第12話 その名はさわこ


 会場へ戻った娘を、みな温かく迎えてくれた。

 第2回戦の続きからスタートだったが、カードは残り1枚だった。

 その最後のカードがめくられ、千代氏がゲットして勝負がついた。


 千代氏が26枚。

 娘が19枚。

 ぺるてぃ氏が11枚。

 きじとら氏が4枚。


 今回も娘は千代氏に勝てなかったが、上位2名までは準決勝へ進める。

 おそらくは次が娘の最後の戦いだろう。


(できれば、さわこちゃんと戦わせたい)


 準決勝は勝者1名のみが決勝へ進める。

 千代氏に一度も勝っていなに娘に、決勝への道は残されていないだろう。

 さわこちゃんと戦える機会は、ここしかなかった。


 そんな僕の純粋でピュアな願いが聞き届けられたのか、くじ引きの結果、娘はさわこちゃんと同じグループになった。


 娘の指の絆創膏を貼りなおしながら、「全力で楽しんで来い」と最後の激を飛ばす。

 さわこVSバニラ。

 僕の勝手な妄想かもしれないが、何人かの人は楽しみしていた組み合わせだろう。

 ようやくその時がきたのだ。


 ジャンケンをし、席順を決める。

 最初に千代氏が座り、次は娘が席を決める番。

 娘は特に何も考えず、近くにあった椅子に手をかけた。


「待て! その席は駄目だ!」


 僕は思わず叫んでいた。

 

 僕の声に驚いて、何人かがこっちを見た。

「だれ? あの人?」

「あんな人いたっけ?」

「不審者じゃない?」

「おい、誰かさすまた持ってこい!」

 いや、さすまたは止めて!

 宝石泥棒を追っ払うくらいには強いんだからね!

 あと、影が薄くてごめんね!



 僕がそのポジションを否定したのには訳があった。

 それは娘の天敵、千代さんとの対戦成績だ。

 2連敗。

 つまり、まともに戦っては負ける相手だ。


 今回のメンバーは千代氏とさわこちゃんと、まる氏の3人。

 さわこちゃんとはまだ戦っていないが、おそらく向こうのほうが強いだろう。

 まる氏とはCリーグのチーム戦で一度戦っていた。娘のほうに分がある。


 問題は千代氏だ。

 2敗しているのだから、向こうのほうが強い。

 普通に考えればそうなのだが、先ほど予選Bリーグで、さわこちゃん、ひじき氏、かもしー隊長との対戦成績では、千代氏は3枚だった。

 これが僕のなかで引っかかっていた。

 娘がひじき氏とかもしー隊長と戦った際は、娘17枚に対し、ひじき氏18枚、かもしー隊長20枚。

 さらにその後では、娘31枚でひじき氏22枚だった。

 野良試合では、2回もひじき氏に勝っている。


 つまり、

ひじき氏<娘、千代氏<ひじき氏、娘<千代氏、

というジャンケンの三すくみみたいな関係になっていたのだ。


ならば席順ひとつで勝敗が変わる可能性があった。

千代氏に負けた2回はどちらとも、千代氏に右側に座ったとき。

今度も同じ場所に座れば、同じ結果になるのは火を見るよりも明らかだ。


「千代氏の正面か、左に座るんだ!」

 

 僕はこう指示を出したが、実は後になってちょっとだけ後悔している。

 実力が拮抗している場合、左右を2番手3番手の実力者に挟まれた1番手は、通常より5枚ほど枚数を落とす。たぶんだけど……。

 つまり、このテーブルで一番強いさわこちゃんを中心に、彼女の右手に千代氏、左手に娘という布陣にすれば、娘が勝てる可能性があったのだ。


 だが僕はそこまで気が回らず、結果、娘は千代さんの左手に座り、千代氏とさわこちゃんに挟まれる形となった。


 娘の最後の戦いは、いつもと同じように始まった。

 念願のさわこちゃんとの戦い。

 彼女は娘の手の下を掻い潜るようなスピードで、オブジェをゲットしていく。


 速い。

 明らかに他のプレイヤーとは実力の差があった。

 それでも皆、必死に食らいつき、さわこちゃんの独壇場を防ごうとする。


 さわこちゃんの取りに、かもしー隊長や千代氏ほどの荒々しさはない。

 まるで初めから手がそこに伸びているかのように、流れる水のような動きでオブジェをゲットしていく。洗練された上品な取りだ。


 娘が、宙を仰いだ。

 決着がついたのだ。


 娘、11枚。

 千代氏、15枚。

 まる氏、5枚。

 さわこちゃん、29枚。


 独壇場だった。

 ライバルと言うにはおこがましいほどの惨敗だった。

 そして千代氏には3連敗。

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