第43話☆川口真紀vs前田陽菜

開会式が終わってもうすぐ試合が始まる。リングは今回も4つ設置されていてAからDグループの第1試合が行われる。私はCグループの第1試合だから早速出番だ。


「沙耶香、久しぶりだね」


宮崎沙耶香。聖華にいた時の同期だけど、会うのは久しぶりだ。桜以外は連絡も取っていないのでこういう時に会うと少し気まずい。


「陽菜、元気そうね」


第1試合では沙耶香がセコンドについてくれる。こうして並ぶともう身長は追いつかれていることに気付いた。中学の頃はどちらかと言えば小柄でぽっちゃり体型だったけど、身長が伸びて筋肉も付き、体格のいい選手になっていた。とても高1とは思えない。


「桜とこの前の交流試合で戦ってるの見たよ。相変わらず強いんだね」

「いやぁ、まぁ、あの時は…」


でも、と沙耶香が続けた。


「私は負けないわ」


正面切って言われると黙っているわけにはいかない。


「ほぉー。言うようになったねぇ。臨むところよ!私だって負けないから」


沙耶香の真っ直ぐな目と視線がぶつかる。彼女もきっと強くなっている。変わったのは身体つきだけじゃないはず。


沙耶香は慎重な性格だ。それでも私の試合を観た上で勝つと言ってきたのだから、かなり練習したのだろう。


「中学の頃とは違うから」

「戦えばわかるわ」


そう付け加えるとリングの方を向いた。沙耶香との試合も楽しみだけど、まずは目の前の一戦。川口真紀との対戦だ。


紫苑女子大附属1年、川口真紀。


ショートカットで標準的な体型。クラスの中心にいる快活な性格の女の子という雰囲気の子だ。ぱっと見では素早い動きをしそうに見える。迂闊に突っ込んでバックを取られるのとタックルには警戒だ。


リング上でレフェリーのボディチェックを受ける間、川口真紀もこっちを観察してくる。中央で握手を交わしてお互いがコーナーに戻ったところで試合開始のゴングが鳴った。


川口真紀はそんなに力が強いわけではなさそうだ。とは言ってもこっちの力を上手く流してくるから組みにくい。深追いするとスキを突かれそうなので無暗にパワー勝負には持ち込め無さそうだ。


まずは様子見でローキック。

これは綺麗に対処してくる。

さらにもう一発。これもタイミングばっちりで足を上げてガードしてくる。

じゃあ組んでみるか。だめだ、逃げられる。

パワーが無いのはわかっているのに上手く躱される。

今度は川口真紀のローキック。これは躱せる、咲来ほど速くない。


試合開始直後は膠着状態で探り合いが続いた。痺れを切らして焦ったらダメだ。じっくり時間をかけることで不利になるわけじゃない。


落ち着いて距離を詰めて川口真紀の腕を掴む。

ロープに振ってドロップキックを決めると川口真紀も攻めに転じてドロップキックを返してきた。動きの少ない序盤だったけど徐々に試合が動き出した。


そこからは打撃と飛び技の応酬だ。お互い何度もロープに振られ体力を消耗していく。合間に打ち込むキックやエルボーもじわじわと効いてくる。

中でも川口真紀のヒップアタックは結構効いた。ヒップアタックはロープに振って戻った相手に向かって後ろ向きにぶつかっていく。川口真紀のジャンプ力が高くてほぼ顔面に直撃する高さだった。


重い…!上手く体重乗せてくるなー。

これは何発も食らったらやばいかも。


私も負けじとロープに振って戻ったところにJネックブリーカーを決める。相手の首に絡みついて背中からリングに叩きつけた。よし、効いてる。もう一発決めてやる。


試合が動いて流れができると組み合うのはさほど難しくなかった。飛び技の他にもボディスラムで叩きつけ、ブレーンバスターも一発決めた。いい試合運びだ。


試合時間が5分を過ぎた頃、私との組み合うことから逃れた川口真紀がロープに振ってきた。


くっ、まただ。走らされるだけでもそろそろきつい。

今度は何だろう、またヒップアタックか。いや、違う、Jネックブリーカーだ!


ここにきてこれまで使ってこなかった技。しかも私との相性なら使わないであろう意外な技。体格差があるとかなり勢いよくロープに振っておかないと相手の重みに負けてしまい決めるのが難しい。

そこで川口真紀はロープからはじき出された直後のところのガードしにくいところを狙ってきた。


これが綺麗に決まって背中から叩きつけられる。受け身は取ったけど、ほっとしている間もなくすぐに川口真紀が腕を狙ってくる。


まずい、腕十字固め!

肘を伸ばされたら終わりだ!

両手をバインドして伸ばされないようガード。

でも徐々にガードを外してくる!

その前にロープブレイクしなきゃ!


伸ばした足がロープに引っかかった。

Jネックブリーカーをロープ際で食らったのでロープからそう離れてはいなかったのが救いだった。危なかった。


ロープを掴んだまま立ち上がると、また川口真紀が反対側のロープに振ってくる。でも同じ手はもう食らわない。


ロープで跳ねて戻ったところを、今度はヒップアタックを狙ってきた。でもこれは読めた。

直撃しないよう少し横にずらして川口真紀の背中を受け止める。私を相手に背中を見せたこと、後悔させてあげる。


川口真紀のバックを取り、両腕でしっかり胴体をホールド。姿勢を落として一気に後方にブリッジする。川口真紀を真っ逆さまにリングに叩きつけた。


決まった!このままフォール。逃げようとしてるけどもう体力は限界のはずだ。絶対逃がさない。


レフェリーがリングを3回叩き、試合終了のゴングが鳴った。


勝った。

強豪紫苑女子大附属の選手に勝った。


この夏の努力が結果になったみたいで、とにかく嬉しい。技の対処も以前より上手くできた。暑い中きつい練習に向き合った成果を得られた気がした。


まずは1勝。3戦全勝に向けてこのまま突き進むんだ。

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