第35話

組み合ったと思ったらロープに振られた。速い。ドロップキックは、痛っ!でもこれは、なんだろう。もしかして。


もう一度組み合う。またすぐロープに振られる。このドロップキックは上手く後ろに跳んで受けれた。

もしかして組み合うのを避けている?全然掴めないし、投げ技に入りにくい。逆に、組み合うのが苦手ってこと?

いや、でも大島莉子よりも身体つきはがっしりしている。パワーがないことはない。だったらいったい何?


「めっちゃ考えてる目やなぁ」


竹内葵は微笑を浮かべてこっちを伺ってくる。何なの?わかんない。


こっちも打撃と飛び技で応戦しているけど、これはこれで相手の得意分野。この技のかけ合いはこっちが先に消耗してしまう。

でももし組むのが苦手で避けているとしたら、むしろ狙い目。力づくでも捕まえてやる。


そう思って掴みかかろうとした瞬間だった。視界から竹内葵の姿が消える。タックル?いや、もう近づき過ぎてタックルには入りにくいはず。すると胴体を持ち上げられ、足が浮くと同時に身体が前に回転し、背中から叩きつけられた。フロントスープレックス!?


「めっちゃ力入ってたな。狙い目やったわ」


誘われた。パワーで抑え込もうと力んで組みに来るのを待っていたんだ。

力が入って竹内葵の素早い動きに対応できなかった。あの状態で入られたのがタックルだったら完全に両足取られていただろう。


私を投げ飛ばすと竹内葵は大島莉子にタッチ。2周目だ。でももうだいぶきつい。タッグマッチに慣れていないのもあるけど、体力的にも大学生相手に長期戦はまずい。


大島莉子は関節技がすごかった。今度は逆に私が迂闊に組めない。

それでも相手は焦って突っ込んできたりはしない。ローキックで探りを入れてくる。でもこのローも別に緩いわけではないから困った。


強烈だな。

こっちもローキック。距離を保ちつつスキを探すんだ。

あ!足キャッチされた!くっ!振りほどけない!

まずい、ドラゴンスクリューだ!

危なかった、何とか自分も回転に合わせて回ったからダメージは最小限。

だけど足を取られた!

あぁやばい!足四の字固めだ!返せるかな。


「ほらほら、早く逃げないと極まっちゃうよ?ひっくり返したら放してあげる」


スタンディングで翻弄し倒されたところで関節技。大島莉子は少し息を整えられる場面で、私は極められた足の痛みに苦しめられる。

このサイクルがスタミナをみるみる消耗させていく。しかしこれでもまだ加減されている。まだ本気では極めてないはずだ。


足四の字固めは反転させれば逃れられる。でも体を返そうとすると極められている脚が軋むように痛い。迂闊に動かせないけどじっとしていてはギブアップに追い込まれる。


痛みを堪えて何とか身体を返し、ようやく逃げることができた。でもかなり痛めつけられて機動力を奪われた。


スタンディングに戻ってなお劣勢な中、チャンスが巡ってきた。

一瞬の隙を突いて大島莉子のバックを取った。組み合ったところから大島莉子がまた重いエルボーを打ってきたところをかがんで躱し、後ろにまわり込んだ。

まだ十分にダメージを与えられていないからこれで3カウントとはいかないだろう。でも差は詰められる。


大島莉子の体をしっかりと両腕で抱え込んで後ろに反ってジャーマンスープレックスで叩きつけた。そのままフォールに入るが1カウントで返される。


「痛ったぁ。これは強烈ね。じゃあ…」


並みの高校生ならこれ一発でそのままフォールから逃れられなくなる選手もいるが、大島莉子はしっかりと受け身を取りすぐさま返した。

そして今度は大島莉子がバックを取りにくる。さっきの足四の字固めが効いていた。わかってはいるのに身体が俊敏に動かない。後ろについた大島莉子が背後から抱えこんでくる感覚。まさか!


次の瞬間にはもう天地がひっくり返りリングに叩きつけられていた。大島莉子のジャーマンスープレックスが決まったのだ。

得意技は関節技の大島莉子だが大学プロレスでは強さだけでなく華やかさ、パフォーマンスも求められるため派手な投げ技は好まれる。

たぶん投げ技メインの選手ではないはずなのに、この威力。受け身は取れたはずだけど、それでも視界が歪んだ。


「気合入ったジャーマンもらっちゃったし、こっちも本気で応えないとね」


仰向けにされて脚を絡めてくる、サソリ固めだ!

かけられる前に逃げることは無理。少しでもロープに近い位置になるように試みる。でも全然動かない。

がっちり固められた両脚がびくともせず、体の向きを変えることさえできなかった。

そして大島莉子がステップオーバーしようとすると固められた脚に激痛が走る。サソリ固めは体格差があっても脚を極めることでステップオーバーできる。


抵抗も虚しくうつ伏せにされる。

ロープは…だめだ遠い。

大島莉子が体重を後ろにかけはじめると徐々に身体が反り返る。


「あぁっ!くっ…!」

「ほら高校生、まだ動けるでしょ?早くロープブレイク!」

「っ…!はいっ!」


体中が痛い。ちょっとずつだけど、何とか進んでる。でもまだ遠い。

これ以上反らされたら堪えられない。でも大島莉子にはそれができるはずだ。

加減されている。なのにこんなにも苦しい。


「動き止めたら完全に極まるよー」

「あぁっ…!はいっ!」


こんなにロープが遠いなんて。でも、もう少し!もう少しで手がとどく!

右手をできる限り前に伸ばす。指先がロープに引っかかった。


「はい、お疲れ様。頑張ったわね。じゃあ終わりにするね!」

「はぁ…えっ!あぁ!ちょっと待って!」


そんな。苦労して進んだ距離を一気に引きずって戻される。ロープが遠ざかる。せっかく堪えたのに。

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