第16話 下ネタは好きか? 俺は好きだが。

才川裕作さいわかゆうさくは誰かに話しかけられる機会が多い。


裏表のない明るい性格、不快感のない清潔な見た目と雄々しく逞しい屈強な体。

下級生には世話好きで愛される頼れる先輩として、上級生には尊敬を忘れず、思わず世話をしたくなるような謙虚さを見せる。

そして同級生には偏見を持たず誰とでも接し、一度話せば友人になれる社交性を持つ。 

これだけでも、裕作は様々な人に気に入られる素質を十分に持っている。 


しかし、彼がここまで見識が広い理由が別に一つある。

それは、彼を取り巻く二人の存在にある。


一人目は裕作の弟である才川沙癒さいわかさゆ

彼はこの学院内で誰もが認める男の娘である。

学院の非公式SNS『早速さそく』の学年総合人気ランキング三位、その控えめな性格と美しい顔立ちで一瞬のうちにこの学院の中心人物になった一人だ。

その人気は徐々に拡大され、最近になってファンクラブが設立される程の、今注目の大型新人になる。


二人目は裕作の親友である早乙女秋音さおとめあきね

彼はこの学園で絶大な人気を誇るアイドルであり、誰もが憧れる男の娘である。

学院の非公式SNS『早速さそく』の学年総合人気ランキング一位、その明るい性格と太陽のように眩しい笑顔が人気の学院の中心人物だ。

その人気は留まることを知らず、学院の生徒の約四割がファンクラブに所属する超人気アイドル。


……そう、この学園においては二人は女神として崇めれており、男女問わずお近づきになりたい人間がごまんといる。


そんな彼らに最も近しい存在なのが、裕作なのである。


故に、彼が廊下を歩けば学年を問わず様々な人間に話しかけられる。

左を向けば沙癒の事を、右を向けば秋音の事に関して質問攻めが彼を待ち受ける。

特に、新入生の編入やクラス替えが起きた四月から夏休みにかけては、こういった質問がいつもの数倍に膨れ上がる。


――趣味は? 好きな食べ物は? 恋人はいるか? 受け? 攻め?


様々な人間から無作為に投げかけられる問いに対し、全てを丁寧に対応していると日が暮れてしまう。

無視するのも一つの手ではあるが、せっかく時間を作って話しかけてくれているのだからと、裕作は極力彼らの行為を無下にしたくなかった。


故に、聞かれた質問には可能な限り答えるよう努力している。


「沙癒は絵描き、秋音は多趣味だ。好きなものは二人とも甘い食べ物。恋人はいないと思うぞ、詳しくは知らんが。秋音は知らんが沙癒は攻め……だと思う」


人をかき分けるように廊下を歩きつつ、簡単に解答を返していく事を繰り返す裕作。

もう何年もこの調子で対応に迫られると、自然と慣れてくるもので、今ではそれほど苦にならない。


一つ一つの質問をコンパクトに、可能な限り拾っていく。

今の裕作はこれがベストな選択肢だと考えている。

だからこそ、一つの質問に長い時間をかけるわけにはいかない。


――筋トレのコツは?


「まずは目標を設定しよう。痩せたい、モテたいなど何でもいい。それが原動力になるからな。次にトレーニング方法だが、スクワットや腕立て伏せなど簡単なものから始めてもいいが、本格的にしたいのであればトレーニングジムに通うのもいいぞ。あとは食べ物にも気を付けたいな。栄養のバランスを重視しつつ、低脂肪高タンパクの物をチョイスしたい。運動後にはぜひタンパク質を取ってほしい、おすすめのプロテインがあるから、トレーニング後に呑むといい。後それから――」


だが、筋肉に関する質問が出た場合、それらの条件を無視してでも答える。

筋肉友達はいればいるほど良い。

つなげよう筋肉の輪。


そうこうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていき、昼休憩が始まって既に十分が経過しようとしていた。

依然として裕作の足取りは遅く、三つほどクラスを跨ぐだけでかなりの時間がかかってしまった。


「つ、つかれた……!」


満身創痍になりながら、彼がたどり着いたのは二年F組。


裕作が所属するB組からかなり離れた教室であり、用事が無い限り滅多に来ない。

そんな遠出をしてまでたどり着いたF組の教室に入り、辺りを見渡す。


昼休憩という事もあり、教室に残っているクラスメイトはたった数人。

皆、食堂へ向かったり、今日の様に天気がいい日にはお弁当を持ち込み、屋上や裏庭などの広いスペースで昼食を取る生徒が多い。

よって、昼休憩にわざわざ教室に残る人間などほとんどいない。

例外として、秋音が在籍する二年D組だけはいつも繁盛しているが、今回はその話を割愛しよう。


そんな寂しさすら感じるこの教室に、裕作はある人物を探しに来た。


「お。いた」


裕作が発見すると、そのまま彼の元へ一直線に向かう。


彼は自分の席に座り、何かを真剣に見つめていた。

背中に一本筋が通ったように、綺麗に座り込む姿勢。

白のTシャツに紺色のスラックスを履いた清潔感のある服装。

社会人の男性と勘違いするような大人びた姿に、女学生の視線を釘付けにする。


「よ、精生しょうせい! ちょっと聞きたい事があるんだが」


裕作が彼に話しかけるも、返事一つしない。

どうやら何かに集中しているようで、周りの声が聞こえていない様子だった。

「おい、聞いてるのか?」


裕作が再び話しかけると、ようやく背後に立つ筋肉の存在を認知する。

「――む、裕作か」


彼の名前は下野精生しものしょうせい

父親譲りの赤髪を短く切り揃え、鋭く猫を彷彿とさせるつりあがった目つき。身長は百八十センチで体つきは少しか細いが、程々に筋肉がついている「細マッチョ」と呼ばれる体格。


