第26話☆三浦桜vs前田陽菜
桜との試合は久しぶりだ。中学の頃は校内の練習試合で何度か戦ったし、練習中のスパーリングもよくやった。打撃と関節技が上手くて、いつも冷静に戦況を見極める頭脳派レスラーだ。
自分の試合やアップ、咲来の試合を見たりしていて、さっき揉めてからはまだ一度も話せていない。
結果は見えている。
桜はさっきそう言った。
中学の頃の練習試合では負けたことなかったけど、スパーリングではたまに関節技が決まってタップさせられたことはある。
勝負の世界にはそういうことがあるからこそ、結果が見えているなんて言ってほしくなかった。
今もそう思ってるのかな。いや、私がやめてからもずっと練習続けてただろうし、今はもう負けないと思ってるかな。むしろ負けないと思っていてほしい。勝ちにきてほしい。私だって負けないから。
反対側のコーナーに立っている桜は落ち着いている。いつも通り、試合前の桜だ。
高山美優を相手にしていても変わらなかった。自分より強いと思っている相手を前にしていつも通りでいられる桜も十分強者だと思ったけど。そういうメンタルの強さは格闘技に向いてるってことなのかもって、さっきの石井百合との話を思い出す。
レフェリーのボディチェックを終えて桜と握手する。お互い何も言わなかった。
ゴングが鳴る。手四つの力比べは必要ない。組み合っただけで桜が強くなっているのもわかったし、それでも私はパワー負けしないのもわかる。
ドロップキックは以前より打点が高くタイミングもいい。やっぱりたくさん練習したんだろうな。
リングの中でゆっくりと回りながら互いの動きを観察する。
桜は迂闊に飛び出してきたりはしない。私にペースを握らせたら巻き返せないのを知っている。
でも桜の最大の武器はスピードだ。とにかく動きが速くて技のテンポも速い。勢いに乗せると続けざまに攻撃を食らうことになるので私も無闇に突っ込んだりはしない。
桜が今の聖華でどの位置付けにいるかは知らないけど、来年は都大会通過を争う相手になるだろう。
桜がローキックを放つ。速い。でも本気の蹴りじゃない。探りを入れているだけだ。私が軽く受けると桜は少し間合いを取った。
気付いたかな。
私だって練習したんだよ。ローの対処は咲来とたくさん特訓した。足にあざができたりもした。
桜が退がった一瞬を見逃さない。前に出てそのまま組み合う。すぐさま足をとってボディスラムで叩きつけた。
ロープに振ってドロップキック。
エルボーの連打からのボディスラム。
立ち上がったところにラリアットを打ちつけた。
よし。技に手応えがある。ガードが固くて簡単には仕掛けられないけど、これで削っていけばジャーマンのスキも作れるはずだ。
私が技をいくつか出すと桜も技をかけてくる。
ボディスラム、フロントスープレックスと、確実に技を重ねているつもりだけど、桜の攻撃も一発一発が重い。
途中ミドルキックがボディに入りそうなところを何とか腕でガードしたけど、まともに入ってたらやばかった。
ここまでは私が若干リードできてるかな。
でも桜はこれでは終わらなかった。
私の技が途切れたところを的確に狙ってきた。
ロープに振られてドロップキック。
立ち上がってもまたロープに振られる。
今度はロープに跳ねた直後にヒップアタック。走り込んでジャンプしながらくるっと反転してお尻から相手にぶつかっていく技だ。
私の身体はロープに弾かれて前に進んでいるから、技がヒットする直前に後ろに飛んで衝撃を緩和しにくいタイミングだ。
痛ったぁ!
ここでヒップアタックかー、なるほどね。
全体重乗せやすいから体格差も埋められるんだ。
でも桜の攻撃は終わってなかった。立ちあがろうとしたところで足を払われる。完全にバランスを崩し、見事なまでに綺麗に倒された。
しまった!腕を取りに来た!
腕十字!?やばい!
でもロープ近い、とどけ!
桜ともつれ合いながら身体を跳ねさせて何とか足をロープに引っかける。レフェリーが制止し桜が離れていく。
危なかった。腕ひしぎ十字固めはいろんな格闘技で使われる本格的な関節技。決まったら終わりだった。
ロープブレイクで少し間ができる。前半から激しい攻防でお互い息が上がっている。ここで一呼吸して仕切り直しだ。
長引くとブランクのあった私がスタミナ的にきっと不利になる。次の攻防の中でチャンスを見つけて決めたい。そんな時に私がジャーマンを狙うのを桜は知っている。
ロープから離れて間合いを詰めていく。そこから一気に姿勢を下げて突っ込んだ。桜の両足を取った。逃れようと身を捩る桜をしっかり抱えて離さない。離すもんか。
試合後半で手に入れた貴重なテイクダウン。しかも両足を取っている。桜の両足を脇に抱え込んでステップオーバーし逆エビ固めを決めた。
桜が全身の筋力でエビ反りにならないよう抵抗してくる。やっぱ私関節技もっと練習しなきゃ。決め切れないまま桜の手がロープを掴んだ。
ロープブレイクなので逆エビ固めは解かなきゃいけない。
でもいい。この体勢を狙っていたから。
右手でロープを掴んでいるうつ伏せの桜。ようやく背中を取れた。桜の胴体を後ろから抱え込んだ状態で立ち上がらせ、そのまま後ろにブリッジする。
桜の足がリングから離れて宙に浮く。そのまま後ろに倒れていって、上下逆さにリングに叩きつけた。ジャーマンスープレックスが決まった。
ブリッジしたままフォールに入るとレフェリーがカウントを始める。桜は逃れようともがいているけど、レフェリーが3回、リングの床を叩くのが先だった。
試合終了のゴング。押さえ込んでいた桜を離してリングに横になった。
勝ててホッとしたら一気に疲れがきた。仰向けになると自分の荒い呼吸に合わせて胸が上下する。
いい試合だった。
試合開始から、いや、リングに上がったところから最後のゴングが鳴るまで、全く気が抜けなかった。ピンと張り詰めた空気と痺れるような緊張感が、なぜか心地良くもあった。私も桜も全力を出し合って、2人で作り上げた素晴らしい試合だ。
起き上がるとまだ横になったままの桜と目が合った。どこか不思議そうな顔をしている。今の試合、どうだった?桜もよかったって思ってくれているかな。そうだといいな。
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