第11話 呼称

「え?」


 思わぬ人物からの誘いに、俺は思わず目を白黒させてしまう。

 何せ本日の主役とも言える龍宮寺である。

 自ら誘わなくても、昼食の相手ぐらいはより取り見取りな筈なのだ。

 だと言うのに、わざわざ俺と信二の席にやって来る意味が分からなかった。


「いいぜ? 遠慮すんな」

「……信二」


 そう勝手に返事をする信二に文句の一つも言いたかったが、逆に呆れたような顔をされる。


「何だよー。わざわざ声をかけてくれたのに追い返す気か?」

「そうは言わないが……」

「じゃあいいだろ? こっち、空いてるぜ」

「お邪魔するわね」


 龍宮寺はそう言って、空いていた席に座る。

 持っていたトレーの上には、まだ湯気が昇るラーメンがあった。


「いただきます」


 そしてそのラーメンを龍宮寺は、美しさすら感じる所作で啜り始める。


(どこかの大妖怪にも見習ってほしい)


 美しさどころか昨日の夕飯である親子丼を。


「美味い! 美味いぞ叶夜!!」


 と叫びながら流し込んでいた玉藻を思い出していると。


「あの、朧くん? そう見られていると流石に恥ずかしいのだけど」

「あ、ゴメン」


 どうやら知らない間に見つめていたらしく、慌てて龍宮寺から視線を外す。


「何だ叶夜。結局のとこ、ごほぉ!?」

「ど、どうしたの?」

「さあ? 持病の腰痛とかじゃないか?」


 信二のすねを蹴った足を引っ込めながら、知らぬ顔でうどんを啜る。

 蹴られた信二も特に気にした様子もなくカツカレーを食べ始め、しばらく静かな時間となる。

 だが、いつまでも聞かない訳にも行かないのでいい加減切り込む。


「それで龍宮寺さん? わざわざ男二人の席にやって来たのには何か理由がおありですか?」

「……思ってたよりハッキリ聞いてくるのね、朧くん」


 龍宮寺はその言葉に少し困ったような顔を返すと、口元を拭きながら答える。


「恩人でもあり、隣の席でもある朧くんと仲良くしたかったから。じゃあダメ?」

「あいにく、それで納得するほど素直な性格をしてないので」


 そう答えると、ますます困ったような顔をする龍宮寺。

 そんな空気を壊したのは、カツカレーを食べ終えた信二であった。


「すまないな龍宮寺。こんな性格だけど根はいい奴なんだ、仲良くしてやってくれ」

「お前は俺の親か」

「そうよ。実はアナタのお母さんよ」

「そ、そんな!? って、乗らせるな」

「ちゃんと乗ってくれる、そんなお前が好きだぜ?」

「うっさい」


 こんな信二との何時もみたいなやり取りをしていると、龍宮寺が笑いを堪え始めていた。


「そんなに面白いか?」

「え、ええかなり。仲いいのね二人とも」


 笑いが収まった龍宮寺はそう言って、残っていたラーメンを食べ終えると俺の目を見て話す。


「そうね、確かに確かめたい事があって今回近づいたのは認める。だけど仲良くなりたいのも嘘じゃないわよ?」

「その確かめたいことって?」

「言わない。そもそも何となくだしね」

「……まあ別にいいけど」


 これ以上は追及しても話しそうにないし、何より隠し事を見破る技術なんて俺にはない。

 なら悩むだけ無駄と割り切った方がマシである。


「そう。助かるわ朧くん」

「ん。返却口分かるか龍宮寺」

「先に確認してきたから大丈夫。それと龍宮寺って呼びにくいでしょ? 八重でいいわよ?」

「そうか? だったらそう呼ばせてもらうぞ、八重」

「……」

「どうした?」

「え、えっと。さん付けをするものだと思っていたから、つい」

「あ」


 確かに出会って間もないのに呼び捨ては、どう考えても気安い。

 玉藻で慣れ過ぎてしまった弊害に違いない。


「すまん」

