第8話 伝えない吉報2
数日後、真知子、正太郎、雪子の三人は、佐々木家を訪れていた。
三人を迎え入れたのは、佐々木慎一。四十代の、人の良さそうな男性だった。
「成程、悦子さんの気に障るような事をしたかもしれないと心配していると……」
慎一は、真知子から話を聞くと、困ったような顔で考え込んだ。
「ええ。悦子さんと会った時、何かいつもと変わった様子はありませんでしたか」
正太郎が口を挟んだ。
「いえ、特には……」
「そうですか……。佐々木さんから見て、悦子さんはどういった方ですか?」
「一言で言うと、そうですね……義理堅い人といったところでしょうか。以前は佐々木家が間宮家を援助した事がありましたが、今は逆です。うちが経済的に苦しいので、悦子さんが援助してくれる事もあります」
「佐々木さんの家には、悦子さんから子供が生まれたという知らせは来ましたか?」
「……ええ。葉書が来ました。生まれたのは、四か月前でしたか……」
「あら、三か月前では?」
真知子が口を開いた。
「ああ、そうでしたね。三か月前でした」
佐々木さんが慌てて言い直した。
佐々木さんの家を後にして、雪子達三人は土手の近くの道を歩いていた。
「堀宮さん、何か思いつく事はありましたか?」
真知子が聞いた。
「ああ、まあ……想像している事はある」
雪子と真知子は目を見合わせた。
「教えて頂けませんか?」
真知子が勢い込んで聞いた。
「……悦子さんは、子供が生まれた時期を誤魔化したかったんだと思う」
「どういう事ですか?」
「佐々木さんが、子供が生まれたのは四か月前だったかと言っていただろう。悦子さんと親交が深い佐々木さんが、子供が生まれた時期を間違えるかな?子供が生まれたのは、本当は三か月前ではなく、四か月前なんじゃないかな」
「……何を言っているんですか、正太郎さん」
雪子が口を挟んだ。
「真知子さんが悦子さんと東京で会ったのは、三か月半くらい前。その時悦子さんは、まだお腹が大きかったんですよ。四か月前に生まれているわけがないじゃないですか」
「でも、お腹が大きい姿を見ただけだろう?本当にお腹に子供がいるとは限らない」
「は?」
「服を着る時、お腹の辺りに何かを詰めていたとしたら?」
「何かって何ですか。何でそんな事をするんですか」
「……例えば、ヤミ米を運んでいたとか」
「ヤミ米?」
「佐々木さんの家は、今経済的に苦しいと言っていただろう。配給の米だけで、やっていけるものだろうか」
悦子さんは、佐々木さんの為にヤミ米を届けていたのだ。しかし、警察関係者の妻である悦子さんがヤミ米を買っていたと知られるわけにはいかない。だから、そんな突飛な作戦を実行しようと思ったのだ。
大胆な作戦でもあるが、警察官の妻が身体検査される機会などそうそう無いので、うまくいっていたのだろう。
「そういう事だったんですか……」
真知子さんが呟いた。
「あくまでも俺の想像だ。もしかしたら別の事情があるのかもしれないし、俺の言葉を真に受けないで欲しい」
「……わかりました」
「俺は用があるからこれで」
そう言って正太郎は二人と別れた。
「……堀宮さんって、素敵な方ですね。賢くて、思いやりがあって」
二人きりになると、真知子が口を開いた。
「まあ、それは否定しませんけど、口煩いときもありますよ。……え、真知子さん、まさか、あの人に惚れたとかじゃないですよね」
「さあ、どうでしょう」
真知子は、いたずらっぽく笑った。
真知子の笑顔を見て、雪子は少し胸が苦しくなった。真知子は、華やかで美人で、その上家事も得意だ。正太郎は、こういう人に惚れるのだろうか。
雪子は、胸が苦しくなる理由を考えて、やはり自分は、正太郎に恋をしているのだろうなと思った。
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