第二十四話 古賀塾でバイト
今日は、古賀塾での、バイト一日目を迎える日だった。
緊張するなぁ……
諒花から、送られてきたRISEによると、今日僕が1時間半個別で教える相手は、中学2年生の男子で数学が苦手であり、そもそもに本人の勉強意欲もなく、塾へ来ても、途中で寝たり、サボって絵を書いたりするらしい。
とんだ問題児を押し付けられたなと思った。
諒花からは、謝罪のRISEが来たが、大丈夫だよと言っておいた。引き受けたのは僕だし、誰が相手だろうとやり切らなきゃいけない。
僕は学校から帰り、着替えると、古賀家へ向かった。
◇
「よく来たね。中森君。初で緊張しているだろうけど、頑張りたまえよ」
一応、諒花のお父さんが社長であり、この塾長でもあるんだよな。なんかちょっと頼りないと言うよりかは、やらかしそうな雰囲気を醸し出しててとても最強な諒花とは正反対だけど。
「はい。頑張ります」
「あら?あなたが中森くん?」
振り返ると、一際綺麗な女性がいた。顔を見てすぐ、諒花のお母さんだと気づき、僕は頷いた。見た目からして40代後半くらいだろうが、30代と言っていいほどの女性としての美しさがあり、目鼻立ちがクッキリとしている顔立ちだった。
「あらあら、そうなの、うちの夫が本当にごめんなさいね。この人遠慮ってものを知らなくて。でも、今日はやるならには頑張ってね」
遠慮がない性格は、父親譲りだし、こういう他人に対して声をかけ、フォローをすることが出来る性格は母親譲りでちゃんと諒花がこの二人から生まれたんだと分かった。話し方や仕草などもやっぱり少し諒花に似ている。
そう会話していると、問題の中学2年生の男子が来た。
「あっ、今日から担当します。中森ですよろしくお願い致します」
「は、はぁよろしくお願いします」
僕は中学2年生の、宮下 成輝くんとそう挨拶を交わした。
彼は色白でパッと見は真面目そうな見た目をしている。とても問題児とは思えなかった。
ま、まずは、まだ授業開始まで数分あるし、会話だな。えぇっと、、、やばい。コミュ障すぎて、会話が思いつかない。こんな時、諒花ならなんて言うのだろう。思いつかなかったので、とりあえず無難な会話をしようと思った。
「宮下くんは、どうして数学を塾で習おうと思ったの?」
「普通に、嫌いだからだよ。つまんないし」
「な、なるほどね」
つまらないか。まぁそうだろうね。僕だって、そうだった。
でも僕は、中学2年の頃、そう、彼と同じ頃に、ある先生と出会って、数学が好きになった。その先生は、僕に勉強の楽しさを教えてくれた。彼にもそれを知って欲しい。
キーンコーンカーンコーン、塾のチャイムがなり、授業が始まった。
普通ならここで、問題のページを開き、解答を解いてと指示して、待つ時間だ。
でも、宮下くんの今の状況を聞くと、見ると、今はまだ勉強に取り掛かるレベルじゃない。
だから、まずこんな話をしてみる。
「宮下くん、ゲームは好き?」
「げ、ゲーム?好きだけどそれがどうしたの?」
「いいからいいから、RPGは好き?」
「ん、まぁノケモンとかは好きかな」
「数学とRPGって似てるんだよ」
これはSNSかテレビか何処かで見た知識だ。
「えぇどこがぁ?」
宮下くんは、何言ってんだこいつと言わんばかりに眉間に皺を寄せてそう言った。
「RPGって、レベル1から始まってどんどん敵を倒してレベルアップして、能力が上がったり、強い技を覚えたりしてボスを倒すでしょ?数学も計算したり、公式を覚えたりして問題というボスを倒す。ほら似てない?」
「うーん、、まぁ確かに」
「だから、RPGの主人公の気分で、問題という敵に挑んでいこうよ」
ここでようやく教科書を開くのだ。今の話をしてみてもやっぱり、本当の問題が来たら萎えてしまう。とは言っても、いつまでも問題から逃げていては始まらない。だから出来るだけ、問題をやるが、それを意識させないようにするのだ。例えると、嫌いな野菜を上手く料理して、味を分からなくさせるような感じ。
「宮下くんは、なんか趣味とかハマってることある?」
「うーん、野球かな。やるのも見るのも好き」
「じゃあ例えば、バット一本とボールが四つ入ったおもちゃセットが3つあったとする。その場合バットとボールの数は?」
これは、ただ物と数字を変えただけの、具体例にしか過ぎない。それでも食いつくだけ効果がある。
さらにそこで畳み掛ける。
「で今の状況を絵で整理すると」
ここで、必要な情報を絵に書いて、図に書いて、分かりやすくする。
特に面白い絵や可愛い絵、自分が知ってるキャラクターなどの絵でもよい。それで引き付け、理解しやすくするのだ。
あとは、問題に取り掛かってくれたら、それを継続させなければいけない。
やはり飽きて萎えてしまう。同じような問題が多いのが数学であるからだ。
だから、数問解けたらご褒美をあげるということにした。
ご褒美と言っても、ちょっとした休憩時間を設けるだけだが。
その時間に、宮下くんの興味のある話や、趣味などの話をして、休んでまた集中できるようにするのだ。
「どうですか?あなた。中森くんの教えっぷりは」
諒花ママはそう口を開いた。
「教え方はあれだが、中森君ならではの教え方だし、とても良いと思うな。工夫をして、本気で生徒と向き合ってくれてるのだろう」
諒花パパはそう頷きながら行った。
「諒花、いい彼氏捕まえたんじゃない?」
「んなっ!私はまだ彼氏としては認めていないぞ!ま、まぁ塾の教師としては、見込みはあるとは思うが...!」
「もう、素直じゃないんだから」
「先生、解けました」
諒花の両親の会話に耳を傾けていると、もう宮下くんは問題を解き終えていた。
結果は、8割正解で、やはり僕の教え方は良かったのかもしれない。
「先生ありがとうございます。いつもより出来ました」
「いやいや、僕は何もしてないから」
宮下くんとそう会話していると、塾長である諒花パパが割り込んできた。
「中森君!いや、私も渡くんと呼ばせてくれないかな、渡くん!」
「は、はぁいいですよ」
てかもう呼んでるし。
「君の教え方を見ていたが、素晴らしいよ。こんな形で宮下を上手く集中させたのは君くらいだ。そこで君にひとつ、お願いなんだが」
またお願い!?どんだけお願いするんだこの人は。
「うちの、息子である草太にも勉強を教えてくれないか?」
「え、えぇ!?」
「ウチの息子の草太が全然勉強しなくて大変なんだ。今日のを教えた感じで行けば、君もできるんじゃないかって」
「え、えぇと」
「もちろん!タダでとは言わない。塾のバイトの一環として、お給料は用意するよ」
「わ、分かりました。やります」
「ありがとう。それでこそ、諒花の彼氏だ」
諒花パパは歯を見せニッコリと笑ったが、目は笑っていないようにも見えた。
諒花の弟だし、何よりも諒花のお父さんの頼みなら断れるはずがない。
こうして、僕は、諒花の弟の草太くんに勉強を教えることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます