトムシ型の陸上戦艦が目に入った。


「あれは……。報告書で見たことがある。コサックどもをめちゃくちゃに叩き潰した船じゃないか! ははは! 面白い! どうやらガザニーアは恥も外聞も捨てて、外国に助けを求めたようだな! だが! 無駄ぁ!!」


 クーゲルは標的を定めた。

 たかが陸上戦艦など、どれほど強固であろうと物の数ではない。

 MCから見れば、陸上戦艦は隙間だらけなのだ。


 故に、このカブトムシ型戦艦も一瞬で落とせる……そのはずだった。


『ヤンヤン、出まーす! さっさと終わらせて帰ろう帰ろう!』


「オープン回線だと!?」


 クーゲルは驚愕する。


『中佐! 良く分からない援軍など我々が仕留めます!』


『待て! 敵を侮るな! 敵はコサックではないのだぞ!!』


 クーゲルに予感があった。

 オープン回線とともに、何者かが陸上戦艦から飛び出してくる。


 その相手は、普通ではない。

 歴戦のパイロットの勘がそう告げていた。


 現れたのは、虎縞のMCである。

 姿を見せたと思った瞬間、凄まじい勢いで加速した。


 一瞬でアドラーたちに肉薄する。


『なっ……!?』


『速いっ……!!』


 声を発すると同時に、二機のアドラーは腕と頭を吹き飛ばされ、大きく体勢を崩した。

 虎の模様のMCは、通過した後、急減速して空中で停止する。


『思ったよりはやーい!! 外れちゃった』


「なんという加速! そして減速! 空戦に特化した新型というわけか!」


 相手が実は全ての勢力の機体の寄せ集めだなどとは夢にも思わないクーゲル。

 ただ、その寄せ集めは『乗りこなすことができるならば、無類の力を発揮する機体』ではあったから、彼の勘は正しかった。


 ゲルマ共和国トップエースは、好敵手の出現に胸を踊らせるのである。


「行くぞ謎の新型よ!! 俺の名はクーゲル! 我が愛機はブンデスアドラー!!」


『あっ、ご丁寧に……! 私はヤンヤンです! この娘はスア・グラダート! 虎です!』


「虎か! こちらは鷲だ! ゲルマの鷲と謎の虎の戦いというわけか!」


『ホホエミ王国です!』


「ホホエミ……? そんな国もあるのだろう! ホホエミの虎とこれから呼ぼう! 行くぞホホエミの虎よ!! ツアーッ!!」


 ブンデスアドラーが天空を切り裂く。

 飛行機雲が発生し、超高速で飛来した黒いMCは、連続射撃をスアに浴びせる。


 スア・グラダートはこれを、体を捻りながら回避した。

 バックパックが展開し、小型の噴射口が出現。

 それが姿勢を高精度で制御する。


 この機体は、完全にパイロットの思うがままに空を移動するのだ。


「やるな!? 俺の射撃を切り抜けた者は初めてだ!」


『うひょー、今まで戦った人の中で一番速いー』


 アドラーのはるか後方で、既にスアは宙返りしながら移動を開始している。

 まるでアドラーの旋回する先を読んだかのように、一直線に向かってくる。


「空中でクロスコンバットを仕掛けるというわけか! よかろう! 仕留めてくれる! ツアーッ! アドラー・クロー!!」


 ブンデスアドラーの腕部に仕込まれた鉤爪が展開する。

 対するスア・グラダートは、腕部に装着されていた得物がせり出してきた。

 まるで槍の穂先が突き出したような装備。

 虎の爪、あるいは牙のような……。


 二機のMCは再び空中で激突した。

 正しく激突である。

 全ての勢いが、得物に掛かる。


『パイルクロー!』


「アドラー・クロー!!」


 スアの爪が爆発とともに突き出され、ブンデスアドラーの爪を粉砕した。

 スアの爪も砕け散った。


「ウグワーッ!?」


 スアの突撃と、パイルクローの炸裂。

 二重の衝撃に打たれて、ブンデスアドラーがくるくる回りながら吹き飛ばされた。

 クーゲルは、衝撃の一瞬、虎が爆発的に推進機を稼働させて衝撃を相殺したのを見た。


『あちゃー! 武器すぐ壊れちゃった! 手ぶらだよ整備長ー!!』


 叫びながら、追撃に移るスア・グラダート。

 崩れた態勢を一瞬で立て直し、既に攻撃の姿勢にある。

 

 クーゲルは態勢を立て直すのが間に合わない。

 万事休す……!!


 今までスアと戦ってきた並のパイロットであれば、ここで命運が尽きていたことであろう。

 あるいは、こうなる前にスアにコクピットを貫かれて終わっていたはずだ。

 だが。


 クーゲルは並ではない。


「こなくそーっ!!」


 吹っ飛ばされながら、無理やりブンデスアドラーのバックパックをフルバーストさせた。

 噴射口から、設計上の許容量を超える炎が吹き出す。

 果たして、ブンデスアドラーは慣性を力技で突破し、上空に吹っ飛んだ。


『うわーっ! に、逃げられたー!!』


 下からオープン回線で悔しがる声が聞こえる。

 クーゲルは襲いかかる強烈なGに苛まれつつ、笑いが浮かんでくるのだった。


「いたじゃないか! 俺と戦える凄腕のパイロットが!! とんでもない技量だ! それに度胸もある! 見ていろ! 必ず再戦してやる! 待っていろよ、ホホエミの虎よ!!」


 クーゲルは高笑いを上げながら、燃料が続く限り飛翔するのだった。


 こうしてゲルマ最強のパイロット、クーゲルをも退けた虎のMC、スア・グラダート。

 その名は全世界に轟くこととなる。


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