「べ、別に謝らなくても。ちょっと驚いただけだから」

「……」

「……」


 自分が原因の謎の気まずさ。

 その空気を壊したのも、さっきから黙っていた信二であった。


「じゃあ、あとは若い二人に任せて俺は」

「待て、こんな空気で置いてくな。そもそもお見合いじゃない」

「それに同い年でしょ? 勝手に歳を取らないで」

「息合うね~、君たち」

「「う」」


 否定したいが、龍宮寺、いや八重と呻きがシンクロしたため余計に真実味が増してしまう。

 そんな俺たちを笑いながら、信二はトレーをもって歩いていく。


「じゃあな叶夜。また同好会でな!」

「絶対行ってやるものか」

「何か放課後にやってるの?」

「ん? つい最近アイツが勝手に妖怪研究同好会を立ち上げてな」

「……妖怪」

「ああ。まあ俺はやる気も無いし、まともなメンバーも二人だけだけどな」

「そう、なの」


 八重は顎に手を当てながら、何かを考え込んでいる。

 その姿はまるで何かの絵画のようで様になっていた。


「ねぇ。その同好会、私も入ってもいい?」

「……はい?」


 思わぬ言葉に俺が固まっている中、八重は制服越しでも巨大なものに手を当てながら説明する。


「実家が京都の山奥で、そういった話にはとても興味があるの。ダメかしら?」

「……別に、入りたければ入ればいいんじゃないか? 同好会なんだし」

「そう? じゃあ放課後、案内よろしくね」

(なーんか、裏がある気がするんだよな)


 そうは思っていても確かめる術が無くてモヤモヤしていると、爽やかさを感じる声が聞こえてきた。


「やあ龍宮寺さん。ここにいたんだ」

「? 確か……高梨、くん?」


 声の主、それは緑間高校でいま一番のモテ男とも評される高梨であった。


「……」


 そして朝、俺を刺しかねない視線を送っていた人物でもある。

 この高梨という男、表向きは爽やかイケメンなサッカー高校生。

 だがその裏では、女をとっかえひっかえして遊んでいる男なのである。

 あの視線も美人転校生である八重と既に交流していた俺に、牽制を込めたつもりなのだろう。

 まあ巨大ロボな妖怪に追われていた事を考えれば、全く大した事ではない。


「よければ放課後試合があるんだけど、見に来てくれないかな? 楽しんでもらえると思うんだけど」

(楽しむのはお前のつもりだろうに)


 そうは思いつつも、下手に口を出すとややこしくなりそうなのでここは黙っておく。

 そして誘われた八重の答えは、ほぼ間を置かず発せられた。


「お断りするわ」

「え?」


 その答えが余程想定外だったのか、呆然とする高梨に八重は言葉を重ねていく。


「失礼だけど高梨くん。相手の予定も考えずそんな事言うのはどうかと思うわよ?」

「そ、それは」

「あと視線が露骨。何が目的か嫌でも分かるし、言わせてもらえばタイプじゃないから」

「……」

「悪いけど叶夜くん」

(叶夜くん?)

「返却はどこですればいいのか、教えてくれる?」

「あ、ああ。いいけど」


 八重が立ち上がるのに合わせて、俺も席を立つ。

 冷静に考えれば、俺がこの場に残されないように気を使ってくれたのかも知れない。

 そもそも最初に呼び捨てにしたのは俺なので、呼び方も別に言う事も無い。


「……ちぃ!」


 そんな高梨の舌打ちをバックに俺たちはトレーを返却しに行き、教室へと戻ったのであった。




 あとがき

 今回はここまでとなります。

 怒涛のランチタイムの様子を今回書かせてもらいました。

 龍宮寺八重とも距離が近くなりつつありますが、今後の展開は?

 次回、久しぶりに玉藻が活躍……かも!

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