#課題が嫌なので教授からUSBを奪ってみた

秋野凛花

第1話 その中ってどの中だ!?

『#課題が嫌なので教授からUSBを奪ってみた』


「よし、投稿完了……っと」

 一人のしがない大学生である男は、スマホを片手にそう呟いた。その薄い板の中に映るのは某青い鳥のSNS。自身のプロフィールの名前の横には南京錠型のマークが付いている。つまり鍵垢、というやつだ。彼の気の置けない友人しかその投稿を見ることが出来ない。そのため、すぐに「マジでwww」、「ついにやったかwww」といった言葉がすぐに彼の元にやってくる。その草むらを前に彼は一人、ほくそ笑んでいた。

 彼はバッグの中のUSBに思いを馳せた。確かにこれはある授業の教授から取ったものだ。……だが彼は取ろうと思って取ったわけではなかった。何てことはない。その教授がまんまと教壇に置いて行ってしまったのだ。

 最前列に座っていた彼はそれにすぐに気が付き、手に持って追いかけようとしたのも束の間、彼の中に1つの思考が巡ったのだ。


 これ、奪ってしまえばいいのでは? と。


 それは恐らく悪魔の囁きだった。だが彼はそれを聞き入れてしまう理由があった。

 この教授、課題が多いことで有名なのである。課題量と提出期限が割にあっていない。例年それに対し鬱憤を燻ぶらせ、そして単位を落とす生徒も少なくないとか。

 そして彼も、まだ燻ぶらせる段階まではいっていないもの、単位はヤバかった。純粋に。

(しかしこれを手に入れた俺は最強だ……!!)

 あの教授は生真面目なタチである。今学期分の課題は全て作成済みで、あとは授業をしてそれを出して課題の添削をすれば私の仕事は終わりだ。春にそう言っていたのをよく覚えている。

 つまりこのUSBを手にした彼は無敵と言っても過言ではなかった。このUSBを少しコピーさせてもらえば、この授業は勝ったも同然。課題が出る前に課題の内容を知れるのだ。……もちろん課題の大変さは変わらないのだが、それはどうしようも出来ない。仕方のないことだ。

 それより、中を見てみよう。と彼は考える。きちんと課題が入っているか。入っていなければ、このUSBは持っていても仕方がない。こっそり早急にお返ししよう。

 そう思い彼は、あまり人の来ないパソコン室にやって来た。警戒するように辺りを見回し、さてやるか、とUSBの蓋を取って。


「何してるの、麻生あそうくん」

「ぎゃああああああああああ!?!?!?」


 突然耳元で声が聞こえ、思わず彼は悲鳴を上げた。その拍子にUSBを床に落としてしまい、慌てて拾う。そして振り返ると、そこには彼……麻生に見覚えのある女性が立っていた。

 鳴海なるみ留美るみ。麻生と同じカメラサークルの先輩だった。胸も尻も大きく、妖艶な雰囲気を漂わせる女性。当たり前だが、サークル内での人気が高かった。彼女目当てにサークルに入る者も少なくない。

 かく言う麻生も、鳴海に恋心のような憧れのような、そんな感情を抱いている男のうちの一人である。

「なっ、なななな鳴海先輩」

「どうしたの? そんなに慌てて」

 鳴海が髪を耳に掛けながら問いかけてくる。その際に顔が近づき、何やらいい香りが漂う。バクン、バクン、と鳴り響く心臓は、果たして鳴海が傍にいるからなのか、手の中のUSBの正体が知られないかヒヤヒヤしているからなのか。

 麻生が答えあぐねていると、鳴海はぷっ、と吹き出した。

「へ」

「ごめんごめん。麻生くん可愛いから、ついからかっちゃった」

 そう言いつつ、鳴海は持っていたお洒落なトートバッグを近くの椅子の上に置き、その中を漁る。そして取り出したのは、USBだった。

 お洒落な人の持つものは、例えUSBという小物でもお洒落であるらしい。

「あ、あの、先輩……何を?」

「え? 資料のコピー」

「コピー?」

「え……ほら、この大学って、コピーをしようとすると、ちょっとお金かかっちゃうでしょ? でもここでやるとタダで出来るから。ちょっとした裏技。……てっきり麻生くんもそれを知ってここに来たと思ってたんだけど……」

