第6話 心に宿った思いを、この風に乗せて

才川沙癒と早乙女秋音は男の娘である。 


二人は同じ人を好きにしまい、その青年の名前は才川裕作という。

沙癒は裕作に対し熱烈なアピールをしているが、秋音は裕作に対し自身の気持ちを隠している。 


「秋はもっと素直になればいいのに」

秋音の背中に抱き着いた沙癒は、耳元で囁くように話す。

「うるさい、っていうかいい加減離れなさいよ!」


秋音は肩にかけて伸びる細い腕を退かそうと暴れるが、小さな猛獣の手から逃れることが出来ない。


秋音の方がやや身長が高く体格的にも有利なはずなのに、沙癒を振り解く事が出来ない。


両者に力の差はほとんどないが、沙癒は上手く力を分散させて簡単には抜け出せないようにしている。仮にも筋肉ダルマの裕作を押し倒したこともあるのだ、沙癒はとにかく器用で大体の事は何でも出来てしまう。


「裕にぃの事、好きなの認めちゃえばいいのに」

「なっ何言ってんの!? べ、別に、裕作の事なんて」


火の着いたような真っ赤な顔つきになる秋音は、逃げるように言葉で否定するが、

「早く認めちゃえばいいのに、私は全然構わないよ」

それに追い込みをかけるように、沙癒は続けて話しかける。


「裕にぃの後ろは渡せないけど、前はあげるね」

そして、この言葉が致命傷となる。

「~~~~~~~!!!」


声にならない唸りを出して秋音はいよいよ頭を抱えた。

恥ずかしがって本性を隠した秋音など、どうとでも出来てしまう。

この場にいる誰もが、沙癒に敵わないのである。


「ま、前って。その、つまり、え、でも」

困惑してパニック状態になっている秋音は、両手を顔に当て語彙力が欠如したうわごとを言い続けていた。


「決定。ねぇ裕にぃ、ちょっと」


爆発寸前の秋音から離れ、前方にいる裕作を呼びつける。

「ん、なんだ?」

二人の近くまで来た裕作に対し、胸元に仕舞い込んでいたあるモノを渡す。


「はいこれ」

「なんだよこれ――」


裕作がおもむろに受け取ったものは、四角くピンク色のビニールに梱包された小さな袋だった。


ソレは簡単に破れないように非常に頑丈に作られているのが、性的快感が損わずに使用するために非常に薄く作られている。

一般的にはドラッグストアやアダルトショップで購入出来るが、近年ではコンビニエンスストアや自動販売機でも気軽買え――


「うわぁ! これゴムじゃねーか!」

手に持った物の正体に気が付いた裕作は、大きな声を出して驚く。


「ちゃんと裕にぃ用の大きさだよ、私はこっち」

沙癒はポケットから裕作に渡したものよりも二回りほど小さいサイズのモノを取り出して、自慢げに見せつける。


「俺のって……どゆこと?」

「そのままの意味、私が裕にぃを襲うから、裕にぃは秋を襲って」

「ゑ?」


状況が理解出来ずに唖然とする裕作。

妄想が脳内に連鎖して悶絶する秋音。

そして、その両者を置いて猛スピードで進行を進める沙癒。


その奇妙なトライアングルは、もう誰にも崩す事は出来ない。


「私が後ろ、裕にぃを真ん中にして、秋を前にして挟む。秋はそれでいい?」

「よくねぇよ! 急にどうした!」

「急も何も、話はもうこっちでついてるから」


引っ張ってきたのは、目がグルグルになり視点が合っていない秋音だった。

その様子は壊れたロボットのようなもので、魂が抜けたように立ち尽くしていた。


「話が付いたって……なぁ秋音もなんか言ってくれ」


現状打破をする為、味方を増やそうと秋音に話しかけるが、

「イ、イイトオモウヨ……」


既に脳がショートしており、まともな思考回路など持ち合わせていなかった。


「秋が冷静さを取り戻す前に、既成事実を作りましょ」

「あのー! 俺の意見はー!?」


わざとらしく大きな声を出すが、どうやら聞こえていないようだ。


「なんか、三人一緒につながるのって、子供の頃に遊んだ電車のおもちゃみたいだね」

「謝れ! おもちゃで無邪気に遊んでいる子供たちに謝れ!」

「もしかして、連ケツってそういう」

「やかましいわッ」


裕作は手に平にあるゴムをめんこのように地面で叩きつけた。

このままでは流れに呑まれてしまえば、沙癒にこの場を完全にコントロールされてしまう。


嫌な予感を覚えた裕作は、放心状態の秋音の手を取る。


「逃げるぞ秋音!」


まともに動かない秋音を引ずり、その場から逃げるように走り出した。


「あ、待ってよ裕にぃー」


沙癒は二人の後を追いかけるため、叩きつけられたゴムを右手で拾い上げる。

すると、包装されているビニールの上に、綺麗な桜の花びらが乗っていることに気が付く。


「……桜の花びら」


あまりにも綺麗だったので、左手でそれを掴み取ろうとした時、春風に煽られどこかへ飛び去った。


あっと声を上げ手を伸ばした頃には、風と共に空に浮かぶ白い雲へ溶けていく。

鼻先に付いた微かな花の匂い、視界に映る自身の左腕。


自分の着ている真新しい制服の袖を見つめた時、沙癒は初めて自分が高校生になったことを実感した。


「もう、私も高校生か」


裕作と出会った事、秋音に出会った事、それ以外にもたくさんある楽しい記憶は、まるで昨日の事かのように鮮明に覚えている。

だからこそ、時の流れがこんなにも早いのかと痛感してしまった。


初めて裕作に恋をしたその時から、沙癒の気持ちは変わらない。


けれど、それがずっと続いていくとは限らない。


このまま大人になれば、いずれこの気持ちも風化してしまうかもしれない。

裕作が誰かを好きなり、諦めざる負えない状況になるかもしれない。


だからこそ、この想いを伝え続ける。

気持ちが錆びつかないように、後悔しないように。


「私、想いを伝え続けるから」


視界を正面に戻し、距離がどんどん離れていく兄を見つめる。


「必ず、好きにさせてあげる」


そう心に決めた後、沙癒は二人の背中を追いかけ始めた。


これは普遍でありながらも、高校生活を彩る賑やかな日常の一角である。

これから語られる物語は、メインヒロインが全員男の娘でラブアンドコメディが成立するのか。

それを確かめる、少し変わった物語である。


「あ、捕まえたらまずは縄で縛るね」


前言撤回、これは大切なモノをかけた壮大な逃走劇である。

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