第45話 ヤンヤン、天敵になる!

 コサック軍に参加している彼は、勝利を確信していた。

 圧倒的な数!

 そしてコサック共和国の優れた科学技術が生み出した、デスマン-3の安定した性能!


 見よ、環太平洋連合のみすぼらしい部隊を。

 こちらの一割にも満たぬ、しかも老朽化した陸上戦艦を交えてもたった四隻の艦隊だ。

 船を守らんとするMC部隊の数は、五十か、六十か。

 話にもならない。


 また、異なる場所。

 コサック艦隊の中でも最大級の戦艦の中で、最高司令官である男は叫ぶ。


『行け行け行け行け行け! 同志は諸君の勝利をお望みである! 諸君はこの絶対的戦力を以て、正義の打撃を悪しき環太平洋連合に加えんとする槌である! 今まさに凍りついた海を砕き、豊穣な港へと我らを誘う薫風である! この勝利が次なる勝利をへと繋がる一手となる! 行け! 行け行け行け! 押しつぶせ!!』


 コサック軍の群れだった。

 それが一斉に飛び上がり、連合艦隊へと襲いかかる。

 MCの機動性があれば、陸上戦艦の弱点を突くこともできるというものだ。


 もはや、連合に勝ち目なし。


 向こうのMCも次々に飛び上がるが……。

 数が違う。

 練度が違う。

 装備が違う。


 ただでさえ少ない連合のMCは、次々とコサックの射撃を受け、風穴だらけになって落下、爆発をする。

 勝利。

 揺るがぬ勝利……!


 戦争とは数。

 数で優れば勝てる。

 ましてや、練度と装備でも勝っていれば。


『何より我らには、崇高なコサックの魂がある!! 取り戻せ、凍らぬ大地を! ここはコサックの土地である!!』


 最高司令官は、自己陶酔すらしていた。

 どれだけ叫んでも、大仰な事を口にしても、必ず勝利できる戦いならば形になるというもの。

 おお、同志よ!

 私の言葉をお聞き届け下さい!!


 そんな彼の耳に、悲鳴のようなオペレーターの声が届いた。


「か、艦長! 左翼が……左翼が崩れていきます!!」


「なんだと!?」


「……なんだ? 何が起きている。報告せよ、艦長」


「はっ、閣下! 戦術画面を御覧ください!」


 そこには、戦場を単純なシンボルで表現した3D映像がある。

 コサック軍は大きく分けて、三つの部隊に分かれていた。


 右翼、中央、左翼である。

 それが連合艦隊を包み込むようにして襲いかかっていた。


 右翼は既に、敵艦の一隻を包囲しつつある。

 最も多くのMCを搭載していたその船は、あちこちから煙を上げ、既に艦橋は炎に包まれている。

 戦艦を守っていたMCの大部分も落とされていた。


 だが、左翼。

 いや、左翼だった場所。


 そこに、ぽっかりありえない空間があいていた。


「なんだ!? 何が起こっている!!」


「か、閣下……! 発言、よろしいでしょうか……」


 オペレーターの言葉に、総司令官は頷いた。


「一機の……たった一機のMCです。それが、左翼の先端と激突しました。そこから……左翼軍が見る見るその一機に食われていき……!」


「食われる!? それはたかが一機のMCなのだろう!? まるで獣か何かのような表現を使うな! 不正確である!」


「こ、これがその機体の映像です、閣下! まるで、虎(チーゲル)のような……」


「と、虎……!!」


 虎の色の装甲を纏ったその機体を、総司令官は見た。

 過去の映像が映し出される。


 虎と接触したデスマン-3は、一瞬で武器を奪われた。

 そして突然推力を喪失して落下する。

 良く見れば、燃料槽がまるごと引き抜かれていた。


 虎は空中で燃料を交換しながら、片手間にライフルを放つ。

 ぬるりとした動きだった。

 動作に一切の遅滞も溜めもない。


 射撃は次々に、友軍MCに吸い込まれていく。

 数機が落ちた。

 だが、この程度の損耗など……と思ったら、虎はいつの間にか友軍の只中にいた。


 さらに数機がいきなり推力を失って落下する。

 また燃料槽を引き抜かれたのだ。


 今度は数十機が撃ち落とされた。


 ほんの一息の間に、左翼軍はその15%を喪失していた。


「な……なんだこいつは……! 何だというのだ!? 南部大陸同盟が研究しているという強化パイロットか!?」


「か、閣下! 敵は弱小たる環太平洋連合です! そのような技術など……!」


「だったら! だったらあれは何だというのだ!!」


「閣下! 今のは二分前の映像です! もう既に左翼は!」


 オペレーターの悲鳴が響き渡る。

 さらに、別のオペレーターが「敵陸上戦艦動き出しました! こちらに! こちらにまっすぐ向かってきます!!」


「正気か!? MCで潰してしまえ!!」


「閣下、できません!! 左翼消滅! 虎が……虎が中央軍に食いつきます!!」


「なんだと!?」


「に、二十機が一瞬で!」


 虎の勢いが止まらない、止められない。

 数の力で、ほとんど全ての戦いは勝利することができる。

 だが、極稀にそのほとんどに当てはまらない者がいるのだ。


 今目の前に現れた虎縞のMCは、コサック軍が初めて遭遇する天敵だった。

 そして彼らは、天敵に抗う術を持たない。


 虎が切り開いたMCの穴を、真っ向から旗艦目掛けて突進してくる陸上戦艦。

 三本角のカブトムシの姿をしたそれが、尻から猛烈な勢いで火を吹いて加速した。


『吶喊します! 進行方向にいる友軍機はご注意下さい! 吶喊します! 進行方向にいる友軍機はご注意下さい! とっかーん!!』


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