第22話 むしろ普通にデートです

秋音が沙癒の人気投票結果を知ったその時、髪が逆立つくらい激昂した。

自分が世界で一番可愛いと思う存在が二位と言う事実、秋音にとってこれ以上の侮辱があるだろうか。


すぐさま秋音は親友の裕作に電話して、二人で永遠と作戦会議をした。

結局その日は深夜まで二人で話し込み、諸々案を出し合った。


結果的に、沙癒に私服を着させ登校させる事で話はまとまり、裕作はその後気絶するように眠った。



――そして、ゴールデンウィーク三日目。

裕作の筋肉痛もだいぶマシになり、普通に出歩く分には支障がないほどには回復した。

休日一日目は家でのんびり過ごし、二日目は家族で温泉へ出かけた。

そして三日目の今日、裕作達が訪れたのは隣町の超大型百貨店。


食品売り場やアパレルショップは勿論、日用家電、ホビーショップなんでもござれ。

家族連れや学生、カップルなどに賑わうこの場所で、裕作達はある人物を待っていた。


「……遅いね」

「まぁ、早く着きすぎたしな」


集合時間十分前に到着した二人は、特にやることもなく待ちぼうけを食らっていた。

大型百貨店前にある噴水には、他にも待ち合わせをしているであろう人や家族連れが多く、そこそこの賑わいを見せていた。


そして、彼らの視線は全てある人物に向けられる。

「……見られてるな」

「別に、気にしてない」


こういう状況には嫌でも慣れるようで、沙癒は何ともない表情を浮かべる。

沙癒は珍しく私服で、普段よりもその可愛らしさが強調される。

清潔感のある水色を基調とした長いワンピースに、動きやすい赤のスニーカー。

剥けたゆで卵のような綺麗な膝、無駄毛が一切無い脛は光を反射するくらい白く艶かしい。


日本人離れした銀髪は風が吹くたびにサラサラと舞い、彼の行動一つ一つが映画のワンシーンのように強く印象に残す。


早乙女学院が誇る大人気男の娘、才川沙癒さいかわさゆは学院外でも凄まじい視線を奪われる。

いや、むしろ彼を見慣れない人間は、初めて見る沙癒を目の前にした瞬間、誰もが振り向き視線を奪う。


今や、この一帯の全ての視線を独占していると言っても過言では無い。


誰もが空前絶後の美少女だと思い込み、隙あればナンパしようと何人の男達が様子を伺っている。


だが、そんな事をさせないガーディアンのような男が背後に控えている。


「――キッ」


泣く気が喚くような鋭い眼光を飛ばしナンパ男を牽制する。

休日というのに何故か裕作は学院指定の制服を着ており、筋肉こそ膨張させていないが、その長身と迫力満点の表情で他を寄せ付けない。


美女と野獣、そんな言葉が似合うだろうか。

関係性を知らない赤の他人にとって、彼らはどう映っているのだろうか。


凹凸カップル、令嬢とボディガード、はたまた親と子か。


なんにせよ、周りから向けられる視線は異常そのもので、何も意に変えさぬ沙癒と対照的に、裕作は警戒心を剥き出しにしながら辺りをキョロキョロと監視していた。


「……はぁ……はぁ。あー、お待たせ」


誰も近寄れぬ混沌の空間に、一人の人間が入り込む。


「お、ようやく来たか」

「……どうしたの? 秋が遅れるなんて珍しいね」


ここまで秋音は走って来たようで、額に汗を流し、肩でゼエゼエと息をしながら天を仰ぐ。


いつもは集合時間ぴったりに来る秋音が、今日は十分以上も遅刻してきた。


「ごめん、ちょっと話がしつこくって」

「話?」

「ナンパよナンパ。ほんと、断ってもすぐ現れるんだから」


鬱陶しそうに鼻を鳴らすと、腕を組んで後方にいる男達を睨み付けている。

そこには先ほどまで沙癒の様子を伺っていた集団ではなく、別の男達がこちらを覗き込むように見ていた。


どうやら秋音を追いかけてきたようだ。


何人ものナンパに話しかけられ、その対応で今日は遅刻してしまったようだ。

話しかけられる事に苛立ちを感じている秋音あきねだが、客観的に見れば彼にも十分問題はある。


奇妙な文字が派手に描かれたピンクのスウェットに、太ももまで見えるデニムのショートパンツ。

カートゥーン調のキャラクターが睨みを効かした帽子をつけて、肩から青いスモールショルダーバッグを掛けている。


そして、煌びやかに輝く肩まで伸びたブロンドヘアーを、ピンク色のシュシュで髪を左の方に集めて、サイドテールにした可愛い髪型。


そして、一度見たら忘れないモデル級の顔立ち。


イケイケの格好とは対照的な可愛いらしい見た目。

派手と可憐のマリアージュ。

常人がその姿を見た瞬間、あらゆる思考が機能不全を起こし、脳内は彼のことで一杯になる。

そう、彼もまた学院外でも凄まじい視線を独占する超弩級の男の娘なのである。


「秋も大変だね」

「ほんとそうよ、っというかあんたもそうじゃないの?」

沙癒の私服を見る秋音は、何気なく質問する。

ちなみに、沙癒の服のコーディネートは秋音によるものがほとんどで、今日も彼が選んだ服を適当に引っ張ってきたのだった。


「ううん、外にいる時は裕にぃが守ってくれる」

沙癒が指を差した先には、どうだ、と言いたげなドヤ顔を見せつける裕作が胸を張る。

そんな彼の姿を、秋音は羨ましそうな顔つきで見ていた。


外に出る時、この筋肉を連れていけば鬱陶しそうナンパとはおさらば。

話掛けようとしてくる男を勝手に威嚇し、身の安全を守ってくれる。


おまけに荷物持ちは勿論、遊び相手にもなる万能の存在。


一家に一台、筋肉はいかがかな? なお、食費はバカ高い模様。


「ねえ、外に出る時あんたの兄貴ずっと貸してくれない?」

「え、ダメ」

「いいじゃん、こんなのいくらこき使っても減らないんだし」


秋音は裕作の隣に近づき、まるで物を扱うように裕作の右腕を引っ張る。


すると、それに反応して沙癒の方も余った左腕に裕作にしがみつくように抱きついた。


「……独占はダメ」

沙癒が力一杯左腕を引っ張る。


「え……あ! 違う! そういう意味じゃ……ないけど」

話した後にその言葉の意味を理解した秋音だったが、


「……でも……!」

それでも、秋音はそれに負けじと応戦するように腕を引っ張った。

ほんの少しの対抗意識を見せる秋音の様子に、沙癒は小さく笑みを浮かべながらより強く腕を引っ張る。


「んー!」

「ぐぬぬぬぬぬ!」


まるで子供のおもちゃの引っ張り合いの如く、両腕に均等な力がじわじわ入る。


側から見ればラブコメのような美味しい展開なのだが……


「痛い痛い! やめろ! 筋肉、筋肉が千切れる! あああああああ!!!!」


当の本人は、痛みに耐えることしか出来ないでいた。

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