昼の部 四杯目

       昼の部 四杯目

   

 

 今日の午後も美玲は学校帰りに来店してきた。ただし昨日よりも機嫌が良さそうだ。

 彼女はカウンター席の真ん中に座り、「裏メニュー恋愛相談」のワンドリンクでウインナーコーヒーを注文した。

 

「聞いてください、やっぱりエドは体調が悪かったみたいです。今日は今まで通りに普通の格好をして来たんです」

 

 昨日とは変わり、エドは制服の着崩しもなく言葉使いも丁寧であり、ランチも特製サンドイッチに戻っていた。美玲はやっと肩の荷が少し降りた気がした。

 

「それで話を聞いたら“体調が悪くてどうかしてた”って言ったんです。もう、何でも良いですけど安心しましたよ」

 

さらに加えて、美玲は嬉しそうにぽつりと呟く。


「あと、お詫びにどこか一緒に出かけないか、って誘われました。そんなの別にいいのに。まあ断る理由もないから受けましたけどね。私と遊んでないで例の好きな子と遊びに行けばって思うんですけどね」

 

 実にまんざらでも無さそうに美玲は語る。翼は前から気になっていたことを口に出しかけてやめた。

 

 “本当は美玲もエドが好きなのでは?”

 

 おそらく幼馴染で弟のように接してきたエドのことをそういうふうに見ないよう美玲は自分でロックをかけているのではないか。そう思えてならない。

 だが、ひとまずは話を聞いていた翼も宇蘭も安心だ。あとは進展させるためにはどうするか。それが問題である。

 

 ──宇蘭が遠慮せず二人で出かけてはどうか、と提案しようとした時だった。

 

 入り口の呼び鈴がカランカラン、と鳴った。見ると、大柄で筋骨隆々な僧侶が来店してきていた。

 

 

 

   


          ◯

        

 その僧侶は錫杖をシャンシャンと鳴らしながら閑古鳥の鳴くの店内を見回して歩き、最終的に美玲と一席開けてその左隣に座った。

 被っていた傘を脱ぎ、膝下に置くと現れたのは丸刈り頭で濃い顔の男。顔の雰囲気から意外と若そうなので美玲は驚いた。

 

「昨晩はどうも」

 

訛ったように挨拶すると、宇蘭は顔をしかめた。この僧侶は「夜の部」にも来店し、一悶着を起こしたからだ。

 

「別にいいわ、お気になさらず」

 

「これはこれは、えろう歓迎されちょらんのう」

 

僧侶はカッカッカッと豪快に笑っていた。

 この奇妙な大男に美玲は警戒して、今日は帰ろうかと思ったところだった。なんと、男に話しかけられてしまった。

 

「おお、お嬢ちゃん。べっぴんさんじゃのう。わしはこういう者ですきに。よろしく」

 

 男が懐から名刺を取り出し、それをカウンターを滑らすように飛ばして美玲へ強引に押し付けた。

 名刺は丁度、美玲の目の前でぴたりと止まった。

 

 “みんなの安全パートナー

 退魔師 ジョン一空”

 

名刺を読んでから美玲は眉間に皺を寄せた。芸人か何かなのか。

 美玲は思わずその男、一空を見てしまった。当然のごとく目が合ってしまう。豪快な僧侶である一空は美玲のタイミングなどお構いなしにまたカッカッカッと笑った。

 

「格好えいじゃろ。わしはエゲレス帰りの退魔師やき、横文字を入れてみたぜよ」

 

「あはは、イギリス留学されてたんですね……」

 


「“ジョン”はジョン万次郎の“ジョン”か?」

 

 美玲がいよいよ一空の相手に困ったころ、駆がそう言いながらウインナーコーヒーを美玲の前に出した。生クリームの乗せられたコーヒーはいつもより真っ黒に見える。

 内心、美玲はほっと落ち着いた気持ちだ。

 

 そんな駆の質問は一空に「刺さった」らしい。嬉しそうに「よう分かったのう!」と声を張り上げた。その声の大きさに驚いた女性人は露骨に鬱陶しそうな顔をしてしまう。宇蘭も迷惑そうにとりあえず注文を聞いてみた。

 

「で、ジョン一空さん。ご注文は?」

 

「おう、わしもお嬢ちゃんと同じのを、珈琲に生クリィムを乗せてもらえんか」

 

一空が美玲のウインナーコーヒーを指差すと、美玲はさりげなく手でコーヒーカップを隠すようにした。この芸人はなんなのか。馴れ馴れしいし、鬱陶しい。

 

 

 

 

 ──。


 一空は提供されたウインナーコーヒーを美味そうに飲んだあと、「そういや」と言葉を切り出した。

 

「こん店はこっそり『恋愛相談』をやっちゅうんやろう? どれ、わしにも聞かしてくれんかよ」

 

