夜の部 一杯目

       夜の部 一杯目

 

   

 今日も「夜の部」は盛況だ。さらに窓際の席で隣り合った赤鬼と狼男が喧嘩を始めたので駆は仲裁に入った。そういったトラブルもあり大忙しだ。

 駆が仲裁に追われるその間、翼と宇蘭で店舗を切り盛りしていた。

 

 そして、やはり宇蘭の予想通り、昼の部で顔を見せたエドが来店してきたのだった。カランカランと入り口の呼び鈴が鳴る。

 

「え、エドくん? なんで」

 

来店したエドの姿に気がつき、翼が混乱したようにそう呟いた。普通の人間は「夜の部」に入り込むことは基本的にないはずだ。

 すると宇蘭はさらりと答える。

 

「昼間のとき気がつかなかった? 彼、人間じゃないわ」

 


 エドはやはり真っ直ぐカウンター席に向かってきた。そして、宇蘭と翼に向かい合う形で座る。

 

「あの、昼間は」

 

「良いわ、裏メニューでしょ」

 

宇蘭には察しがついているのでテキパキと革張りのメニュー表を取り出した。エドはホットのトマトジュースを注文した。

 

「ちょっと宇蘭ちゃん、どういうこと」

 

「トマトジュースのオーダーよ。ホットでね」

 

「いや、そうじゃなくて。てか、ホットのトマトジュースってなに」

 

 混乱した翼を見兼ね、やっとエドが話す気になったらしい。エドは小さな声で説明を始めた。

 

「僕の家は二百年以上の歴史を持つ『吸血鬼』の家系なんです。僕はその三代目、本名はエドワード・ストーカー三世といいます」

 



 吸血鬼の名門、ストーカー家の起源は十八世紀の伝承の時代まで遡る。

 人間たちが「魔界」と呼ぶ世界から、ある日物好きな吸血鬼の家族がやってきた。それが初代ストーカー卿の一家である。

 本来、吸血鬼とは高貴にして誇り高い。人間とは一線を画す存在である。そんな彼らは、ちっぽけで野蛮な人間という種族と関わり合いにならないようにしていた。だが、変わり者のストーカー卿はとても人間のことが知りたくなってしまった。弱く、短い生。しかし美しさをどこか感じさせる。そして、その生き血は何より美味だったからだ。

 

 

「──それで僕のお祖父様は人間界に家族丸ごと引越して住むことにしたんです。そして、たまに人間の若い女性を“つまみ食い”するものだから噂になってしまい、世界で伝承として語り継がれることになったのです」


 なんと、エドの家族は人間世界の「吸血鬼伝説」、そのオリジナルだという。

 

「わあ、すごい」

 

翼はいまいち理解が及ばず、イメージも浮かばなかったのでシンプルに驚きを表現することにした。エドにさらりと説明されたが、かなり歴史的な話だろう。

 そして、一つ気になったことがある。それはエドの態度だ。昼間に初めて会った時にはもっと大人しくおどおどしている印象だった。それが、今は幾分はきはきとしている。まるで「目が覚めている」かのようだ。

 

「なんか昼間と違うね」

 

 翼はとりあえず聞いてみた。すると、別人めいた雰囲気のエドはすぐに答えてくれた。

 

「それは僕の吸血鬼としての“特性”というか、その、僕は夜行性なんです。昼間は眠くて、力が出ないんです」

 

「ああ──。なるほどなあ」


たしかに、ヴァンパイアといえば太陽が弱点なイメージがある。総じて「昼間」が苦手なのかもしれない。あとニンニクと十字架も有名だろう。

 

 エド自体のことは大体分かった。宇蘭は「やっとね」と呟くと本題を促した。

 

「それで、吸血鬼のエドさんは何を相談したいのかしら?」

 

宇蘭が聞くと、エドは照れたように頭をかいた。何とも可愛らしい仕草だ。まるで天使のような顔の吸血鬼だった。

 

「僕は、ずっと片思いしている人がいます。彼女がいたから、僕は外の世界へ踏み出すことができたんです」

 

宇蘭には察しがついていた。

 

「白鳥美玲さんね。昼間一緒に来た幼馴染の」

 