「へぇ……あ!! いや!! そ、そうです。俺もコピーがしたくて……」

 まさか、「課題の内容が先に知りたいから人気のないここで確認しに来ました」なんぞ、憧れの鳴海を前に言えるわけがなかった。そんなことを言ったら、彼女に嫌われかねない。

 へぇ、なんて鳴海は、鋭い視線を解かないまま麻生を見つめる。その綺麗な怖い瞳を見つめ返すことなど不可能で、麻生は冷や汗を流しながら目を逸らした。

 しかし。

 鳴海の瞳が麻生の手の中のUSBを捉えた瞬間、彼女の顔色が変わった。

「貴方、それ……!!」

「え? ……これがどうし……」

「ッ、ちょっと、来なさい!!」

 麻生が聞き返したのも束の間、彼は鳴海に強く手を引かれる。二重の意味でドキドキしていた。恋慕的なドキドキと、追い詰められた的なドキドキだった。どっちだ? どっちが正解だ? 心の中で尋ねようと、誰も答えるわけないのだが。

 やがて辿り着いたのは校舎裏だった。連想される「告白」、もしくは「リンチ」というワードに、彼の動悸は早まるばかり。何だ。何なんだ!? やはり誰も答えない。

「麻生くん……正直に答えてね。その中……見た?」

「へ?」

「いいから答えて!!」

 彼女は取り乱したように叫ぶ。おしとやかな彼女からは考えられないほどの声に、彼は思わず肩を震わせた。が。


(……その中って……どの中だ……!?)


 混乱してしまっていた彼は、自分が何を尋ねられているのか、よくわかっていなかった。

 どうしよう、と彼は焦る。鳴海は振り返って自分を見つめる。じれったい、と苛つきながら言うように、自分を睨みつけて。しかしそれはまた麻生の焦りを煽るばかりで、一向に「USBのことだ」という正解に辿り着くことは出来なかった。

「ッ……見たのね。それを、どうするつもり!?」

「そ、それ!? どうする!?」

「そうよ!! ……私のことを、脅すの? アイツみたいに……」

「脅す!?」

「抱きたいの!?」

「だだだッ、抱きたい!?!?!?」

 もはや麻生は、鳴海の言ったことを繰り返すbotになっていた。一体何の話だ。何故自分が彼女をだっ……という話になるんだ!? と麻生は余計に混乱する。USBとは思考が遠ざかるばかりだ。

 流石に鳴海も話がかみ合わないことに違和感を抱いたらしい。眉をひそめ、深呼吸をし、ゆっくり口を開いた。

「ねぇ、麻生くん……」

「っ、見つけた!! 貴様、よくも私からそれを……!!」

 しかし鳴海の声は一人の男によって遮られる。そちらを見て、麻生はひっ、と息を呑んだ。

 何を隠そう、その現れた男こそ、課題が多いでお馴染みの教授だったからである。

 教授は怒りからか顔を真っ赤にし、麻生と鳴海のもとへ大股で迫ってくる。どうして自分がやったとバレた。いや、こんなことがバレて、単位を落とすどころじゃすまない。最悪、大学退学……!! 麻生が冷や汗を流し、ふと横を見る。

 そこでは、震えていた。鳴海が。青ざめ、冷や汗を流し。

 明らかに怖がっている。それが分かった麻生は……反射的に、鳴海の手を取った。

「……え?」

「……に」

 自分でもどうかしていると思う。だがもうこうなるとヤケだった。


「逃げましょう!!!!」


 すたこらさっさ。そんな効果音が似合う感じで、麻生と鳴海は教授から逃げ出した。

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