第14話 モナムを訪ねて⑤
「その鳩は、どうなったの?」
「旅の途中で、新たな居場所を見つけて、そこに留まることにしたみたいだよ」
「鳩はなんでサリリについて行こうとしたのかな?」
「さあ、面白そうだったんじゃないかな」
サリリはそう言ったあと、少ししてから、「旅人の石の影響もあるかも」とつぶやいた。
「そのコトリさん、いや、鳩さんは、けっこう僕のことを助けてくれたんだよね。なにかしたわけではないけど、一人じゃないのはなにかと心強かったし、肩に鳥がとまっていると、なぜかいろいろな人が寄ってきて、親切にしてくれたんだ。だから、コトリさんがいたのといなかったのとでは、旅の様子が全然違ってきてたと思う」
私も鳥と一緒に旅をしてみたいなと思った。
「コトリさん、もしかして、もう旅はいいやって思ったのかな」
鳥もそんなことを思うのだろうか。私もいつか、もういいやって思ってしまったりするのだろうか。
そうこうしているうちに、バス停が見えてきた。話を聞きながらだったからか、あっという間だった。結局、三十分も歩かないうちに着いてしまった。
そこから、各方面の小さい村へ行くためのワゴン車、通称ミニバスに乗り換えた。
切符を買って、一番後ろの三人掛けの座席に案内されると、サリリは私に窓際に座るように言った。
窓から外を見ると、陽が、沈みかけの色になり始めている。目的地に着くころには、すっかり暗くなっているのだろう。
さっきは一日の後半だなんて思っていたけど、これから暗くなるにも関わらず、知らない街へ行くことを思うと、まだまだ始まりのような気もする。いつもと時間の流れ方が違って、なんだか楽しい。
数分後に、私たちより少し年上くらいのお姉さんが乗り込んできた。彼女はサリリになにか言う。私の知らない言葉だ。サリリは楽しそうに、同じく私にはわからない言葉で答えていて、なんだか楽しそうだ。つまらなくなってきて、今度は私が眠る番だった。
「着いたよ」と揺り起こされるまでまったく目が覚めなかったのだから、自分が思っていたよりも疲れていたのかもしれない。
窓の外は、すっかり夜になっていた。バスを降りると、そこは、バス停とは言っても何の目印もなくて、ただの町の中心地の隅っこのようだ。みんなはバスを降りて、屋根に括りつけられていた荷物を受け取ると、それぞれの向かうべき方角へと姿を消していった。
私たちはこれからどうするんだろうと思っていると、一人だけ場違いな女の人がいることに気がついた。ほかのみんなは、日常生活の中で色あせていったような服を着ているのに(あるいは暗かったからそう見えたのかもしれないけど)、その人の服は、真新しい布のように、暗い中で白く目立つ。こっちの世界に来てから、こういうきれいな服はあまり見た覚えがない。気候が乾燥しているし、洗濯機もないから、むこうみたいに毎日服を洗う習慣がないんだとサリリも言っていたけれど。
「お久しぶり」
彼女は言った。
「突然電話をもらってびっくりしたわ。元気そうでなによりね」
「迎えに来てくれてありがとう。紹介するよ、こちらが有泉……アリさん。有泉さん、こちらがモナム、さっき話していた人だよ」
思わず、え、と言いそうになる。背は私たちよりちょっと高いくらいだけど、想像していたよりも、ずっと大人に見える。
「なにを話したの?」
「ええと、そういえば途中までしか話してないね」
「動物を捕まえるための落とし穴にサリリが落ちて、助けてもらった話を聞いてた」
モナムは、ふふっと笑った。
「ちょっと歩くけど、大丈夫? おなかすいてない?」
「僕は、バスの中で少し食べたから大丈夫。有泉さんは?」
「私は、ちょっとおなかすいてるかも」
「じゃあ、これを食べて」
近くにベンチがあったので、三人で座って、私とサリリは、もらったくるみとぶどうのたっぷり入ったパンを食べた。
さっきサリリが話していたパンのことを思い出す。干しブドウとクルミが、ぎりぎりまで入れてあって、パンの生地はほんのわずかしかない、それでいて、食べながら、ブドウやクルミがぼろぼろ崩れることもない。空腹だからなのもあるかもしれないけど、旅人だった少年が作ってくれたものよりも、よりおいしいものを作りたいという気持ちが感じられる。
サリリを見ると、さっきはバスの中でなにか食べたなんて言っていたけど、私よりたくさん食べている。モナムは、そんなサリリをうれしそうに見ていた。
街灯もほとんどなくて薄暗いけど、舗装されていない道の、地面の白い色が目立って、どこを歩けばいいのかすぐわかる。私にとっては初めて見る珍しい光景だけど、この街の人たちにとってはこれが日常なのだと思うと、新鮮だ。
そういえば、あっちの世界でサリリと話していたときに、私はモナムに会ってみたいと言ったことがあった気がしてきた。あれからそんなに時間は経っていないのに、本当に会えているのが不思議だった。
「三人だけで夜道を歩いて、大丈夫なの?」
「この町では、大丈夫よ。よそは知らないけど」
街灯が少ないのは、出歩く必要がないのではなくて、防犯の必要がないからかもしれない。
五分くらい歩いたころ、モナムがこんなことを言った。
「せっかく来てもらったのにこんなことを言わないといけないのは申し訳ないんだけど」
なんのことだろう、と思いながらも、うなずいておく。
「あなたたちがここに来たのは、アリさんがどうやったら元いた世界に帰れるのか、私にわかるかもしれないって思ったからだって、そういうことでよかったわよね」
サリリがうんと言う。
「後でまた、じっくりお話を伺うつもりだけど、やっぱり同じことしか言えないと思う。あのね、申し訳ないけど、観るまでもないわよ」
彼女は、念を押すように間を置く。そんなに言いにくいなにかがあるのか、と身構える。
彼女の整った顔立ちを見ながら、街灯の明かりの下では太陽の明かりと違って、明るいところと暗いところがくっきり分かれるんだ、などと思う。
「アリさんは、もともといた世界に戻りたいって、全然思ってないわよね」
言われてみれば、あまりにその通りで、考えもしていなかった。私はしばらくの間、なにも言えなかった。
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