 聞くと、エドはこくりとうなづいて肯定した。やはり、というかバレバレだろう。翼と駆は気づいていないようだったが。

 

「学年は一個違いにしても、幼馴染ならチャンスはいっぱいあるわ。進展しないには何か理由があるの?」

 

宇蘭は痛いところを突いてくる。エドは困ったように笑う。

 

「まずは僕が人間じゃないってこと。もう一つは彼女の趣味が、その、大人っぽい男性が好きらしいってことです。要するに、背が高くて、ちょっとワイルドで、男っぽい人」

 

「なるほどなあ」

 

 翼と宇蘭はほぼ同時に、ホールで狼男と赤鬼の喧嘩を仲裁している駆に目線がいった。背が高く男っぽい。そして、視線はエドの方へ。目がくりくりしてて髪の毛はふわふわ。

 ……確かにタイプが違うようだ。

 

「たしかにだねえ、エドくんは“かわいい系男子”だもんね」

 

「はあ、そうなんです。どこに行っても“かわいい”って言われます。僕は男です、僕だってカッコいいって言われたいんだ」

 

 少しムッとして力を入れたエドの姿を見て、翼が感じた印象は「かわいい」だった。これは道のりが険しそうだ。

 

「まあ、昼間のやりとりを見るに、エドさんは美玲さんに弟みたいに扱われているものね」

 

さらに宇蘭がトドメを刺すと、エドは「うっ」と下を向いてしまう。

 

「だね、コウモリの羽より天使の輪っかの方が似合いそう」

 

加えて翼がまた余計なことを言うので、エドはさらに落ち込んだ。

 

 

「おい、エドをいじめるな」

 

エドが散々に言われたころだった。

 ようやく仕事を終えた駆が戻ってきた。力強くエドの落ちた肩を支えて持ち上げる。

 

「いいか、女にいいようにされるなよエド。強気でいけ」

 

 駆のその“女”という雑で大きすぎる主語は宇蘭と翼の反感を買った。すぐさま反撃に遭う。

 

「なによ、カケル。身体の大きさと料理しか能がないくせに」

 

「そうだよ、急にエドくんの肩持っちゃってさ。嫌な感じ。てか何その顎髭、早く剃りなよ」

 

 相当に棘の含まれた口撃を駆は目を閉じて全て受け止める。これこれ、これだよ。駆にとっては慣れたものである。目を開けると優しくエドに声をかけた。

 

「なあ、だったら俺に任せてくれよ。お前を“男らしく”してやる」

 

「え、駆さんがですか?」

 

「そうだ。俺がお前に男らしさの何たるかを教えるってことさ」

 

宇蘭と翼はなにやら文句を言っているが駆はまた無視をした。

 

 エドは俺なんだ。駆はそれを感じていた。

 昼間、美玲に頭の上がらないあの雰囲気。まるでかつての自分のようだ。ほんの一分、早く産まれただけで双子なのに格上として振る舞われ続け、翼には散々いじめられた。その雪辱、思い出しただけで苦しくなる。

 

「お前に男の世界を見せてやる」

 

駆は妙なシンパシーのせいで気合を入れていたのだった。

 しかしそんな私怨のことはつゆ知らず、美玲の理想にかなり近い風貌の駆が協力してくれるというのだから、エドは大きく期待した。

 

「わ、分かりました。お願いします先生」

 

 先生──。

 駆は猛烈に感動した。

 

「おう、早速だ。明日の夜は二人で出かけよう。特訓開始だ」

 

「はい、先生!」

 

駆とエドは肩を抱き合って何やら盛り上がっている。しかし、置いてけぼりの宇蘭と翼は何だかつまらなくなってきた。

 

「じゃ、勝手にすれば」

 

宇蘭はふん、と鼻を鳴らしてしまうのだった。

 翼の方もとりあえず、トマトジュースを火にかけてエドの注文した「ホットトマトジュース」を用意することにした。全く暑苦しくて叶わない。鍋の中の真っ赤なトマトジュースを見ていると胃もたれを起こす気がした。

 

 

   



──── 夜の部 二杯目に続く。

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