 

 ──宇蘭は困っていた。

 注文されてしまってはもう「お客様」であり、何か問題を起こさない限り無下にできないうえ、追い出すなんて不可能だ。

 挙句の果てに恋愛相談にまで口を出してくるとは。

 

 宇蘭は断ろうとした。当然だ。実は、ジョン一空は吸血鬼エドの命を狙っているのだ。美玲はエドと幼馴染で最も近しい「人間」である。恋愛相談なんて聞かせたら一発で怪しまれてしまう可能性が高い。翼も同じ考えのようだ。目を合わせて意思の疎通がとれた。

 

「実は──」



 しかし、真面目な美玲は一空を無視できずに思わず恋愛相談の内容を共有しようとしてしまった。それを慌てて翼が遮る。

 

「私、最近は犬を飼いたいと思っててね! やっぱり柴犬が良いよね! 目はアーモンド型のやつ!」

 

「犬なんか飼う余裕あんのかよ」

 

「うっさいカケル。あんたなんかお腹痛くなっちゃえば良いのに」

 

 全く察しない弟だ。翼はうんざりして今すぐパンチしたい衝動に駆られた。しかしそれを抑え手刀で我慢した。

 

「そういや」

 

「え?」

 

 翼と駆が揉み合っていると、不意に一空が口を開いた。

 

「わしの知り合いの少年は片思いに悩んじゅうらしい。曰く、長い間の秘めたる思いをなかなか伝えられんそうじゃ。甘酸っぱいのう、わしも青春を思い出して切なくなったぜよ」

 

「へえ、そうなんですね」

 

 突如として謎の少年の謎の恋愛話が始まった。よりによって美玲は興味を持ったらしい。

 

「彼にはなんて?」

 

美玲が聞くと、一空はその丸刈り頭をごりごり掻きながら言葉を続けた。

 

「最後はハートや伝えちゃった。思うちゅうことがあるならまず伝えるべきぜよ。話せば分かる、それが人間やき。そうしたら自分の心も分かる、本心ってもんは自分では簡単に気が付かんものちや」

 

 意外と良いことを言うじゃないか。宇蘭は感心した。

 そして、美玲も感銘を受けたようで「なるほど」と呟いた。

 

「嬢ちゃんは?」

 

一空は美玲にも話を振った。何か探っているわけではなく、本当に純粋な興味を持っているように宇蘭には見えた。

 聞かれた美玲は目を丸くする。

 

「え、私ですか?」


「そう、しちょるか? “恋”。最後に世界を救うのはラブとピースぜよ。わしはそれを信じちゅう」

 

 最後はラブとピース。本当の気持ち。美玲にはなぜか刺さるような気がした。

 

「本当の気持ち」

 

 特にこれが引っかかる。自分で気がついていない何かがあるのか。まだ美玲には分からなかった。

 

 美玲が黙ってしまうと、頃合いかのように、一空は「ごっそさん」と空になったコーヒーカップに頭を下げた。そして淹れてくれた駆にも律儀に礼を言うのだった。

 

「まっこと美味い珈琲やった。ありがとう」

 

「おう、そりゃあどうも」

 

駆は、ジョン一空という怪僧が吸血鬼であるエドを狙っていると承知しているので、複雑な気持ちで感謝を受け取った。

 一空はそんなことも知らず、カッカッカッと豪快に笑って席を立つ。

 

「嬢ちゃんみたいな子らのために、わしらは世界を守らんといけん。気合いが入ったぜよ」

 

一空は傘を被り、じゃあの。とだけ言い残すとまた店を出ていった。

 

 

 

 ──。


「まるで嵐だわ」

 

宇蘭は呟く。翼もどっと疲れた気持ちだ。吸血鬼エドと美玲が幼馴染だと、もしこの場でバレていたら厄介なことになっていただろう。

 美玲もわけが分からず呆然としていた。だが一つ言えるのは、あの怪しい土佐訛りの芸人らしき男は「良い人間」だろうということだ。

 

「良い人でしたね」

 

 美玲がそう呟くように言うと、宇蘭たち従業員全員がぎくりとした。確かに、彼は自分の使命に忠実な善人かも知れなかった。少なくても今日の印象では「異形狩り」を楽しむ猟奇的な退魔師ではなさそうだと思えた。

 

「本当の気持ち。私もエドの気持ちを引き出さないと、応援もできないですよね」

 

 美玲が染み染みと言うと、宇蘭はそうね、と微笑んだ。確かにその通りだ。

 あの怪しい退魔師も良いことを言ったのかもしれない。願わくば吸血鬼狩りを諦めてくれればそれが一番良いのだが。

 

 

 


──── 昼の部 五杯目に続く。

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