第17話 弄ばれた女

 張り込みを始めてから1時間が経とうとしていた頃。もう止めて帰ろうと思っていたところに睦まじく寄り添う男女の影が現れた。


 男の方は誠さんだった。


 女は見たことがない。わたしは以前の合コンのときぐらいしか彼の周りにいる女は知らない。あれだって初対面だったわけだし……。


 彼の勤める部署は男性が少なく女性が多い職場だと聞いていた。彼いわく『女性が集まると逆に怖い』とのことだったので、あまり気にしていなかったが、それが嘘の場合だってあるということを失念していた。彼を信用しきっていたということか。


 女は誠さんの左腕に抱きつき、彼の横顔を見上げながら楽しそうに嬉しそうになにか話している。話の内容まではこの距離ではわからない。誠さんも心なしか楽しそう。


(あんな顔わたしの前でしないのに……)




 眼の前が真っ暗になった。どうやって自宅にたどり着いたのか全く記憶がない。




 スーツのままベッドに横になり天井を仰ぐ。下を向いたら涙がこぼれてきそうだから無理して上を向いている。


 でも駄目だった。

 涙が次から次へと溢れ出て、目尻から流れ落ちていく。


「遊びだったのかなぁ……」


 わたしだけが本気だったのか。久しぶりの恋で、夢中になっていたのは自覚していた。周りがぜんぜん見えていなくて、誠さんの周りに女の影が会ったなんて全く目に入っていなかった。


「わたしには恋なんて向いていないのかなぁ」


 一つ前の恋はカレシの浮気で終わった。その前は高校生の時。3年間で3人ほど付き合ったことがあったけど、特に深い仲にもならずそれぞれほんの数ヶ月で終わりを迎えていた。中学の頃の初恋はそれこそ何もしないうちに終わっていた。


「で、今回は二股、かぁ。悲しいなぁ惨めだなぁ情けないなぁ……」


 ポワっとスマホの画面が明るくなる。

 張り込みをしていたので、消音にしていたままだった。


 サチには張り込みをしてみると伝えてあるので結果を聞くのに連絡してきたのかもしれない。彼女に慰めてもらおうとスマホを手にする。


「誠さん……」


 表示されていたのは誠さんからのメッセージ。呑気に、ほんとうに呑気に『お疲れ様! 今度の土曜日、休み取れたのでお昼食べに出かけませんか?』だって。


「ふざけないでっ」


 思わず握りしめていたスマホを力いっぱい投げつけてしまう。

 ゴンッという鈍い音とビシッという嫌な音がしてスマホの画面は真っ暗になる。


「えっ、ちょっ、まっ……て……」


 遅かった。怒りの気持ちの高ぶりと共にスマホを投げた結果、どこかに運悪く当たり画面は粉々に割れついでに電源も全く入らなってしまった。


「嘘でしょ⁉ 機種交換したばかりなのにぃ……」


 保険には入っているので免責5000円で壊れたスマホは新しいものに交換してもらえるが、それとこれとは話は別であり、怒りの矛先は二股男の誠さんに当然のように向く。


「乙女の純情を弄んだ挙げ句、10万円以上するスマホまで壊してくれるなんて絶対に許さないんだからっ!」

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