宇蘭と駆 その①
宇蘭と駆その①
目覚めたロボットは「
あどけない少女のような風貌だが、その性能は規格外のものだった。開発者の手塚博士は「絶対に死なない娘」をテーマとして、自らの全ての知識と技術と財産をつぎ込んでいた。
◯
駆は手塚博士が好きだ。何でも知っている天才発明家。叔父である博士には、夏休みの自由研究で毎年双子の姉の翼と共にお世話になっていた。
今日も放課後に手塚博士の研究所兼自宅に遊びに行った。ガラクタをもらって遊ぼうと思ったのだ。
──そして、そこで出会った。
リビングに入ると、女の子がテレビを眺めていた。その子はまん丸の瞳とすっきりした目鼻立ち、少し癖のある栗色の髪の毛を後ろで編むように結んでいた。一目見て、可愛いな。と駆は思うのだった。
駆がその少女に見惚れていると、手塚博士がリビング奥のキッチンより顔を出した。
「やあ、駆くん。いらっしゃい」
「あ、うん。博士、あの子は?」
「宇蘭のことかい? 彼女は僕が作ったんだよ」
博士が作った?
駆は驚いて目を見開いた。その少女、宇蘭はどう見ても人間にしか見えないからだ。とても作り物だとは思えない。
「雷に撃たれたのと関係ある?」
駆は聞いてみた。博士は先日の台風の日に何やら怪しげな仲間たちと共に江ヶ島に車を飛ばし、雷を呼んでそれに撃たれたという逸話も持っている。宇宙人に拉致されたという噂もある。そのせいで何かおかしくなったのかと心配だった。
しかし、博士は変わらない様子で答えてくれた。
「いいや、関係あると言えばあるし、ないと、言えばないね」
「分からない、どういう意味」
「言えることといえば、宇蘭は僕の夢。そしてそれは叶った。ということさ」
博士は愛おしそうに生まれたばかりの宇蘭を眺めている。とても興味深そうにテレビを見つめる宇蘭は、駆にはまるで天使のように見えた。
しかし指摘はしなかったが、駆は気づいていた。おそらく翼もいずれ気がつくだろう。
博士の自室には亡くなった妻と娘の写真が大切に飾られている。宇蘭は、その娘にとてもよく似ていた。
しばらくして、翼も宇蘭と共にテレビを眺めることが多くなった。小学六年生の翼にとって、中学生くらいの宇蘭の方が大きく、大人に見えた。そんな少しの憧れと、生まれたばかりでまだ知らないことの多い宇蘭を助けてあげようという気になったのだ。
「宇蘭は今、言葉を覚えているんだよ」
博士がある時にそう言った。
宇蘭の電子頭脳は学習する事で成長し、それは高まっていく。まず行うのは人間としての情緒的な部分といわゆる「物心」というものの習得だった。
そして、個性と言語の学習だ。
最初、宇蘭には図鑑や知育用の絵本を渡して読ませてみた。しかし、どうにも興味が湧かないらしい。既に簡単な受け答えはできるので、宇蘭にとってはどうやら退屈なようだった。
そこで博士は「映画」をたくさん見せてみた。博士は洋画が大好きだったので、家にあるDVD化された作品や録画保存してある作品は片っ端から全て見せた。
するとどうか。宇蘭は凄まじい集中力をもって映画を通して言語を習得していく。宇蘭の中には人間と同じように食事を摂り、それを自らのエネルギーに変換できるような機構もある。よって食事は博士と共に摂るのだが、その時間以外は全て映画鑑賞に費やされた。
一ヶ月経つ頃には、宇蘭はもう言葉で詰まることは殆どなく、人間と変わらないほど流暢に会話をこなすようになっていた。
───。
翼と駆が泊まりがけに遊びにきて、一緒に夕飯を囲っている時だった。
「この納豆っていう食べ物、すごく臭いわ。こんなもの食べるなんてどうかしてる」
「そんなこと言っちゃいけないよ。宇蘭、好き嫌いせず食べなさい」
博士が叱ると、宇蘭は実に「洋画的」な、どこか芝居かかった雰囲気で言い返した。
「嫌よ。納豆かこのパッケージかを食べろと言われたら、私は喜んでこのパッケージを食べるわ」
「……なるほど、そうかい」
「いらないなら私もらうよ!」
博士が驚いて黙っていると、横から翼の手が伸びてきて宇蘭の納豆を掻っ攫った。
「ツバサ、行儀悪いぞ」
「何よカケル。あんたの納豆はないからね」
「てめえふざけんな」
「へえ、やる気?」
双子と言えど成長の早い翼の方が身長が一回り大きいため、駆は少し怯んだ。しかし男のプライドを守るため、やるしかないのだ。
翼と駆が今にも兄弟喧嘩を始めそうな雰囲気だったが、博士はそれよりも宇蘭の成長に驚いていた。
洋画は字幕、吹き替えと織り混ぜて見せていたが。どうやら「吹き替えチック」な話し方を学習し、宇蘭はそれを『個性』として習得したらしい。まるで映画のような話し方だ。博士は宇蘭の口もとの米粒をとってあげた。
「ふむ、なんだかお洒落で素敵じゃないか。次はお箸の使い方をさらに教えてあげよう」
「それは楽しみね、博士。私もこのお箸には手を焼いていたのよ」
「そうかそうか、ではお箸なんて軽く捻ってやろう」
博士は微笑みながら了承した。
実は駆は、いつも博士に微笑み返す宇蘭をじっと横目に眺めていた。いつかあの笑顔は自分に向けられることがあるのだろうか。
──宇蘭と駆その②に続く
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