そして特出すべきがその声。

とても低音だが、綺麗で聞き心地の良い声。

男性の力強さを感じながらも、どこかセクシーさを孕んだ魅惑のボイス。

女性は勿論、男性でも聞き惚れてしまう甘い声色はそれだけで色んな意味を持ってしまい、ただ話すだけで言霊が宿り人を虜にする。


「お前、何読んでんだよ」


そんな彼の目の前には一冊の本が広げられていた。

私立早乙女学院は基本的に漫画やゲームといった娯楽品を持ち込むことは許可されていないが、基本的に授業中にそれらを出さなければ没収されることは無い。


「――何って、成人向け雑誌だが?」


しかし、彼の読んでいる本はいつ何時に読んでいても没収対象となる本だった。


表紙には奇抜な衣装を着た女性が映っており、その隅の方には「18歳未満閲覧禁止」と警告文が記載されている。

中身も当然成人向けで、今彼が見ているページには一部モザイク処理が施されており、学校の昼間から堂々と見る内容では決してない。


「あぁ、それじゃ分からないか。この『おっぱい爆盛り、夢の超銀河世界(ギャラクティックワールド)へようこそ』の事か」

「そんな破廉恥な単語を淡々と言うなよ!」

「ちなみに五月号だ」

「聞いてねぇよ!」


男でも惚れ惚れするような低音ボイスからは想像も出来ないセクシャルワードが飛び出す。

ここで念を押すが、彼は裕作と同じ高校二年生、七月に誕生日を控えた十六歳だ。


「知らないのか? この業界じゃ有名雑誌なんだが」

「いや流石に知ってr……じゃない。なんで今見てるんだって話だ」


裕作は何かを言いかけたが、話題を戻してなんとか切り抜ける。


「ムラムラしたからな、我慢など出来ん」

「もうちょっと理性働かせてくれ?」


この男に羞恥という概念はない。

自分の好きなことに対し、恥じらいを見せないことは素晴らしいことだ。

しかし、スケベな事に関しては話が変わってくる。


「せめてトイレで見るとか……な?」

「いや、これからトイレでシようと思っていて――」

「はい! この話はこれで終わり!」


強引に話をぶち切るように、裕作は目の前にあるスケベな本『おっぱい爆盛り、夢の超銀河世界(ギャラクティックワールド)へようこそ』を取り上げる。

その行動を見た精生は、小さくため息を吐いて裕作に問いかける。


「裕作。俺の読書を邪魔するということは、性欲という存在を否定することになる。お前には性欲が無いのか?」

「いや、否定も何も、その、えーっと」


成人向け雑誌を持った裕作は、もじもじと恥ずかしがって視線を泳がせる。


「お前が日々飯を食い眠るように、子孫を繁栄させる行為はとても重要な役割だ」

「……まぁ、そうだけど」

「それを俺に我慢しろというのか? この溢れる感情を? 俺に朽ち果てろと?」

「そ、そこまでは言ってねぇよ!」

「果てるのは息子だけで勘弁願いたい」

「もーこいつはほんとに!!!」


大げさに話を広げる精生に対し、裕作の調子は狂わさせられっぱなしだった。


「俺は胸から滾る欲には正直でいたい、何も偽らずありのままの自分でいたいんだ」

「志が立派すぎる」

「誰も俺を否定するな。感情を曲げてまで、己を心に嘘を付きたくない」


精生の目はとても真剣だった。

何の恥じらいも感じておらず、自身の行動に誇りを持っている。

彼は世間体や他人の価値観などに見向きもせず、己のやりたいことに真摯に向き合っている。


「――どうしてだろう、俺が間違ってる気がしてきた」

「そう思うのであれば、その本を俺に返せ」


裕作は自分の考えが間違っていたという気持ちに苛まれ、取り上げた成人向け雑誌を精生に返す。


「すまなかった精生、俺が間違ってたよ」

「ふん、間違えるのは女湯の暖簾だけにしろ」

「いやすまん、やっぱ俺は何も間違ってないわ」


冷静になった裕作を他所に、精生は手元に返ってきた本を広げて読書? を再開する。

彼、下野精生と会話を始めると、決まって下ネタが繰り広げられる。

そのたびにこちらのペースが乱させ、本題を入るのが遅れたり話が逸れてしまい――


「って、そうだ。大事な話があるんだった」


ようやく目的を思い出し、周りに誰もいない事を確認する。

入った時と状況は同じく、裕作達以外には数人ほどしかおらず、その誰もがこちらに興味を示していない。

聞く耳を立てていない事を十分確認してから、裕作は話の本題に入る。


「――なぁ、お前って新聞部だったよな?」


精生の机に両手を置き、訴えかけるように裕作は問いかけた。

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